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水戸地方裁判所 昭和48年(行ウ)19号 判決 1985年6月25日

目  次

当事者

主文

事  実≪省略≫

第一編 当事者の求める裁判

第二編 当事者の主張

第一章原告らの主張

第一節 本件処分の存在等

第二節 原告適格の存在

第一 原子力発電の危険性

第二 法律上の利益の存在

第三 利益侵害の存在

第四 行政処分取消訴訟制度の本旨と本件における原告適格

第三節 本件訴訟における司法審査のあり方

第一 本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

一 行訴法一〇条一項との関係

二 原子炉設置許可に際しての安全性の審査の対象となる事項

三 被告が審査対象でないと主張する事項等についての検討

1 温排水について

2 使用済燃料の再処理について

3 固体廃棄物の廃棄について

4 その他の事項について

第二 本件処分の非裁量処分性と司法審査のあり方等

一 原子炉設置許可処分の非裁量処分性

二 司法審査のあり方

第四節 本件処分の手続的違法性

第一 審査経過とその実態からみた違法性

一 原子力委員会の審議、決定手続の違法性

1 内閣総理大臣の判断能力

2 不公正な審査体制

3 実質的審議の不存在

二 安全審査会の審査手続の違法性

1 問題の所在

2 審査体制の根本的欠陥

3 審査の違法性

(一) 安全審査会の実質審査の欠落

(二) 部会報告の改ざん

(三) 安全審査会運営規程違反

(四) 独立行政機関としての実態の欠落

(五) 八四部会審査との関係

第二 審査対象の違法性

一 原子炉施設以外の審査の欠如

二 基本設計ないし基本計画以外の審査の欠如

第三 審査基準の違法

一 審査基準の法的根拠の欠如

二 憲法三一条の無視

三 審査基準の内容の不当

1 立地審査指針

2 気象手引

3 安全設計審査指針

4 本件処分後の指針

5 許容被曝線量値の問題点

四 明文化されていない知見

第四 原子力三原則の違背

第五節 本件処分の実体的違法性(その一、規制法二四条一項一ないし三号要件違反)

第一 一号要件違反

第二 二号要件違反

第三 三号要件違反

第六節 本件処分の実体的違法性(その二、規制法二四条一項四号要件違反)

第一款 放射線被曝と放射線障害

第一 放射線の特質とその本質的危険性

一 放射線の物理的作用

二 放射線による生物作用

第二 放射線障害

一 さまざまな放射線障害

1 身体的障害

(一) 急性障害

(二) 晩発性障害

2 遺伝的障害

二 人間についての放射線の影響の知見

三 最近の低、微量線量と障害の解明

四 ガンと突然変異に対する「しきい値」の不存在

1 倍加線量による障害発生率の評価

2 しきい値の不存在

第三 許容被曝線量等の変遷と問題点

一 許容被曝線量の歴史的変遷

二 許容被曝線量の誤り

三 許容線量の見直しと本件安全審査との関係

第二款 本件原子炉施設の危険性

第一 本件原子炉施設の本質的危険性

一 原子炉技術の未熟

二 大型化に伴う危険性

三 原子力関係施設の集中化による危険性

第二 平常時被曝の危険性

一 日常的放射能放出

1 気体廃棄物

(一) よう素及び粒子状放射性物質による被曝の無視

(二) 連続放出に係る気体廃棄物の評価の誤り

(三) 間欠放出に係る気体廃棄物の評価の誤り

(四) 過大な拡散、希釈

2 液体廃棄物

(一) 核種の不当な限定

(二) セシウム一三七の濃度の過小評価

(三) 海産物摂取量の過小評価

(四) 濃縮係数の過小評価

3 中性子スカイシヤイン線量の無視

4 平常運転時の放射能と事故時の放射能

5 原子力関係施設の集中化による重畳被曝評価の誤り

(一) 核種の不当な限定

(二) クリプトン八五による被曝の軽視等

(三) 液体廃棄物による被曝の重畳及び液体廃棄物による被曝と気体廃棄物による被曝の重畳

6 放射線の管理及び監視

二 ムラサキツユクサによる実験とその結果

三 作業者被曝の危険性

1 作業者被曝の審査の実態

2 作業者被曝の実態

3 作業者の被曝管理の実態

4 作業者被曝管理の規制上の問題

5 結論

第三 放射性廃棄物の危険性

一 固体廃棄物の現状

二 敷地内貯蔵の安全性

三 敦賀発電所における放射能流出事故の意味するもの

第四 使用済燃料の再処理

一 再処理の危険性

1 はじめに

2 再処理工場の日常的操業に伴う危険性

3 再処理工場の事故に伴う危険性

4 プルトニウムの危険性

二 再処理工場の技術的欠陥

三 再処理における廃棄物問題

四 本件安全審査と再処理

第五 原子炉システムの欠陥

一 BWRの安全設計の欠陥

二 燃料棒の欠陥

1 燃料棒と冷却材

2 LOCAと燃料棒

3 制御棒落下事故と燃料棒

4 異常な過渡変化時の燃料挙動

三 ECCSの欠陥

1 ECCSの役割

2 各ECCS系の非独立性

3 ECCS系の非実証性

四 格納器の欠陥

1 格納容器への要請

2 格納容器は閉じた系ではない

3 圧力容器内水蒸気爆発等に耐えられない

4 格納容器健全性の神話

五 原子炉緊急停止系の欠陥

六 配管及び材料の欠陥(応力腐食割れ)

七 検知装置の欠陥

第六 TMI事故

一 TMI事故の概要

二 TMI事故の評価

1 事故の性格

2 炉心の損傷

3 放射性物質の放出量

4 事故の評価

5 実際の被害はなかつたか

三 TMI事故の原因

1 TMI事故の原因となつた事象

2 人為ミス説批判

四 安全設計審査指針の不合理性

第七 「各種事故の検討」の根本的欠陥

一 事故の全体像

二 炉心溶融と格納容器破壊

三 原子炉事故の本質

四 設計基準事故以上の事故の発生確率

五 単一故障指針の欠陥

第八 災害評価

一 サンディア報告

二 本件原子炉についての災害評価

1 ラスムッセン報告とその問題点

2 ラスムッセン報告の手法による本件原子炉の災害評価

第九 立地審査指針

一 立地審査指針の不当性

1 「めやす線量」の不当性

2 重大事故、仮想事故概念のあいまいさ

二 審査対象とした重大事故等の選定の不当性

1 事故についての不当な限定

2 スクラム失敗事故想定の欠如

三 事故解析における不確実さ

四 離隔概念の欠如

五 核種の不当な限定

六 不当な気象条件の想定

第一〇 退避計画

一 米国における退避計画の位置

二 日本の退避計画の問題点

第七節 結論

第二章被告の主張

第一節 原告らの主張に対する認否

第二節 原告適格の不存在

第一 法律上の利益の不存在

第二 利益侵害の不存在

第三 行政処分取消訴訟制度の本旨と本件における原告適格

第三節 本件訴訟における司法審査のあり方

第一 本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

一 行訴法一〇条一項の規定と本件訴訟の審理、判断の対象となる事項

二 原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項

1 発電用原子炉の利用に係る安全確保のための行政規制の法的性質、機能

2 原子力の利用に関する規制法における安全規制の体系と原子炉設置許可手続―横断的考察

3 発電用原子炉の利用に関する規制法及び電気事業法による段階的安全規制の体系と原子炉設置許可手続―縦断的考察

三 原告らの主張する違法事由

1 安全審査手続に関する主張について

2 発電所従業者の被曝に関する主張について

3 温排水の熱的影響等に関する主張について

4 使用済燃料の再処理及び輸送等に関する主張について

5 固体廃棄物の処理、処分に関する主張について

6 廃炉、解体に関する主張について

7 国、県の防災対策について

第二 本件処分の裁量処分性と司法審査の方法

一 原子炉設置許可処分の裁量処分性

二 原子炉設置許可処分に対する司法審査の方法

第四節 本件処分の手続的適法性

第一 本件処分の手続

第二 原子炉設置許可に係る審査体制

1 原子力委員会

2 原子炉安全専門審査会

3 原子炉安全専門審査会部会

第三 規制法二四条一項四号の許可要件審査のための基準

第四 原子力三原則とその原子炉設置許可手続における意義

第五節 本件処分の実体的適法性(その一、概説)

第一 一号要件適合性

第二 二号要件適合性

第三 三号要件適合性

第四 四号要件適合性

第六節 本件処分の実体的適法性(その二、本件原子炉施設の安全性)

第一款 原子力発電所の安全性の確保

第一 発電用原子炉の仕組み

一 発電用原子炉の原理

二 沸騰水型原子炉の構造と発電の仕組み

第二 原子力発電の有する潜在的危険性とその安全性の確保

一 原子力発電の有する潜在的危険性

二 放射線とその影響

1 放射線の種類とその性質

2 放射線と人間生活

(一) 自然放射線と人間生活

(二) 人工放射線と人間生活

3 放射線被曝による障害等

(一) 放射線被曝による障害

(1) 身体的障害

(2) 遺伝的障害

(二) 低線量の放射線被曝の影響

4 公衆の許容被曝線量

5 本項に関する原告らの主張の失当性

被曝線量と放射線障害との関係に関する主張について

三 発電用原子炉施設の基本設計に係る安全確保対策の体系

第二款 本件原子炉施設が基本設計ないし基本的設計方針において災害の防止上支障がないものであることについて

第一 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性

一 原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性についての審査

二 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性

1 地盤

(一) 本件原子炉敷地の地盤

(二) 本件原子炉施設の支持地盤

2 地震

(一) 本件原子炉敷地周辺における地震活動性

(二) 設計用地震動

(三) 本件原子炉施設における耐震設計

(1) 岩盤設置及び剛構造

(2) 本件原子炉施設の重要度分類に応じた耐震設計

第二 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

一 原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての審査

二 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性

1 異常状態発生防止対策

(一) 燃料の核分裂反応の確実かつ安定的な制御

(二) 燃料被覆管の健全性の維持

(三) 圧力バウンダリの健全性の維持

(四) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備の信頼性の確保

2 異常状態拡大防止対策

(一) 異常状態の早期かつ確実な検知

(二) 安全保護設備の設置

(三) 安全保護設備の信頼性の確保

(四) 安全保護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価―運転時の異常な過渡変化解析

(1) 全給水流量の喪失

(2) 高出力運転中のタービン・トリップ

3 放射性物質異常放出防止対策

(一) 安全防護設備の設置

(二) 安全防護設備の信頼性の確保

(三) 安全防護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価―事故解析

(1) 冷却材喪失事故(LOCA)

(2) 主蒸気管破断事故

(3) 制御棒落下事故

三 本項に関する原告らの主張の失当性

1 本件原子炉施設の本質的危険性に関する主張について

(一) 大型化に関する主張について

(二) 集中化に関する主張について

2 圧力バウンダリの応力腐食割れ(SCC)に関する主張について

3 ECCSに関する主張について

(一) ECCSの性能の実証性、有効性に関する主張について

(二) ECCS基準に関する主張について

4 バックアップシステム、多重防護及びフェイルセイフの無効性に関する主張について

第三 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性

一 原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性についての審査

二 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性

1 環境への放射性物質放出の抑制

(一) 放射性物質の冷却水中への出現の抑制

(二) 冷却水中から原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質の処理

(1) 気体状の放射性物質

(2) 液体状の放射性物質

(3) 固体状の放射性物質

2 公衆の被曝線量の評価

(一) 被曝線量評価方法の妥当性

(二) 被曝線量評価値の妥当性

(三) 本件原子炉施設による被曝と他の原子力施設による被曝との重畳に関する評価

3 放射性物質の放出量等の監視

三 本項に関する原告らの主張の失当性

1 気体廃棄物による被曝線量評価方法に関する主張について

(一) よう素及び粒子状放射性物質による被曝線量評価に関する主張について

(二) 放射性核種の拡散、被曝評価方法に関する主張について

(1) 連続放出の評価

(2) 間欠放出量の評価

2 液体廃棄物による被曝線量評価方法に関する主張について

(一) 被曝線量評価の対象となる放射性核種の選定に関する主張について

(1) 六核種以外の評価

(2) トリチウムの評価

(二) 放射性核種の拡散、被曝評価方法に関する主張について

(1) セシウム一三七濃度

(2) 海産物摂取量

(3) 濃縮係数

3 原子炉上部からのスカイシャインの無視に関する主張について

4 被曝の重畳に関する主張について

(一) クリプトン八五の評価の動燃との相違

(二) 液体廃棄物の動燃再処理施設の重畳

(三) 気体及び液体廃棄物の両方からの被曝の重畳

5 放射線とムラサキツユクサの突然変異との関係に関する主張について

第四 本件原子炉の公衆との離隔に係る安全性

一 災害評価の意義

二 原子炉の公衆との離隔に係る安全性についての審査

三 本件原子炉の公衆との離隔に係る安全性

1 本件原子炉施設の設置位置等

2 災害評価方法の妥当性

(一) 重大事故及び仮想事故想定の妥当性

(二) 重大事故に係る災害評価条件設定の妥当性

(1) LOCA

(2) 主蒸気管破断事故

(三) 仮想事故に係る災害評価条件設定の妥当性

(1) LOCA

(2) 主蒸気管破断事故

3 立地審査指針適合性

(一) 本件原子炉施設に係る評価結果

(1) 重大事故の評価結果

イ LOCA

ロ 主蒸気管破断事故

(2) 仮想事故の評価結果

イ LOCA

ロ 主蒸気管破断事故

(二) 立地審査指針適合性

四 本項に関する原告らの主張の失当性

1 災害評価におけるECCSの有効性に関する主張について

2 災害評価における全炉心溶融の不想定に関する主張について

3 災害評価における格納容器の健全性に関する主張について

4 災害評価において想定すべき事故に関する主張について

5 都市接近に関する主張について

第五 TMI事故について

一 TMI事故の概要等

1 PWRとBWRの原理、構造

2 TMI発電所の概要

3 TMI事故の経過の概要

二 TMI事故と本件安全審査との関係

第七節 結論

第三編 証拠≪省略≫

理由

第一章 本件処分の存在等

第二章 原告適格

一 法律上の利益

二 利益侵害の必然性

三 利益侵害のおそれの主張、立証

四 公定力との関係

五 結論

第三章 本件訴訟における司法審査のあり方

第一取消しの理由の制限(行訴法一〇条)

第二規制法二四条一項四号要件適合性審査の対象

一 規制法二四条一項四号の趣旨

二 核燃料サイクル全体についての審査の要否

三 四号要件の審査の対象とならない事項

1 温排水の熱的影響

2 使用済燃料の再処理及び運搬

3 固体廃棄物の処理、処分

4 廃炉、解体

5 防災対策

第三本件処分の裁量処分性と司法審査の方法

一 裁量処分性

二 専門技術的裁量

三 司法審査の方法

第四章 本件処分の手続的適法性

第一本件処分の手続

第二原告らの主張に対する判断

一 審査経過とその実態からみた違法性について(原告らの主張第四節第一)

1 原子力委員会の審議、決定手続の違法性について

2 安全審査会の審査手続の違法性について

二 審査対象の違法性について(原告らの主張第四節第二)

1 原子炉施設以外の審査の欠如について

2 基本設計ないし基本計画以外の審査の欠如について

三 審査基準の違法について(原告らの主張第四節第三)

1 審査基準の法的根拠の欠如について

2 憲法三一条の無視について

3 審査基準の内容の不当について

4 明文化されていない知見について

四 原子力三原則の違背について(原告らの主張第四節第四)

第三結論

第五章 本件処分の実体的適法性(その一、規制法二四条一項一ないし三号要件について)

一 一、二号要件について

二 三号要件中「経理的基礎」について

三 三号要件中「技術的能力」について

第六章 本件処分の実体的適法性(その二、規制法二四条一項四号要件について)

第一はじめに

一 四号要件適合性の審査

二 発電用原子炉の仕組み

三 原子炉施設の潜在的危険性

1 想定されている危険性

2 放射線の種類とその人間に及ぼす影響

3 放射線の被曝線量と障害発生との関係におけるしきい値の存否

四 原子炉施設の安全性の意義及びその審査

1 原子炉施設の安全性

2 安全審査の方針及び審査事項

3 公衆の許容被曝線量

第二本件原子炉施設の本質的危険性(原告らの主張第六節第二款第一に対する判断)

一 原子炉技術の未熟

二 大型化に伴う危険性

三 原子力関係施設の集中化による危険性

第三本件原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策

一 自然的立地条件

二 事故防止対策

1 事故防止対策の姿勢

2 異常状態発生防止対策

(一) 燃料の核分裂反応の確実かつ安定的な制御

(二) 燃料被覆管の健全性の維持

(三) 圧力バウンダリの健全性の維持

(四) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備の信頼性の確保

3 異常状態拡大防止対策

(一) 異常状態の早期かつ確実な検知

(二) 安全保護設備

(三) 安全保護設備の信頼性の確保

(四) 運転時の異常な過渡変化解析

(1) 全給水流量の喪失

(2) タービン・トリップ

4 放射性物質異常放出防止対策

(一) 安全防護設備の設置

(二) 安全防護設備の信頼性の確保

(三) 事故解析

(1) LOCA

(2) 主蒸気管破断事故

(3) 制御棒落下事故

三 原告らの主張に対する判断

1 原子炉システムの欠陥について(原告らの主張第六節第二款第五)

(一) BWRの安全設計の欠陥について

(二) 燃料棒の欠陥等について

(1) 平常運転時の燃料棒

(2) LOCA時の燃料棒

(3) 制御棒落下事故時の燃料棒

(4) 異常な過渡変化時の燃料棒

(5) 圧力容器の脆性破壊

(三) ECCSの欠陥について

(1) 独立性

(2) 実証性

(四) 格納容器の欠陥について

(1) 閉鎖性

(2) 耐圧性

(五) 原子炉緊急停止系の欠陥について

(六) 配管及び材料の欠陥について

(七) 検知装置の欠陥について

2 「各種事故の検討」の根本的欠陥について(原告らの主張第六節第二款第七)

四 結論

第四本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策

一 平常運転時における被曝低減対策

1 (本件安全審査においては、……)

2 (右の被曝線量評価は、……)

3 環境への放射性物質放出の抑制

(一) 放射性物質の冷却水中への出現の抑制

(二) 冷却水中から原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質の処理

(1) 気体状の放射性物質

(2) 液体状の放射性物質

(3) 固体状の放射性物質

4 公衆の被曝線量の評価

5 放射性物質の放出量等の監視

二 原告らの主張に対する判断

1 平常時被曝の危険性について(原告らの主張第六節第二款第二)

(一) 日常的放射能放出について

(1) よう素及び粒子状放射性物質による被曝の無視について

(2) 連続放出に係る気体廃棄物の評価の誤りについて

(3) 間欠放出に係る気体廃棄物の評価の誤りについて

(4) 気体廃棄物の過大な拡散、希釈について

(5) 液体廃棄物の核種の不当な限定について

(6) セシウム一三七の濃度の過小評価について

(7) 海産物摂取量の過小評価について

(8) 濃縮係数の過小評価について

(9) 中性子スカイシャイン線量の無視について

(10) 平常運転時の放射能と事故時の放射能について

(11) 原子力関係施設の集中化による重畳被曝評価の誤りについて

(12) 放射線の管理及び監視について

(二) ムラサキツユクサによる実験とその結果について

(三) 作業者被曝の危険性について

2 放射性廃棄物の危険性について(原告らの主張第六節第二款第三)

(一) 固体廃棄物の敷地内貯蔵の安全性について

(二) 敦賀発電所における事故について

(三) 固体廃棄物の一時的貯蔵について

3 使用済燃料の再処理について(原告らの主張第六節第二款第四)

三 結論

第五本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策

一 本件安全審査における災害評価

1 災害評価による離隔の審査

2 災害評価方法の妥当性

3 災害評価条件設定の妥当性

(一) 重大事故としてのLOCA

(二) 重大事故としての主蒸気管破断事故

(三) 仮想事故としてのLOCA

(四) 仮想事故としての主蒸気管破断事故

4 評価結果

(一) 重大事故

(1) LOCA

(2) 主蒸気管破断事故

(二) 仮想事故

(1) LOCA

(2) 主蒸気管破断事故

5 立地審査指針適合性

二 立地審査指針の内容の合理性

三 原告らの主張に対する判断

(原告らの主張第六節第二款第九)

1 重大事故及び仮想事故の選定の不当性について

2 事故解析における不確実さについて

3 離隔概念の欠如について

4 核種の不当な限定について

5 不当な気象条件の想定について

四 結論

第六TMI事故について

一 はじめに

二 TMI事故の経過

三 TMI事故の原因

1 (TMI事故が……)

2 加圧器逃し弁開放固着状態の放置

3 高圧注水ポンプの流量制限

4 結論

四 TMI事故の本件安全審査の適法性に及ぼす影響

1 (TMI事故の発生が……)

2 (次に、TMI事故の発生により……)

(一) 炉心損傷が発生したこと

(二) 機器の故障が重畳したこと

(三) 技術的能力の欠如

3 結論

第七章 結  論

略語表

別表

別紙図面

原告

相沢一正

外一六名

右原告ら一七名訴訟代理人

矢田部理

宮沢洋夫

天野等

市川幸永

久保田謙治

丹下昌子

満田繁和

関周行

村井勝美

富永赳夫

伊東正勝

水口二良

松崎保元

城口順二

箕輪勝彦

被告内閣総理大臣訴訟承継人

通商産業大臣

村田敬次郎

右指定代理人

大島崇志

外一〇名

右訴訟代理人

高津幸一

和田衞

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(以下この判決においては、別紙略語表記載の略語を用いる。ただし、正式の用語を用いる場合もある。)

第一編 当事者の求める裁判

第一  原告ら

一  本件処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  被告

一  本案前の申立て

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

二  本案の申立て

主文同旨

第二編 当事者の主張≪以下、省略≫

《略語表》

行   訴   法 行政事件訴訟法(昭和三七年法律第一三九号)

基   本   法 原子力基本法(昭和三〇年法律第一八六号、昭和五三年法律第八六号による改正前のものをいう。)

設   置   法 原子力委員会設置法(昭和三〇年法律第一八八号、昭和五一年法律第二号による改正前のものをいう。)

設置法施行令 原子力委員会設置法施行令(昭和三一年政令第四号、昭和五三年政令第三三六号による改正前のものをいう。)

規   制   法 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和三二年法律第一六六号、昭和五二年法律第八〇号による改正前のものをいう。)

規制法施行令 核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律施行令(昭和三二年政令第三二四号、昭和五〇年政令第二一一号による改正前のものをいう。)

原 子 炉 規 則 原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和三二年総理府令第八三号、昭和五〇年総理府令第五七号による改正前のものをいう。)

建基法施行令 建築基準法施行令(昭和二五年政令第三三八号、昭和四九年政令第二〇三号による改正前のものをいう。)

許容線量等を定める件 原子炉の設置、運転等に関する規則等の規定に基づき、許容被曝線量等を定める件(昭和三五年九月三〇日科学技術庁告示第二一号、昭和五〇年八月五日科学技術庁告示第五号による改正前のものをいう。)

立地審査指針 原子炉立地指針およびその適用に関する判断のめやすについて(昭和三九年五月二七日原子力委員会決定)

気 象 手 引 原子炉安全解析のための気象手引について(昭和四〇年一一月一一日原子力委員会決定)

気 象 指 針 発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針について(昭和五二年六月一四日原子力委員会決定)

安全設計審査指針 軽水炉についての安全設計に関する審査指針について(昭和四五年四月二三日原子力委員会決定)

線量目標値指針 発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針について(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)

線量目標値評価指針 発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針について(昭和五一年九月二八日原子力委員会決定)

ECCS安全評価指針 軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の安全評価指針について(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)

日米原子力協定 原子力の非軍事的利用に関する協力のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の協定(昭和四三年七月一〇日条約第一四号、昭和四八年一二月二一日条約第一三号による改正前のものをいう。)

安全審査会運営規程 原子炉安全専門審査会運営規程(昭和三六年九月六日原子力委員会決定、昭和五一年七月一三日原子力委員会決定による改正前のものをいう。)

専門部会運営規程 原子力委員会専門部会運営規程(昭和三二年七月四日原子力委員会決定、昭和四九年九月七日原子力委員会決定による改正前のものをいう。)

安 全 審 査 会 原子炉安全専門審査会

八 四 部 会 昭和四七年一月一〇日安全審査会に設置された第八四部会

I C R P 国際放射線防護委員会

N  C  R  P 米国放射線防護測定審議会

N  R  C 米国原子力規制委員会

F  R  C 米国連邦放射線審議会

A  E  C 米国原子力委員会

N  A  S 米国科学アカデミー

BEIR委員会 NASO米国研究審議会電離放射線の生物学的影響に関する委員会

BEIRⅠ報告書 BEIR委員会が一九七二年に発表した「低レベル放射線被曝の集団に及ぼす影響」と題する報告書

BEIRⅢ報告書 BEIR委員会が一九八〇年に発表した「低線量電離放射線の被曝によるヒト集団への影響」と題する報告書

日 本 原 電 日本原子力発電株式会社

東 京 電 力 東京電力株式会社

G  E  社 ゼネラル・エレクトリック社

B & W 社 バブコック・アンド・ウイルコックス社

原     研 日本原子力研究所

動     燃 動力炉・核燃料開発事業団

B  W  R 沸騰水型原子炉

P  W  R 加圧水型原子炉

E C C S 非常用炉心冷却設備

圧力バウンダリ 原子炉冷却材圧力バウンダリ

圧 力 容 器 原子炉圧力容器

格 納 容 器 原子炉格納容器

L O C A 冷却材喪失事故

S  C  C 応力腐食割れ

A T W S 予想された運転時の異常な過渡変化に際して原子炉が緊急停止すべきであるのに緊急停止しない事象

TMI発電所 米国ペンシルバニア州スリーマイルアイランド原子力発電所

TMI二号炉 TMI発電所二号炉

TMI事故 昭和五四年三月二八日TMI二号炉において発生した事故

ケメニー委員会 TMI事故の調査のため組織された米国大統領特別調査委員会

ケメニー報告書 ケメニー委員会が米国大統領宛に提出した報告書

ロゴビン報告書 NRC特別調査グループによるTMI事故の調査報告書

ラスムッセン報告 当初AEC後にNRCの下でノーマン・ラスムッセン教授を主査として行われた原子炉安全性研究の最終報告(WASH―一四〇〇)

本 件 申 請 日本原電が昭和四六年一二月二一日付けで内閣総理大臣に対してした東海第二発電所原子炉設置許可申請

本 件 処 分 内閣総理大臣が昭和四七年一二月二三日付けで日本原電に対してした東海第二発電所原子炉設置許可処分

本 件 原 子 炉 本件処分に係る原子炉

本件原子炉施設 本件処分に係る原子炉施設

本 件 発 電 所 日本原電東海第二発電所

本件安全審査 安全審査会が本件原子炉施設の安全性について行つた審査

理由

第一章  本件処分の存在等

日本原電が昭和四六年一二月二一日内閣総理大臣に対し本件申請をし、内閣総理大臣が昭和四七年一二月二三日本件処分をしたこと、原告らは、いずれも本件発電所近辺に居住するものであるところ、昭和四八年二月一九日本件処分について内閣総理大臣に対して異議申立てをし、内閣総理大臣が同年七月二七日付で右異議申立てを棄却する旨の決定をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

第二章  原告適格

一法律上の利益

被告は原告らの原告適格を争うので、被告の主張するところに沿つて、この点につき検討する。

原告らが本件訴訟における原告適格を有するためには、原告らが本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者でなければならない(行訴法九条)。

右の法律上の利益を有する者とは、当該行政処分により自己の個人的権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解するのが相当である。原告らは、右の法律上の利益には法律上の保護に値する利益も含まれると主張するが、採用しえない。

ところで、右の「法律上保護された利益」であるか否かは、当該行政処分の根拠法規が当該個人的利益を保護することを目的としているか否かによつて定まるものであると解すべきところ、当該行政法規が直接的に保護しているのは公共の利益のみであり、その

保護を通じて附随的、反射的に不特定多数の者の個人的利益が保護されているにすぎないと解される場合にあつては、右の個人的利益は、当該行政法規がその保護を目的としているものということができないことはもとよりであるが、当該行政法規が公共の利益と並んで一定の個々人の利益を具体的に保護していると解される場合には、右の個人的利益は、法律上保護された利益ということができる。

これを本件についてみるに、原告らが取消しを求める本件処分の根拠法規である規制法第二四条一項のうち四号は、「原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質……、核燃料物質によつて汚染された物……又は原子炉による災害の防止上支障がないものであること。」を原子炉設置許可処分の要件と定めており、右にいう災害とは、原子炉施設の有する性質に鑑みると、主として原子炉施設の従業者及びその周辺の住民に対し、放射線によりその生命、身体又は財産上の被害を与えることを意味するものと解される。右の意味における災害の防止は、公共の安全の確保という公益的な面を有すると解すべきことは当然としても、右被害を受ける立場に置かれている当該原子炉施設周辺の個々の住民にとつても、自己の生命、身体等の侵害を防止するという重大な利益を有するものである。特に、後に判示するとおり、放射線は人間の五感により感得することのできないものであり、したがつて、現に放射線を被曝していてもそのことを直接感知することはできず、しかも、放射線による障害のうち、晩発性障害は放射線を受けた数年後ないし数十年後になつて初めて発現し、遺伝的障害は子孫の代になつて初めて顕在化する上、これらの障害は、人工放射線以外の事由により生じた障害との間の区別が全くできない非特異性疾患として出現するとされているものであるから、これらの障害が生じてから、その原因が原子炉施設から放出された人工放射線に基因するものであることを立証することはほとんど不可能である。これらのことを考慮すれば、原子炉施設周辺住民の生命、身体等の安全は、規制法による規制が安全性の観点から適切に行われることによつて、初めてよく保護される性質のものということができる。このような原子炉施設周辺住民個々人の受けるおそれのある被害の特質と重大性とを考慮すれば、住民個々人の前記利益は、公共の安全に吸収解消されてしまう性質のものと解するのは相当でなく、規制法二四条一項四号にいう「災害の防止」は、公共の安全とともに、周辺住民個々人の安全を確保する趣旨の文言と理解すべきである。すなわち、同号は、周辺住民個々人の安全を抜きにして専ら公共の安全という公益のみを保護することを目的とするものではなく、右の公共の安全の保護とともに、当該原子炉施設周辺住民個々人の利益をも保護する目的を有するものと解するのが相当である。

被告は、規制法二四条一項四号は、専ら公共の安全を保護することを目的とするものであり、原子炉施設周辺住民の個人的利益は公共の安全の実現による反射的利益にすぎないと主張し、その論拠の一つとして、同法一条が同法は公益を目的とするものであると規定していることから、同法二四条一項四号も専ら右の公益の保護を目的とするものであると説く。しかしながら、法律の冒頭に掲げられる目的規定は、当該法律全体の解釈の指標となるものではあるが、これが公益の保護のみを標榜しているからといつて、当該法律中の各個の規定が当該目的規定に掲げられた目的以外の目的をも有することを一切否定するものと解すべき根拠はなく、各個の規定が公益とあわせて個人的利益をも直接の保護の対象としていることは、当然ありうるというべきである。したがつて、目的規定の存在を根拠に、規制法二四条一項四号が個人的利益の保護を一切目的としていないと断定することはできない。のみならず、規制法一条の掲げる「災害を防止する」ことと、「公共の安全を図る」ことは、必ずしも同義反復ではなく、その「災害の防止」には、同法二四条一項四号について既に判示したのと同様に、原子炉施設の周辺住民の生命、身体等の保護の趣旨を含むものと解することができるから、同法一条自体、同法の規定する範囲を専ら公益の実現に限定しているものとは解し難い。

また、被告は、長沼判決を引いて、規制法には、原子炉設置許可処分について、原子炉施設の周辺住民に対し、意見書等の提出権や許可処分の取消し等についての申請権を付与する規定等がないことから、周辺住民の原告適格を否定すべき旨主張する。しかし、周辺住民の利益を守るためには右のような手続きを設けることが立法上妥当であり、かつ、右手続の有無が、法規の保護しようとしている利益の範囲を決定する一つの大きな要素になりうるとしても、これらの手続の存否は、あくまでも当該行政法規の趣旨を解釈する一つの手がかりにすぎないものであつて、右手続がないことをもつて直ちに原告らの原告適格を否定するのは相当でない。長沼判決も、一般論として右のような手続の存在が住民の法律上の利益を肯認する不可欠の根拠と判示したものではなく、森林法所定の保安林指定処分という特定の処分について、被告主張のような根拠を掲げて、一定範囲の住民の原告適格を肯定したにすぎない。よつて、規制法二四条一項四号に関する前記解釈は、何ら長沼判決と矛盾牴触するものではなく、この点に関する被告の主張は採用できない。

以上のとおり、少なくとも規制法二四条一項四号に関する限り、原告らの主張する利益は、「法律上保護された利益」ということができる(なお、本件訴訟における原告適格としては、規制法二四条一項四号に関してこれが肯定されれば、それで十分であり、同項一号ないし三号について原告らが法律上の利益を有する者といいうるかどうかは、後に行訴法一〇条との関係において判示する。以下同様。)。

二利益侵害の必然性

原告らが原告適格を有するためには、次に、本件処分により原告らの前記利益が侵害され又は必然的に侵害されるおそれのあることが必要である。

本件処分の「原子炉の設置の許可」という性質上、本件処分それ自体により直接原告らの前記利益が侵害されることは、ありえないことが明らかである。また、後に判示するとおり、規制法は段階的審査方式を採つており、原子炉設置許可処分は原子炉施設の基本設計のみを審査するものであるから、本件処分により申請者である日本原電が直ちに本件原子炉を運転することができる地位を与えられるものではなく、右運転が行われない限り原告らの主張する利益侵害も生じえないことも、被告の主張するとおりである。

しかしながら、規制法を通覧すれば、原子炉設置許可処分は、同法による原子炉の設置、運転等に関する一連の規制中の冒頭に位置し、原子力委員会の意見をきいてこれを尊重しなければならないとする等最も厳格な手続と要件を有する中核的な規制であることが明らかである。そして、原子炉施設に係る安全性の根幹をなす基本設計についての審査(この点については、後に判示する。)は、原子炉設置許可処分に際して集中的に行われ、許可がされれば、後続の詳細設計及び工事の方法についての認可(規制法二七条。発電用原子炉施設については工事計画の認可。規制法七三条、電気事業法四一条)、使用前検査(規制法二八条、七三条、電気事業法四三条)等に際しては、設置許可を受けた原子炉施設の基本設計にのつとつて具体的設計(詳細設計)、工事等が行われているかどうかを審査することが予定されているものと解することができる(<証拠>によれば、実際の運用もそのように行われているものと認められる。)。換言すれば、原子炉設置許可がされれば、後続の手続は、右許可に係る原子炉施設の基本設計には瑕疵がなく、これに基因する災害のおそれはないものとして進められ、右基本設計にのつとつた詳細設計、工事、運転等がされる限りにおいては、それ自体に別個の瑕疵(これは、基本設計上の瑕疵に比べれば、相対的に重要性が低い問題であるということができる。)がない限り、後続の手続においても認可、合格等の処分がされることが予定されているものということができる。すなわち、基本設計に瑕疵があるのにこれを看過してされた設置許可処分を取り消さずに放置すれば、右の瑕疵に基因する災害が発生するおそれが必然的に現実のものとなるということができる。なお、運転を伴わない原子炉の設置それ自体が規制法の想定している前記災害を引き起こすことはほとんどありえないから、規制法二四条一項四号自体が、設置に後続する運転に伴う災害を考慮の対象として想定しており、後続の手続による規制を受けるにもかかわらず、基本設計に瑕疵があれば、これに基因して、運転に際して災害が発生するおそれがあることを、同項自体が当然の帰結と考えていると解することができる。これらの点を考慮すれば、原告らの主張する利益の侵害は、原子炉の運転に伴い現実の災害として顕在化するものであつても、それが原子炉設置許可の際に審査される基本設計の瑕疵に基づくものである限りにおいては、本件処分により必然的にもたらされるおそれのある利益侵害であると解するのが相当である。また、基本設計上の瑕疵の有無については、設置許可処分の段階において争うべきものと解するのが、段階的に規制がされていることからも、周辺住民の実質的保護の観点からも、最も妥当であるというべきである。

三利益侵害のおそれの主張、立証

原告らの原告適格が肯定されるためには、本件処分に瑕疵がある場合に、これによつて原告ら各人の利益が侵害されるおそれがあるという事実が、具体的に主張、立証される必要がある。これを規制法二四条一項四号の要件との関係においてみれば、同号自体、安全性の審査に瑕疵があれば、一定範囲の周辺住民に被害が及ぶおそれがあることを予想していることが明らかである。したがつて、右の主張、立証は、本件原子炉施設との関係において、原告ら各人が右の被害を受けるおそれがあると予想されている者に含まれるかどうかについて行われれば足りるというべきである。

そこで、右の点について検討するに、原告らの住所が別紙当事者目録記載のとおりであることは、本件記録上明らかであるところ、成立に争いのない乙第二号証(添付書類7)及び原告相沢一正の本人尋問の結果によれば、そのうち本件原子炉施設に最も近いのは、原告相沢一正(東海村船場居住)であつて、本件原子炉施設から約三キロメートルの地点に、最も遠いのは、原告寺澤迪雄(水戸市河和田居住)であつて、同約二〇キロメートル(原告らは約一六キロメートルと主張するが、右乙号証に照らし採用し難い。)の地点に、それぞれ居住していることが認められる。そして、<証拠>によれば、本件原子炉施設の基本設計に重大な瑕疵があり、たとえば原告らの主張するとおりLOCA時にECCSが効果を発揮しないおそれがあるのに(基本設計上のミスによる有効に機能しないECCSが製作されることは、ありえないことではない。)、本件処分に際してこの点が看過されるという違法があつた場合には(この点は、本案において審理、判断されるべき事項である。)炉心溶融事故が生じる可能性があり、右事故が発生すれば、大量の放射性物質が環境に放出され、本件原子炉施設から半径約二〇キロメートルの範囲にある原告らの各住所地のいずれにおいても、人の生命、身体に重大な損傷を与える危険性があると認められ、これを覆すに足りる証拠はない。また、成立に争いのない甲第八二号証及び乙第五五号証によれば、本件発電所とほぼ同程度の規模の原子力発電所であるTMI発電所における事故(TMI事故)に際して、米国ペンシルバニア州知事が発電所周辺五マイル(約八キロメートル)内の住民中妊婦と未就学児童に対し退避を、一〇マイル(約一六キロメートル)内の住民に対し屋内待機をそれぞれ現実に勧告し、二三の学校の閉鎖を行い、事態の進展によつては二〇マイル(約三二キロメートル)内の住民について退避させることを検討したことが認められる。更に、原子炉規制一条の二第二項七号において、原子炉設置許可の申請書には、当該原子炉又はその主要な附属施設を設置しようとする地点から二〇キロメートル以内の地域を含む縮尺二〇万分の一の地図を添付すべき旨が定められており、右地域が、当該原子炉施設に係る災害との関係において、その安全性の審査に際し、何らかの意味で検討の対象として採り上げられる地域であると解される。そして、<証拠>によれば、昭和五五年六月に、原子炉安全委員会原子力発電所周辺防災対策専門部会は、「原子力発電所等周辺の防災対策について」と題する文書の中で、防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲として、原子力発電所を中心として半径八ないし一〇キロメートルの距離をめやすとすること等を提案し、その技術的根拠として、BWRについては、最悪の事故を想定した場合に、防護対策指標として同部会の提案する全身被曝最低線量一レムとなる地点がほぼ風下一〇キロメートル地点であること等が示されていること、また、右の場合に風下二〇キロメートル地点での全身被曝線量は許容線量等を定める件二条の年間許容被曝線量〇・五レムを超えること(付属資料2の第1図及び第3図からはほぼ〇・七レム程度と読みとれる。)、同部会は、〇・五レムを超えることをめやすに災害対策本部の設置の準備等、災害応急対策のうち初期活動を開始すること等を提案していること、フランスにおいては、〇・五レム以上をもつて屋内退避の指標としていることが、それぞれ認められ、また、<証拠>によれば、昭和五五年一二月に、茨城県防災会議は、同県地域防災計画の原子力災害応急対策計画において、前記防護対策指標と同一の全身被曝最低線量値一レムを採用した上で、その線量に達したときのほか、達するおそれがあると認められるときにも、当該区域を屋内退避区域として指定すると定めていることが認められる。これらの事実に鑑みれば、本件原子炉施設から約二〇キロメートル以内の地に居住している原告らは、いずれも本件原子炉施設から環境へ放出される放射性物質により、五感により感得することができないために防御対策がむずかしい放射線被曝に遭遇し、その生命、身体等を侵害されうる立場にある者と認めるのが相当である。

被告は、原告ら各人において本件原子炉施設の運転により実際に被害を受けるおそれがあることを立証しない限り、原告らに利益侵害のおそれが存することにならないから、原告適格を欠く旨主張するもののようである。しかしながら、本案前の問題としては、以上に述べた限度で主張、立証すれば足りると解すべきであるから、被告の主張は採用しえない。

四公定力との関係

被告は、原告らの原告適格が肯定される場合には、原告らは、本件訴訟によつて本件処分の公定力を排除すべき法律上の利益を有する者でなければならず、そのためには、本件処分の法律上の効果を受けてその受忍を命ぜられる者であることが、論理必然的に必要となる旨主張する。

本件処分の公定力が生じても、原告ら本件処分の瑕疵に基づいて生じることのある災害を受忍しなければならないものではなく、本件処分の公定力を排除しないでも、民事訴訟において、原告らの生命、身体等の侵害のおそれがあることを主張して、本件原子炉施設の建設や運転の差止めを日本原電に対し求めうると解すべきことは、被告主張のとおりである。しかし、原告らも、本件処分の公定力によつて、日本原電に対する前記の民事訴訟において、本件処分に瑕疵があり適法な許可を受けたものではないことを主張することはできないと解される。そして、それ以上に原告ら住民の原告適格を肯定するために原告らが本件処分の効果を受忍すべき立場になければならないものと解する必要はなく、前述のとおり、原告らには本件処分の取消しを求める利益があることが明らかであるから、被告の右主張も失当というべきである。

五結論

以上のとおりであるから、原告らは本件訴訟の原告適格を有する者と認められ、これに反する被告の主張はいずれも失当である。

第三章  本件訴訟における司法審査のあり方

第一取消しの理由の制限(行訴法一〇条)

一取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない(行訴法一〇条一項)。したがつて、原告らが本件訴訟で主張しうる本件処分の違法は、原告らの法律上の利益に関係のあるものに限られる。右の「法律上の利益」も、前判示の行訴法九条の「法律上の利益」と同義と解されるから、「法律より保護された利益」と解すべきである。

本件処分の実体的要件を定める規制法二四条一項のうち、四号に関して原告らが右の法律上の利益を有することは、前判示のとおりである。これに対し、同項一、二号は、専ら公益の実現のための規定であることが明らかである。したがつて、原告らは、これらの規定に関して法律上の利益を有するとはいえず、これらの規定に違反することを理由に本件処分の取消しを求めることはできない。原告らは規制法二四条一項一、二号も原子炉周辺住民個々人の生命、身体等を保護する機能を持つた規定であると主張するが、その根拠とするところはいずれも首肯しえず、右主張は採用することができない。

次に規制法二四条一項三号中「技術的能力」に係る要件は、これを欠くときには原子炉の適正な設置又は運転に支障を生じ、そのことによつて災害を発生させるおそれがあるから、設けられているものと解される。よつて、右要件は、同項四号と同様、公共の安全という公益とともに原子炉周辺住民個々人の利益をも保護する目的を有するものと認められる。そして、同項三号中「経理的基礎」に係る要件も、原子炉の設置には多額の資金を要するものであることに鑑み、これを欠く者に原子炉の設置を認めると、やはり不完全な原子炉を建設するおそれがあるから、災害の防止を資金的な面から担保することを目的として設けられているものと解される。したがつて、三号中経理的基礎に係る部分も、公益とともに原子炉周辺住民個々人の利益をも保護するものと解するのが相当である。被告は、右経理的基礎に係る部分が災害の防止を目的とするものであることを認めながら(被告の主張第二節第一、二1(三))、経理的基礎と原子炉施設に係る安全性との関係は極めて抽象的であること及び右部分の要件適合性の判断は原子炉の安全性に関する専門技術的判断よりもむしろ原子力行政に関する政策的判断たる実質を有することを根拠に、右部分は個人的利益の保護を目的とするものではないと主張する。しかし、専門技術的判断事項か否かと個人的利益の保護を目的とすると解されるか否かとは直接結びつくものではなく、経理的基礎を要件とした直接の目的が放射線による災害の防止にある以上、技術的能力に係る部分と区別して解すべき根拠に乏しいといわなければならない(なお、経理的基礎の有無の判断が政策的判断であるとは解し難い。)。よつて、被告の右主張は失当である。ただし、右に判示した目的からすれば、右の経理的基礎の有無は、原子炉の建設に必要な資金を調達しうるかどうかの観点から審査されれば足りるものと解される。

右に判示したところからすれば、原告らが本件訴訟において主張することができる本件処分の違法は、規制法二四条一項中三、四号の要件、すなわち、原子炉ないし原子炉施設の安全性に関する要件(三号の要件が人的及び資金的な、四号の要件が物的な要件といえる。)の審査、判断に係る瑕疵に限られるものである。

二次に、右の安全性に関する要件の審査、判断に係る瑕疵であつても、原告ら個々人の利益に直接関係のない事項は、行訴法一〇条一項により、やはり原告らの主張しうる違法とはいえない。すなわち、規制法二四条一項三、四号の要件に係る事項であつても、専ら公共の安全の保護の観点からのみ問題となる事項及び原告ら以外の者の個人的利益にのみ関係を有する事項については、仮に違法があつても、取消訴訟たる本件訴訟においては、審理の対象とすることはできないものといわざるをえない。前者の例としては、放射線被曝による国民遺伝線量の増加の問題、炉心溶融事故が発生した場合等における被害の総体としての重大性(たとえば、被害の及ぶ面積、人口、被害総額等の大きさ)の問題等がある。これらの問題は、国民全体あるいは原子炉周辺住民全体にとつては重要な問題であり、原告らもその一員として関係を有するものではあるが、原告ら個々人にとつては、あくまで原告ら自身が生命、身体等にどのような影響を受けるかということが、本件訴訟において問題としうる個人的利益であり、右に例示したような問題は、原告らの個人的利益に直接関係があるものとはいえない。したがつて、本件訴訟における審査は、あくまで、原告ら個々人が放射線による被害を受けるおそれがどの程度あるかについて行われるものであり、国民ないし周辺住民が全体としてどの程度の被害を受けるおそれがあるかを問題にする余地はない。また、後者の例として、発電所従業者の被曝の問題等がある。すなわち、原告ら自身が本件発電所の従業者であり又は従業者となる蓋然性があるとの主張、証拠はなく、かえつて、弁論の全趣旨によれば、そのような事実はないものと認められるから、仮に本件発電所の従業者が利益侵害を受けることがありえても、それは、原告らの個人的利益に直接関係を有する事項ではない(なお、国民遺伝線量の増加が原告らの個人的利益に直接関係を有する事項といえないことは、前記のとおりである。)から、本件訴訟における審理の対象とはなりえないものである。

そこで、本件訴訟においては、まず本件原子炉施設の周辺住民の受けることがあるかも知れない放射線障害について審理、判断し、これが許容限度を超えると認められる場合には、必要に応じて原告ら各自に及ぶ被害について審理、判断するものとする。

三ところで、被告は、規制法には原子炉施設の周辺住民に対して原子炉設置許可手続への参加を保障する趣旨の規定がないことから、右住民は安全審査手続自体に関する利益を個別的に保護されているものとはいえず、右手続自体の違法は、原告らの法律上の利益に関係がない旨主張する。しかし、規制法二四条一項三、四号の要件は極めて抽象的、一般的である上、後述のとおり、右要件についての審査、判断は、経理的基礎に係る部分を除き、内閣総理大臣の専門技術的裁量に係るものと解すべきところ、同法二三条及び二四条二項は、右の裁量権が適正に行使されることを担保するために厳格な手続を定めているものというべきであるから、安全審査手続が適法であつてはじめて右の裁量権行使の適正が保障されるものである。したがつて、手続上の違法が実体上の違法をもたらさないことが明白でない限り、原告らには手続上の違法を主張する利益があるものと解するのが相当である。

第二規制法二四条一項四号要件適合性審査の対象

一規制法二四条一項四号の趣旨

原子炉設置許可の手続は、規制法の規定する各種の規制のうちの一つであるところ、規制法は、その規制の対象を、大きく製錬事業(第二章)、加工事業(第三章)、原子炉の設置、運転等(第四章)、再処理事業(第五章)、核燃料物質等の使用等(第六章)及び国際規制物資の使用(第六章の二)に分けて、これらについて各別に規制することとしていることが明らかである。このことから、原子炉の設置に関する規制は、右の他の各章の規制とは別個の独立した規制であつて、右の他の各章において規制することとされている事項についてまで規制しようとするものでないことが規制法の体系上明らかというべきである。したがつて、右の規制法第四章に位置する原子炉設置許可に際して審査される事項は、原子炉の設置、運転等に直接関係のある事項に限られるものと解するのが相当である。

次に、規制法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制を更に詳細に見れば、原子炉の設置の許可(二三条ないし二六条の二)のほかに、設計及び工事の方法の認可(二七条)、使用前検査(二八条)、保安規定の認可(三七条)、定期検査(二九条)、原子炉の解体の届出(二八条)等の一連の規制が、段階的に行われることとされている。すなわち、規制法は、原子炉の設置、運転等に関し、これをいくつかの段階に分け、各段階に応じた手続と要件とをもつて各別に規制をし、これらの全体を通じて、原子炉の安全性の確保を図ろうとするものと解される。なお、本件原子炉施設のような発電用原子炉施設については、規制法二七条ないし二九条はその適用がないものとされている(規制法七三条)が、これは、電気事業法により別途通商産業大臣による工事計画の認可(同法四一条)、使用前検査(同法四三条)及び定期検査(同法四七条)を受けなければならないこととされているからであつて、規制の基本的体系に差異はなく、当然のことながら、規制法二三条、二四条の趣旨を発電用原子炉とそれ以外の原子炉とに分けて解すべき理由はない。これらの点からすれば、原子炉設置許可の手続は、他の後続の各規制と独立したものであり、後続する各段階において規制することとされる事項についてまで規制するものではないと解される。したがつて、原子炉設置許可の段階では、その次の段階である具体的設計(詳細設計)、工事の方法ないし計画についての認可手続において規制することとされている事項とは別個の事項がその対象とされていると解すべきである(もし、設置許可の段階において詳細設計に係る安全性についてまでも審査の対象となるのであれば、設置許可を受けた後に、これに引続いて改めて詳細設計について認可を受けなければならないものとする必要性は全くないはずである。)。そうすると、結局、右のような規制法の法構造からすれば、原子炉設置許可処分における規制法二四条一項四号に係る安全性の審査は、原子炉施設の具体的設計(詳細設計)とは区別されるところの基本設計(ないし基本的設計方針)に係る安全性についてのみ行われることが予定されているものと解するのが相当である。なお、この点に関し、原告らは、基本設計及び詳細設計の概念及びその区別が明確でない旨主張する。しかしながら、これらを概念として区別しうることは自明というべきであり、確かにその境界線をどこに引くべきかは必ずしも明確でなく、ある特定の事項がいずれに属するものかの判別が困難な場合も予想しうるが、そのようなことはこれらの概念に限らず一般によくみられることであつて、境界線が明確に引き難いことをもつて、これらの概念の区別自体を否定することは相当でない。境界線上にある事項については、当該事項が安全審査の対象となるべき事項であるかどうかにつき、必要に応じ、個別に検討して決すれば足りるものというべきである。

また、規制法二四条一項四号の規定自体を見るに、同号は「原子炉施設の位置、構造及び設備が――災害の防止上支障がないものであること。」としているから、同号に係る安全性の審査は、原子炉施設すなわち原子炉及びその附属施設(規制法二三条二項五号参照)についてその位置、構造及び設備に係る安全性のみを対象としていることが、右規定の文言からも明らかである。もつとも、規制法二四条一項四号が原子炉施設の運転時の災害を想定して規制をしようとするものであることは、前判示のとおりである。そして、同号は、原子炉そのものによる災害の防止のほかに、使用済燃料を含む核燃料物質及び原子核分裂生成物を含む核燃料物質によつて汚染された物(放射性廃棄物等)による災害の防止をも規定している。しかし、このことから直ちに、使用済燃料や放射性廃棄物によるあらゆる災害を防止することを目的としていると解することはできず、これらによる災害も、あくまで原子炉施設との関わりを有する限りにおいて審査の対象とされると解するほかはない。このことは製錬事業の指定の基準である規制法四条一項三号、加工事業の許可の基準である同法一四条一項三号、核燃料物質の使用の許可の基準である同法五三条三号等の規定との対比からも明らかである。

更に、規制法の原子炉設置許可の手続は、基本法一四条の規定を受けて定められた規制であるから、同法の趣旨に照らし、右規制が原子力の研究、開発及び利用に特有の事項を対象とするものであることが明らかというべきである。また、規制法自体の趣旨からしても、原子力の利用等に特有でない事項についてまで、原子炉施設に限り他の施設(たとえば火力発電所)よりも厳格に規制しようとしているものとは解し難い。したがつて、原子炉設置許可処分においては、原子炉施設に特有の事項のみが安全性の審査の対象となり、それ以外の一般の施設においても問題とされうる事項は、他の一般法規の規制の対象となり、原子炉設置許可処分における安全性の審査の対象とはならないものと解すべきである。

以上を要するに、原子炉設置許可処分における規制法二四条一項四号に係る安全性の審査の対象は、原子炉の設置に直接関係があり、かつ、原子炉施設に特有の事項であつて、原子炉施設の基本設計に係る安全性に関する事項に限られるものと解するのが相当である。したがつて、本件訴訟において審理、判断の対象となるのも、これらの事項に限られるものである。

なお、付言するに、規制法の体系から明らかなとおり、原子炉の安全性について直接的、最終的責任を負う者は、原子炉の設置者であることは、いうまでもない。規制法による規制は、内閣総理大臣において、右の設置者による安全な設計、工事、運転、保守が行われることを監視し、保障する目的で行われるものである。規制法二四条一項四号についていうならば、設置者の申請に係る原子炉施設の基本設計が、設置者においてこれにのつとつて詳細設計、工事、運転、保守を遂行するならば、安全性は保たれるということを審査、確認する趣旨の規定ということになる。

二核燃料サイクル全体についての審査の要否

これに対し、原告らは、原子炉設置許可処分においては、核燃料の生産から廃炉までの全体のシステムないしいわゆる核燃料サイクルの全体を審査の対象としなければ、安全性の確保が十分であるとはいえないと主張する。確かに、原子炉を設置、運転すれば、不可避的に、核燃料の調達、廃棄物や使用済燃料の処理、処分を迫られることになり、将来は廃炉も実施しなければならないことになる等、原子炉の設置と核燃料サイクルの他の過程とは密接な関係を有することが明らかであり、これらの全体についての安全性を総合的に審査し規制することも、傾聴に値する考え方であると思われる。しかし、前判示のような規制法の法構造からは、原子炉設置許可の段階において右のような審査をすることを同法が予定しているものと解することはできないから、右主張は、立法論というほかはなく、規制法二四条一項四号の解釈論としては採りえない。

また、原告らは、原子炉設置許可の申請書に「使用済燃料の処分の方法」を記載すべきものとされている(規制法二三条二項八号)ことが前記主張を裏付ける旨主張する。しかし、右の記載事項から核燃料サイクル全体が審査の対象になるとする主張には、その全部が記載事項とされてはいないことからも明らかなとおり、論理の飛躍があり、規制法二四条一項四号の要件との関係においては、使用済燃料は原子炉施設との関係を有する範囲においてのみ審査の対象になると解すべきであるから、右の記載事項は、主として同一、二号の要件との関係上記載を要求されているものと解するのが相当である。

更に、原告らは、規制法が前記のような法構造をとつているとしても、それは二重のチェックをするためのもので、安全審査が厳格に行われるのは原子炉設置許可処分のみであるから、そこにおいては、詳細設計はもとより、核燃料サイクル全体にわたる審査がされるべきものであると主張する。その根拠とするところは、要するに、規制法が、原子炉の設置について「許可」という法形式を採り、安全性の審査についても他の場合に比較して厳格に規定しているという点にある。しかし、規制法は、加工事業についても「許可」の法形式を採り、許可基準の審査に際して原子力委員会の意見をきき、これを尊重しなければならないこととしており(一三、一四条)、全く同様の規制をしている。そうすると、原告らの論法からすれば、加工事業の許可に際しても、やはり核燃料サイクル全体の審査が必要となるが、規制法が規制の各段階においてくり返し核燃料サイクル全体にわたり審査することを定めているものとは到底解し難く、したがつて、原告らの指摘する点は、原子炉設置許可処分に際してだけ特に核燃料サイクル全体について審査すべきであると解する根拠にはならないといわなければならない。原告らは、危険性が最も高いとされている再処理事業については設計工事方法の認可の法形式が採られているにすぎないのに対し、原子炉設置については許可の法形式が採られていることを根拠として掲げるが、再処理事業について許可の手続が置かれていないのは、これが基本法七条において特に原子力の開発機関として設置することが定められた動燃及び原研にのみ許されるものとされていたからであつて(規制法四四条)、この点も原告らの主張を肯認する論拠とは到底認められない。また、原子炉の設置、運転に関する事項に限つてみても、前記のとおり、たとえば詳細設計についてまで設置許可に際して安全審査会による検討をも経た上で審査するのであれば、そのすぐ次の段階において、改めて詳細設計について行政庁のみの検討により二重にチェックしなければならない必要性があるものとは考えられない。

以上のとおりであるから、原告らのこの点に関する主張は、失当である。

三四号要件の審査の対象とならない事項

以上に判示した本件処分における安全性の審査の対象に従つて、原告らの主張する本件処分の違法事由中、右の審査の対象になるか否かにつき争いのあるものについて、個別に検討すると、次のとおりである。

1温排水の熱的影響

温排水は原子炉施設特有の排出物ではなく、たとえば火力発電所においても同様に排出されるものであるから、その熱的影響(排水に含まれる放射性廃棄物による影響は、これとは別である。)については、規制法の規制の対象ではなく、本件処分における安全性の審査の対象にはならない。このことは、前判示の基本法及び規制法の解釈上既に明らかというべきであるところ、右の解釈が正しいことは、これらより後に制定された法律ではあるが、公害対策基本法八条が「放射性物質による……水質の汚濁……については、原子力基本法……その他の関係法律で定めるところによる。」と定め、放射性物質によらない水質汚濁(熱による水の状態の悪化を含むと解される。水質汚濁防止法一条等参照)は公害対策基本法等公害規制関係法規により律せられる問題であるとし、原子力関係法規との規制範囲の境界を明定していることからも、裏付けられる。

2使用済燃料の再処理及び運搬

使用済燃料の再処理及び運搬の安全性の問題は、前判示の規制法の法体系からすれば、再処理については同法第五章の、運搬については同法第六章(五九条)の各規制を受けるものであつて、いずれも、本件処分における安全性の審査の対象となるものではない。使用済燃料について本件処分における安全性の審査の対象となるのは、それが原子炉施設に留まる限りにおいてである。

なお、原告らは、本件原子炉の設置許可申請書によれば同じ東海村に存する動燃東海工場で使用済燃料を再処理することになつているから、本件処分においては特に再処理の安全性についても審査されるべきである旨主張する。確かに、<証拠>によれば、本件申請書においては、使用済燃料は原則として動燃(なお、<証拠>によれば、既に昭和四六年六月、動燃に対し再処理施設の建設認可ずみであることが認められる。)に送り、再処理を行うものとされている(なお、送り先は動燃とされているだけで、その東海工場と限定されているわけではない。)ことが認められるが、右事実は、前判示の審査対象についての規制法の解釈を左右するものではありえない。すなわち、たとえ近接した地に再処理工場が存在するとしても、再処理事業自体は別途規制法の規制を受けるし、相近接することによる危険性の増大は、被曝の重畳の問題として審査の対象となり、かつ、それで足りるものとされていると解すべきである。

3固体廃棄物の処理、処分

固体廃棄物の処理、処分についても、前判示の規制法の法体系からすれば、原子炉設置許可処分においては、原子炉施設内における処理、処分の限度で安全性の審査の対象となるものと解され、原子炉施設外における処分については、右の審査の対象とはならないものである。

なお、原子炉規則一条の二第一項二号ト(ハ)によつて、原子炉設置許可申請書には「固体廃棄物の廃棄設備」を記載すべきことが定められているが、同号の定める記載事項は、あくまで規制法二三条二項五号の「原子炉施設の位置、構造及び設備」についての細目であるから(同号柱書)、右「固体廃棄物の廃棄設備」は原子炉の附属施設としてのものに限られることが明らかである。したがつて、右「固体廃棄物の廃棄設備」は、原子炉施設内に設置される場合のみの記載事項であるから、右の記載が求められていることを根拠に、固体廃棄物の原子炉施設外における処分も原子炉設置許可処分に際して審査の対象となるということはできない。また、原子炉規則一条の二第二項九号によつて、原子炉設置許可申請書に「放射性廃棄物の廃棄に関する説明書」を添付すべきことが定められているが、右説明書も、前判示の規制法二四条一項四号の要件の解釈からすれば、少なくとも同号の要件との関係上は、原子炉施設との関連において説明をするものであれば足りると解すべきである。

右のとおりであるから、固体廃棄物の処理、処分については、原子炉施設内において埋設等の処分をする場合のほか、右施設外における処分までの間、当面施設内に貯蔵することも含めて、原子炉設置許可処分に際する安全性の審査の対象となるが、右施設外における処分まで右審査の対象となるものではない。

原告らは、原子炉規則一条の二の「廃棄」という文言が最終処分を意味するとして、固体廃棄物の原子炉施設外における処分も安全性の審査の対象となると主張する。しかし、同規則一四条四、五号の規定に照らせば、同規則で用いられている「廃棄」という文言は、人間による管理を不要とする永久的な最終処分でなくても、「水の浸透しない腐食に耐える容器に封入して障害防止の効果をもつた廃棄施設に廃棄すること」をもつて足りる趣旨であることが明らかである。したがつて、原告らの右主張は失当である。

4廃炉、解体

廃炉、解体は、規制法三八条、六五条、六六条等により規制されるものであるから、本件処分における安全性の審査の対象となるものでないことは、前判示のところから明らかである。

5防災対策

国、県等の行う防災対策は、原子炉施設の基本設計の内容ではないことが明らかであるから、本件処分における安全性の審査の対象となるものではない。

第三本件処分の裁量処分性と司法審査の方法

一裁量処分性

本件訴訟において審査の対象となる規制法二四条一項三号及び四号の要件についての審査、判断(安全性の審査、判断)が内閣総理大臣の裁量に係るものであるか否かにつき検討する。

右の審査、判断は、原子炉施設周辺の住環境及び周辺住民個々人の生命、身体等の安全性の審査、判断という事柄の性質上、専門技術的見地等からする審査、判断の結果に、政策的見地から更に裁量を働かせる余地のないものであることが明らかである。したがつて、ここで問題とされるのは、専門技術的見地からする裁量に限られる。

なお、被告は規制法二四条一項三号中経理的基礎に係る部分の判断は政策的判断たる実質を有する旨主張するが、原子炉施設の設置に要する費用の積算及び必要な資金の調達計画が適正であつて、災害防止の観点から健全な原子炉施設の建設に支障がないと認められるか否かの判断は、その性質上、経験則等に基づいて行うことができるものと解されるから、政策的裁量に属するものと認めることはできない。また、同様の理由で専門技術的裁量に属するものといえないので、右経理的基礎に係る部分は、通常の司法審査の対象となるものと解するのが相当である。そこで、以下、右部分以外の安全性の要件について専門技術的裁量に属するか否かを検討する。

二専門技術的裁量

原子炉設置許可処分における安全性の要件(経理的基礎に係る部分を除く。以下この項及び次項において同じ。)は、規制法二四条一項三号においては、単に「その者……に原子炉を設置するために必要な技術的能力……があり、かつ、原子炉の運転を適確に遂行するに足りる技術的能力があること。」と規定するだけで、技術的能力の具体的内容については何の定めもなく、また、同項四号においては、単に「原子炉施設の位置、構造及び設備が……災害の防止上支障がないものであること。」と規定するだけで、原子炉施設の位置、構造及び設備の具備すべき具体的要件や災害の具体的内容については何の定めもない。そして、規制法の下位法令である原子炉規則にも、原子炉設置許可申請書に記載すべき原子炉施設の位置、構造及び設備の細目についての詳細な規定(一条の二第一項二号)はあるものの、これらが災害防止上具備すべき具体的要件については、やはり何の定めもない。したがつて、規制法二四条一項三、四号は、その定める要件の適合性の判断を、その具体的審査基準の策定を含めて、内閣総理大臣に委ねているものと解される。ところが、右のような安全性の審査、判断は、右原子炉規則一条の二第一項二号に端的に表れているように、極めて複雑な技術的事項についての時代の最先端を行く極めて高度な専門技術的知見に基づかなければ行いえないものであることが明らかである。しかも、その専門技術的知見は、核分裂反応が放射線の性質、工学的施設、地理的条件等の問題についての広範な自然科学上の専門分野にまたがるものであつて、それらの各専門技術的知見の上に立つた総合的判断が必要とされるものというべきである。規制法が具体的判断基準を明文をもつて定めなかつたのも、その判断の右のような特質によるものと解される。そこで、規制法二四条二項は、右のような安全性の審査、判断について、内閣総理大臣は、所管庁たる科学技術庁のスタッフによる検討のみに基づくのではなく、あらかじめ原子力委員会の意見をきき、これを尊重してしなければならないものと定めている(右の原子力委員会は、原子力の研究、開発及び利用に関する行政の民主的な運営を図るために設置され(設置法一条、基本法四条)、原子炉に関する規制に関する事項について企画し、審議し、及び決定する機関である(設置法二条四号、基本法五条)。)。そして、原子力委員会には、学識経験のある者及び関係行政機関の職員三〇人以内で組織される原子炉安全専門審査会(安全審査会)が置かれ、原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議することとされている(設置法一四条の二、三)。したがつて、原子炉設置許可処分に際して、申請に係る原子炉の安全性は、学界及び官界における多数の専門家をもつて組織される安全審査会において、各審査委員の専門分野の専門技術的知見(関係行政機関の職員たる審査委員の所属する行政機関の有するものも含まれうる。)に基づくだけでなく、審議、決定を通じて総合的見地からの検討、判断が行われ、その結果報告に基づいて原子力委員会が意見を述べ、これを尊重して内閣総理大臣が最終的に判断するということになつているものということができる。このような、基本法、設置法、規制法の体系からすれば、安全審査会の調査審議に基づく原子力委員会の意見をきくという手続により、学界及び関係行政機関の最高水準の専門技術的知見等を動員して、民主的に、原子炉施設の安全性の有無について結論を出し、これを尊重して内閣総理大臣が原子炉施設の安全性について最終的な判断をするのであるから、このような判断は、その性質上、原子炉設置許可処分の取消しを求める行政訴訟において尊重されるべきであると解するのが相当である。右の意味において、本件原子炉施設の安全性の審査、判断は、内閣総理大臣の専門技術的裁量に属するものというべきである。

右の専門技術的裁量は、右に述べたところから明らかなように、同じ裁量といつても、政策的裁量とは趣旨と根拠を異にするものである。そして、内閣総理大臣の自由な考えによつて安全か否かの結論を出してよいという意味での裁量の幅があるものではなく、安全か否かの結論自体は、専門技術的検討の結果一義的に定まるものというべきである。その意味において、安全性の判断に裁量の余地はないという原告らの主張も、正当な点を含んでいるということができる。しかし、右の検討の過程においては、どのような事実をどのようにして確認すれば安全といいうるかという点について、まさに専門技術的知見に基づいて個別的、具体的な選択、判断がなされることが期待されているものであり、そこに健全な裁量を働かせる余地がある。そして、右の裁量には、本件における原子炉の安全性のように、専門家間に深刻な論争ないし意見の対立がある場合において、そのいずれの見解を最も妥当なものとして採用するかという点も含まれると解するのが相当である。なお、原子炉設置許可処分における安全性の審査、判断に誤りがあつた場合に引き起こされるおそれのある災害の重大性、周辺住民に対する利益侵害の重大性に鑑みれば、右の専門技術的裁量権は、処分当時の我国における最高水準の専門技術的知見に基づいて行使されることを要するというべきであり、その意味において、本件処分の裁量権の範囲は狭いということができる。

三司法審査の方法

以上のような専門技術的裁量に係る原子炉施設の安全性に判断の適否について司法審査は、その特質に鑑み、内閣総理大臣が適法な手続に従つて審査、判断を行つたかどうか、及び内閣総理大臣すなわち実際上は安全審査会の行つた具体的判断の内容が合理的な専門技術的根拠に基づいて適正に行使されたものかどうかについて行うべきものである。そのうち後者については、裁判所が、安全審査会と同一の観点から同様の審査を独自に行い、その結果と安全審査会の審査結果とを対比して適否を決するのではなく、安全審査会の行つた審査に沿つて、これが裁量の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用したものでないといいうる程度に合理的な根拠を有するかどうかについて行うべきものである(行訴法三〇条)。したがつて、専門家の間でも見解の対立している専門技術的事項(物理学、工学、医学等における諸法則、機器等の有効性等)については、裁判所が独自の立場からいずれの見解が科学的に正しいものであるかを究明、確定し、その見解に依拠して本件安全審査の適否を判断するのではなく、安全審査会がその専門技術的知見に基づいて正しいものとして採用した見解が、専門家の間における支配的な見解ないし必ずしも支配的とまではいえなくとも有力な見解であるかどうかを検討し、これが肯定されるときには、反対の見解が存在し、ないし反対の見解も有力であつたとしても、合理性を失わないというべきであるから、裁量権の逸脱等はないものというべきが相当である。本件訴訟における審査は、このような観点から、必要に応じ安全審査会の採用した見解をめぐる論議の状況を中心に検討する方法によるべきである。なお、行政処分の違法性は処分当時の事実関係に基づいて判断すべきところ、原子炉設置許可処分における安全性の判断は、すぐれて科学的真実に基づくべきものであるから、その性質上、処分当時の専門技術的知見による限りは裁量権の逸脱等がないといいうる場合であつても、処分後の科学技術の進歩により、処分の基礎として採用された知見が否定され、これとは異なる新たな知見が確立されるに至つた結果、右安全性の判断が科学的真実に反することが明らかになつた場合(単に処分後疑問が提起されたとか、反対論が抬頭したというだけでは、右のように断ずることはできない。)には、結局右の判断には、処分当時から客観的真実に反する瑕疵があつたことになり、裁量権の逸脱等があつたものとして違法に帰するものと解するのが相当である。したがつて、本件訴訟においては、本件安全審査における判断に、現在の専門技術的知見に照らし、裁量権の逸脱等がないかどうかを判断すべきこととなるというべきである。

原告らは、安全性の判断が規範的価値判断であること等を理由に、その裁量処分性を否定する。しかし、設置者に技術的能力があるかどうか並びに原子炉施設の位置、構造及び設備が災害の防止上支障がないものであるかどうかは、規範的価値判断たる側面を有することは否定し難いが、以上に判示したところからも明らかなとおり、その性質上専門技術的知見に基づく評価、判断と密接不可分であつて、原告らの主張のように技術的判断と規範的判断とを截然と区別した上で後者については司法審査が及ぶというような論法をとることは困難といわざるをえない。本件において実際に原告らの主張する本件処分の内容における違法事由自体も、まさに技術的な問題そのものないしこれと切り離しては論ずることのできない問題ばかりである。もとより、裁判所は右の規範的見地から安全性の判断に裁量権の逸脱等がないかどうかを審査するのであつて、原告らの右主張は採用しえない。

なお、裁判所はあらゆる科学技術上の問題について事実認定をする能力と責務を有するから、原子炉施設の安全性の問題も全面的に司法審査に服するとの見解があるのは、原告ら指摘のとおりであり、当裁判所も科学技術上の問題について裁判所は判断能力を有しないとか判断する責務を負わないとかいうものではなく、場合によつては、そのような問題についても審理、判断することが当然ありうると考える。しかし、行政庁の裁量処分についての取消訴訟においては行訴法三〇条により裁判所の審査が制限されていることは明らかであり、本件訴訟においても、原子炉施設の安全性に関する判断が以上に判示したとおりの理由によつて専門技術的裁量事項と認められるために、裁判所による司法審査も右規定により制限されるにすぎないものである。したがつて、右の見解の指摘する点は、以上に判示したところを覆す論拠とはなりえない。

以上の観点から、本件訴訟においては、内閣総理大臣ないし安全審査会の行つた本件原子炉施設の安全性の審査、判断の手続が適正なものであつたかどうかを検討するほか、被告の主張、立証したところに従つてその審査、判断の過程及び根拠を明らかにした上で、その内容が裁量の範囲を逸脱し又は裁量権を濫用したものでないといいうる程度に合理的な根拠を有するものかどうか、更に、これが一応合理的なものと認められるときには、右の審査、判断につき原告らが具体的に指摘した違法事由があるかどうかについて検討するものとする。なお、このような検討の結果、最終的に原告らの指摘した違法事由の有無がいずれとも確定し難い場合には、裁量権の逸脱等を主張すべき立場にある原告らにおいてその不利益を負担すべきものと解するのが相当である。

第四章  本件処分の手続的適法性

第一本件処分の手続

<証拠>を総合すれば、本件処分は被告の主張第四節第一の1ないし9のとおりの経過を経て行われたものであることが認められ(ただし、本件申請、本件処分の行われた事実は当事者間に争いがない。)、右事実によれば、本件処分は、安全性の審査を含めて、規制法、設置法等の法定の手続にのつとり行われたものであると認められる。

第二原告らの主張に対する判断

一審査経過とその実態からみた違法性について(原告らの主張第四節第一)

1原子力委員会の審議、決定手続の違法性について

(一) 原告らは、原子力委員会の審査体制が不公正であると主張する。

確かに、本件処分当時の原子力委員会は、核燃料物質及び原子炉に関する規制に関すること(設置法二条四号)のほかに、原子力利用に関する政策に関すること(同条一号)等、原子力の利用と開発を推進することに関しても所掌することとされていたものであり、本件処分後の昭和五三年に設置法が改正され、従前の原子力委員会の所掌事務のうち安全の確保及び障害の防止に関するものは原子力委員会とは独立の原子力安全委員会が所掌することとされたことは、原告らの指摘するとおりである。また、成立に争いのない乙第一九号証及び証人内田秀雄の証言によれば、右の法改正は、内閣総理大臣の諮問機関であつた原子力行政懇談会が原子力委員会のあり方についての意見書の中で、「これまでの原子力委員会は、開発と安全規制の両面の機能を合わせ持ち、両者を有機的に結合することにより、原子力行政を進めてきた。ところが、前述の多くの深刻な問題に直面して、国民の間には、安全規制面に比して開発面にウエートをかけすぎているという不信が生じており、原子力委員会は、今までのような進め方では、このような情勢には対応できなくなつた」という意見を述べたことを踏まえて行われたものであることが認められる。

しかしながら、原子力の研究、開発及び利用に関する行政の民主的な運営を図るために(設置法一条、基本法四条参照)、原子力の利用、開発の推進とその安全の確保とを総合的見地から併せ所掌する一つの委員会を設置するのと、これらを各別に所掌する二つの委員会を設置するのと、いずれが優れた制度であるのかは、にわかには断じ難い立法政策に属するものというべきところ、安全審査体制の公正さという点においても、右の制度上の相違が直ちに、一方を公正とし、他方を不公正とするような差異をもたらすものであるとは解し難い。そして、規制法二四条一項各号の要件のうち、三号中の技術的能力に係る部分及び四号については、安全審査会により実質的な調査審議が行われたものであるところ、安全審査会の組織、委員の資格、任免、会務等については、前記改正の前後で基本的な変更はなく、本件処分当時の原子力委員会の組織、委員の任免、服務等の規定をも参酌すれば、本件処分当時の安全審査体制は、公正なものであつたということができる。よつて、原告らの前記主張は失当である。

(二) 原告らは、また、原子力委員会において実質的審議が行われなかつたと主張する。

しかし、設置法は、原子力委員会に安全審査会を置き、安全審査会において原子炉に係る安全性に関する事項を調査審議することとしており(一四条の二)、その審査委員は、学識経験のある者及び関係行政機関の職員のうちから、内閣総理大臣により任命されるものとしている(一四条の三第二項)のに対し、原子力委員会の委員については、右のような資格についての要件がない(八条参照)。したがつて、設置法は、原子炉に係る安全性に関する事項についての専門技術的観点からする調査審議は、原子力委員会が直接行うのではなく、安全審査会の専門技術的調査審議に基づく報告を踏まえて行うものと予定しているものである(なお、そのほかに、原子力委員会専門部会が置かれることもある(設置法施行令四条、専門部会運営規程一条)。)。本件処分に際しても、右の設置法の規定に従つて、原子力委員会は前認定のとおり審議決定したものであるから、原告ら主張のような違法はない。また、右に述べたところからすれば、原子力委員全員が原子炉施設の安全性に関する専門技術的知識経験を有する者である必要はなく、また、安全審査会と同じレベルでの専門技術的議論がされなければならないものでもなく、安全審査会の報告に対して異論が出なかつたとしても、特に異とするに足りない。

2安全審査会の審査手続の違法性について

(一) 原告らは、審査基準等の整備が十分なされずに審査委員の知見に頼つて行われた本件安全審査は、審査能力を欠く者によりされたものであつたと主張する。

しかし、規制法二四条一項三号中技術的能力に係る部分及び同項四号は、安全性の要件について抽象的な定めしか置かず、その要件適合性の判断については、内閣総理大臣の専門技術的裁量に委ねたものであることは、前判示のとおりである。そして、その裁量権の行使の方法として、まず具体的審査基準を定立してその適合性を判断していく方法をとるか、右のような基準を定立せずに専門家の知見に基づく判断に委ねる方法をとるか、更に、右のような基準を定立するとしても、どの程度詳細なものとするか等といつたことも、内閣総理大臣ないし原子力委員会、更には安全審査会が自ら判断して決定すべきことであり、この点も前記専門技術的裁量の内容をなすものというべきである。したがつて、本件安全審査当時、既に原子力委員会により明文をもつて定立されていた具体的審査基準が立地審査指針、気象手引及び安全設計審査指針のみであり(この点については、当事者間に明らかに争いがない。なお、証人内田秀雄及び同児玉勝臣の各証言によれば、このほかに、成文化されていなかつたが、安全審査会の内規としての暫定指針があつたことが認められる。)、その余は審査委員の知見に頼つていたとしても、そのことをもつて、直ちに違法ということはできない。そして、当時の安全審査会は、原子炉工学、核燃料工学、熱工学、放射線物理学、地震学、気象学等の分野における第一級の専門家である審査委員二九名及び調査委員一〇名により構成されていたことは、前記第一において認定したように被告の主張第四節第一4のとおりであるから、前記指針等と審査委員等の専門技術的知見により行われた本件安全審査に審査能力欠如の違法はないというべく、原告らの前記主張は失当である。

(二) 原告らは、安全審査会及び科学技術庁原子力局の人的体制が米国に比べて不足している旨主張する。

確かに、<証拠>によれば、米国と我国の原子炉の規制に関する人的体制には原告らの指摘するような差異があり、我国のそれは米国のそれに比較すれば見劣りしていた事実が認められる。しかし、このような相対的な比較から本件安全審査の手続に違法があるものということはできず、要は、我国の安全審査体制が当時の我国における最高水準の専門技術的知見に基づく審査を行いうるようなものであつたか否かが問題となるというべきである。そして、原子力委員会には、前記認定のような構成(審査委員二九人、調査委員一〇人)の安全審査会のほか、専門技術的知見を有する参与二五人以内、専門委員一四〇人以内(設置法施行令二、三条)、これらの者により構成される専門部会(原子力委員会専門部会運営規程一条)がそれぞれ置かれ、専門部会や安全審査会の審議のための資料は科学技術庁原子力局において準備することとされており(同規程五条二項、安全審査会運営規程四条二項)、更に我国政府の監督の下に、原子力に関する基礎研究、応用の研究、資料の収集等(当然、原子炉施設の安全性に係るものを含む。)を行う原研が設置されており(基本法七条、日本原子力研究所法二二条一項)、証人内田秀雄の証言によれば、原研の研究結果等は必要に応じて安全審査会の審査の資料として活用されていたことが認められる。これらの我国の安全審査に関する体制からすれば、前記の要請は充足されているものと認めるのが相当である。したがつて、原告らの前記主張は失当である。

(三) 原告らは、また、安全審査会が実質的審査をしなかつたと主張する。

確かに、前掲甲第六〇号証の一ないし五によれば、本件安全審査に係る安全審査会の会議は、前判示のとおり昭和四七年一月一〇日から同年一一月一七日までの間に計五回開催され、本件原子炉の設置に係る安全性のほかに多数の事項についても併せて審議をしたものであることが認められる。しかし、安全審査会は、前認定のとおり、当初の同年一月一〇日に八四部会(審査委員のうちの一〇名と調査委員三名との構成)を設けて本件原子炉の設置に係る安全性についての検討をさせたものであり、その検討結果を前提として調査審議を行つたものであるから、右の程度の審議であつても、専門技術的知見を有する審査委員らが安全性の確保の判断に十分であると考えて行つたものであれば、手続上の違法はないものというべきである。そして、証人内田秀雄の証言によれば、本件原子炉施設の位置に関しては既に隣接する日本原電東海発電所(前掲乙第三九号証によれば、昭和四一年から認可電気出力一六万六〇〇〇キロワットで営業してきている原子力発電所であると認められる。)についてその地理的条件等を審査した経験があり、また本件原子炉施設の構造及び設備については基本的に同型のBWRである日本原電敦賀発電所(前掲乙第三九号証によれば、昭和四五年から認可電気出力三五万七〇〇〇キロワットで営業してきている原子力発電所であると認められる。)等について審査した経験があることもあつて、右の程度の審議で十分であると考えていたものと認められる。したがつて、原告らの前記主張は、失当である。

なお、原告らは、安全審査会の会場や配布資料についても言及しているが、前掲甲第六〇号証の一ないし五及び証人児玉勝臣の証言によれば、本件安全審査に関しては、いずれも科学技術庁第一会議室において開催されたものであり、昭和四七年一月一〇日の第一回目の会議の席上、本件申請に係る申請書及びその添付書類が配布されたことが認められるから、これらの点に関する原告らの右主張も失当である。

(四) 原告らは、安全審査会が八四部会の報告を実質的審議なしに変更した旨主張する。

確かに、書込部分を除き<証拠>によれば、八四部会における調査審議の結果事務局においてまとめられた本件原子炉の設置に係る安全性についての中間報告書のうち、平常運転時の間欠放出に係る気体廃棄物の被曝評価について、一回当たり一五〇〇キュリー・メガエレクトロン・ボルトの放射能放出が年間一五回あるとしていたものを、昭和四七年一〇月一一日の安全審査会の席上、内田秀雄会長から評価が過大である旨の意見が出され、その結果、安全審査会の最終報告書においては、原告らの主張するように一回当たり五〇〇キュリー・メガエレクトロン・ボルトの放射能放出が年間五回あるとするように変更が行われたことが認められる。しかしながら、<証拠>によれば、右の変更は、内田会長の意見に示唆を受けて、八四部会において再検討した結果、妥当なものとの結論に達したため行われたものであることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。そして、前記各証拠によれば、最終報告書は安全審査会の決議を経ているものであると認められるから、原告らの前記主張は失当である。

(五) 原告らは、次に、安全審査会運営規程の違反がある旨主張する。

<証拠>によれば、本件安全審査に係る五回の安全審査会の会議における審査委員の出席者数は、第一回が一七名、第二回ないし第四回が各一六名、第五回が一八名とされているところ、そのうち、第二回の一名、第三回、及び第五回の各二名について審査委員の代理出席があり、第三回については、右二名の代理出席者を除けば、審査委員の出席者は一四名にすぎなかつたことが認められる。そして、設置法、同施行令、安全審査会運営規程のいずれにも、審査委員の代理出席を認める趣旨の規定は存在しない。したがつて、右の代理出席は法的根拠のないものといわなければならない。そして、安全審査会運営規程三条一項により安全審査会の定足数は二分の一以上と定められているから、前記第三回の安全審査会(審査委員二九名中一四名出席)は、定足数を欠いていたものというほかはない。

ところで、証人内田秀雄及び同児玉勝臣の各証言によれば、安全審査会は、昭和三六年の発足直後から審査委員中の関係行政機関の職員である者については当該委員の推薦する当該行政機関の他の職員の代理出席を認める旨決議し、そのように運用されてきていたことが認められる。右決議は、安全審査会運営規程八条により有効と解しえないでもないが、審査委員の任命、定則数等に関する規定との関係上、やはり、代理出席は設置法等に反するものと解するのが相当であるから、右決議をもつて、代理出席の法的根拠ということは困難である。また、安全審査会運営規程五条によれば、審査委員以外の者を会議に出席させて意見を述べさせることができるから、審査委員の代理として出席した者が意見を述べ、これが審査に反映されたこと自体は、右規定により有効であると解することができるが、右規定によつても右の者が審査委員を代理して決議に加わることや出席委員の数に加えられることを根拠づけることはできない。しかしながら、設置法一四条の三第二項が学識経験のある者と並んで関係行政機関の職員を審査委員の資格として定めているのは、後者については当該個人の有する学識経験に着目するのではなく(もつとも、一定水準以上の学識経験を有することは、当然必要とされる。)、当該行政機関が組織として有する専門技術的知識、経験、資料等を安全審査会の審査に反映させようとしているものであると解するのが相当である。そうであるとすれば、後者に限り、当該委員が自己の代理として適当と判断して推薦した当該行政機関の他の職員の代理出席を認めて審査に関与することを許しても、そのこと自体は必ずしも不合理ということはできず、前記決議に基づいて代理出席を認めたことの瑕疵は軽微なものというのが相当である。そして、前記各証拠及び弁論の全趣旨によれば、前記第二回、第三回及び第五回の会議に和田委員(通商産業省公益事業局技術長)の代理としての高橋某(その直属の部下)が、第三回及び第五回の会議に木村耕三委員(気象庁観測部長)の代理として串崎某(同部産業気象課調査官)又は山田某(同課課長)が、それぞれ当該委員の推薦により他の出席委員の承認を得て出席したこと、安全審査会が原子力委員会委員長への報告書の内容について決議したのは代理出席者を除いても定足数に達していた前記第五回の会議であり、右決議は出席者全員の一致により行われたこと、前記第三回の会議では八四部会のECCS及び平常運転時の被曝の評価についての検討結果を審議したにとどまることが認められる。そうすると、前記瑕疵が本件処分の取消事由となるべき安全審査手続上の違法とまでいうことはできない。また、定足数に達しているにもかかわらず出席者が少ないことを手続上の違法とする主張は肯認しえないし、本件安全審査において審査委員の中途退席があつたことを認めるに足りる証拠はない。したがつて、結局、この点に関する原告らの前記主張も、失当というべきである。

(六) 原告らは、更に、安全審査会は単なる議決機関にすぎず、出席状況も悪く、独立行政機関としての機能を有していないと主張する。

しかしながら、前認定のとおり、安全審査会は、八四部会による調査審議を踏まえつつ、五回にわたり会議を行い、審議、決定をしたものであり、<証拠>によれば、安全審査会が原子力委員会委員長に対する報告書をとりまとめるに際しては、八四部会の報告書を審査会長が読み上げて、項目ごとに意見を求め、検討した上で、決議をしたことが認められるのであつて、原告ら主張のように単なる議決機関にすぎなかつたということはできない。なお、部会を置いて安全審査会の所掌事務を分掌させることは、安全審査会運営規程七条により認められており、八四部会に調査審議をさせて、その結果を前提に安全審査会が審議、決定をしたことには、何ら違法な点はない。また、原告らは、木村委員が審査会に一度も出席していないことを特に挙げているが、<証拠>によれば、確かに木村委員は本件安全審査に係る安全審査会の五回の会議にいずれも出席していないことが認められるものの、前記認定のとおり、右五回の会議中第三回及び第五回の会議にはその代理として同じ気象庁の職員である串崎観測部産業気象課調査官又は山田同課課長が出席したものであり、右両名共木村委員同様気象、地震についての専門技術的知見を有する者であつたことが認められる。したがつて、これらの者の代理出席に法的根拠が欠けるという瑕疵があることは前判示のとおりであるが、実質的な審議機能上は、特段の支障を生じたものとはいい難い。よつて、原告らの前記主張は失当である。

(七) そして、原告らは、八四部会の審議の性格及び実態に関してるる主張している。

しかし、八四部会の審議経過は前記第一において認定したように被告の主張第四節第一5、6のとおりであり、証人児玉勝臣の証言によれば、原告らの主張第四節第一、二3(五)の(2)ないし(4)の事実が認められるが、これらの事実によれば、八四部会の審議が必ずしも理想的な方法で行われたものとはいい難いものの、その作業グループとしての性格からすれば、その審議が不十分であつたとまでいいうるものではない。

また、右証言及び弁論の全趣旨によれば、同(5)の大山報告に原告ら指摘の部分があることが認められるが、以上に判示した八四部会の審議等の実質に不十分な点があることの根拠とはなりえない。確かに、右報告において指摘されている「申請者側の計算を再計算によつて確認することが困難であること」及び「原則として書面審査のみであること」は、安全審査の方法として、理想的な方法とはいい難く、再計算を行い、必要な実験等も行つて、審査をするほうがより望ましいことは、いうまでもない。しかし、<証拠>によれば、安全審査会は、申請者の行つた計算の妥当性についても、実験等による裏付けについても、必要と認めた場合には、申請者に指示を与えて追加資料等を提出させたり、原研に被曝評価の計算を依頼することにより十分対処しえていたことが認められ、右のような方法でも安全審査の方法として不十分とはいえないというべきである。

更に、<証拠>によれば、八四部会は通商産業省原子力発電技術顧問会と合同で審査を行つたことが認められる。原告らは、この点に手続上の問題があるかのように主張しているが、同顧問会が原子炉の開発を推進する立場にあるものと認めるに足りる証拠はなく、仮にそういう立場であつたからといつて、これと合同して審査したことをもつて(それが望ましいものでないことは確かであるとしても)直ちに手続上の違法事由とすることはできない。

よつて、原告らの八四部会に関する主張はいずれも失当である。

二審査対象の違法性について(原告らの主張第四節第二)

1原子炉施設以外の審査の欠如について

原子炉設置許可に際しての安全審査は、原子炉施設を対象として行えばよく、核燃料サイクル全般にわたる総合的審査をする必要がないことは、前判示のとおりである。したがつて、この点に関する原告らの主張は失当である。

2基本設計ないし基本計画以外の審査の欠如について

原子炉設置許可に際しての安全審査は、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針を対象として行えばよいことは、前判示のとおりである。したがつて、この点に関する原告らの主張も失当である。

三審査基準の違法について(原告らの主張第四節第三)

1審査基準の法的根拠の欠如について

原告らは、安全審査会が本件安全審査に用いた立地審査指針、安全設計審査指針及び気象手引は、いずれも法的根拠を持たず、規制法二四条一項四号の許可基準を具体化したものではないと主張する。

右の指針等が規制法の授権に基づいて定められたものでないことは、原告ら主張のとおりである。しかしながら、規制法二四条一項四号は、前判示のとおり、原子炉施設の位置、構造及び設備が具備すべき具体的要件や災害の具体的内容については何も定めず、同号の要件適合性の判断を、その具体的基準の策定を含めて、内閣総理大臣に委ねているものと解され、内閣総理大臣は右要件適合性について原子力委員会の意見をきき、これを尊重することとされている。したがつて、原子力委員会が、右要件適合性について判断する前提として、審査指針等を定めることは、当然その権能の範囲内において行いうることであるから、原子力委員会が立地審査指針等を定めてこれに基づいて安全審査を行つたことには、何ら違法な点はないというべきである。立地審査指針等が、規制法二四条一項四号の許可基準との間に、右に述べた以上の法的関連性を有しないことは事実であるが、これを有しなければならない理由はなく、原告らのこの点に関する主張は失当である。

次に許容線量等を定める件は、原子炉規則の具体的委任に基づいて定められた科学技術庁告示であつて、法令に属するものである。そして、右告示は、直接的には規制法二四条一項四号の基準の具体的内容について定めたものではないが、安全上の観点から原子炉施設の内外における各種の場合についての被曝放射線量の限度等を定めるものであつて、同号の要件適合性の具体的判断に当たつて、これを基準として用いることは、何ら手続上の問題を生じるものではない。とりわけ、右告示二条は、規制法三五条所定の原子炉設置者の講ずべき保安措置の一つとして原子炉規則が周辺監視区域を定めて人の居住を禁止しその立入りを制限するよう定めた(原子炉規則七条三号)のを受けて、その範囲を画するための許容被曝線量値を定める趣旨の規定である(同規則一条七号)。その趣旨からすれば、原子炉施設の安全性を審査するに当たって、周辺の公衆の受けるおそれのある放射線の被曝線量値が、少なくともこれを下回るかどうかを確認するために用いること(この点については、後に認定するとおりである。)は、合理的であつて、手続上の違法があるものとはいいえない。したがつて、原告らのこの点に関する主張も失当である。

2憲法三一条の無視について

既に判示したところから明らかなとおり、本件処分に際して内閣総理大臣、更には原子力委員会が行つた規制法二四条一項四号の要件適合性の判断は、同号自体の予定している手続に従つてされたものであるから、本件処分は、法律の定める手続によりされたものというべきである。原告らの主張は、結局のところ、規制法二四条一項四号自体が憲法三一条に違反するものであるということに帰する。しかし、原子炉施設の安全性に関する要件を法律をもつて具体的かつ詳細に定めることとするか、又は右要件の判断を当該事項に関係を有する専門技術的分野の第一級の専門家の集団たる安全審査会を擁する原子力委員会に委ね、法律においては右判断の基本となる枠組のみを要件として定めることとするかは、原子炉施設及び想定される災害の定型性、具体的判断における妥当性、判断に際して考慮を要する事項の複雑さ、右判断に要する専門技術的知見の程度及び普遍性等を考慮して、立法機関において決すべき事項というべきである。そして、規制法二四条一項四号に関しては、右の後者の方法がより妥当であるとして、具体的基準の策定も含めて内閣総理大臣の専門技術的裁量に委ねることとされたものであつて、原子炉施設の基本設計に係る安全性という事柄の性質に鑑み、立法機関が右のような選択をしたことに不合理な点はないというべきである。したがつて、規制法二四条一項四号及びこれに基づく本件処分は、何ら憲法三一条に違反するものではない。

3審査基準の内容の不当について

審査基準の内容に係る違法は、結局のところ、これらに適合するとして行われた本件処分の内容上の違法(実体的違法)を問題とすることにほかならないが、原告らがこれを手続的違法の面から採り上げて主張するので、この点に限り(内容それ自体については後に判示する。)検討する。

安全審査に当たり、具体的基準を策定して審査をするか否か自体が、内閣総理大臣、更には原子力委員会の専門技術的裁量に属するものであることは、前判示のとおりである。そして、具体的基準を策定してこれへの適合性を審査する方法を採る以上、右基準の内容が適正なものでなければならないことは、いうまでもないが、どのような事項を基準として採り上げ、どの程度詳細に定めるか、その内容をどのようなものとするか等の点は、右の裁量により専門技術的知見に基づいて決すべき事柄であるから、その内容の違法性についての司法審査は、右の専門技術的裁量の範囲を超え、裁量権の逸脱等にわたるか否かの点についてのみ及ぶものである。

また、原子炉設置許可処分における安全審査は、原子炉施設の基本設計に係る安全性の審査にとどまり、原子炉施設に関することであつてもその詳細設計に係ることや、更には、原子炉施設そのものと直接の関係を有しない核燃料サイクル全般にわたる事項等は、その対象とならないことも、前判示のとおりである。したがつて、前記審査基準も、原子炉施設の基本設計に係る安全性についての審査に必要な範囲の定めをすれば足りるものである。

更に、原子力委員会の策定した前記指針等を用いて具体的審査を行うのは、安全審査会であり、安全審査会の委員は、原子炉施設の安全性に関係を有する多くの専門分野における第一級の専門家(内閣総理大臣により任命された学識経験者及び関係行政機関の職員三〇名以内)により構成されているのであるから、前記指針等は、安全審査会がこれらの専門家の有する専門技術的知識、経験、資料のほか、安全審査会の内規、諸外国において用いられている審査基準等その他の一般的基準、従前の審査経験等を参考にしつつ、当該原子炉施設の基本設計に係る安全性についての判断をすることができる程度のものであれば足りる。

以上の観点から、立地審査指針、気象手引及び安全設計審査指針の内容について検討する。まず、成立に争いのない乙第九ないし第一一号証によれば(以下、特に判示しないが、これらの指針等の内容は、これらの証拠により認められるものである。)、これらの指針等は、いずれも原子力委員会が専門部会を設けて検討させた結果に基づいて安全審査会の安全審査に用いるために定めたものであることが認められる。右の専門部会は、参与及び専門委員をもつて構成され(原子力委員会専門部会運営規程一条)、参与及び専門委員は、いずれも安全審査会の審査委員と同じく、学識経験のある者及び関係行政機関の職員のうちから選任される(設置法施行令二、三条)ものであるから、前記指針等は、これらの参与及び専門委員の専門技術的知見に基づいて検討され、作成されたものであると認められる。そして、これらの指針等の内容は、証人内田秀雄、同浜田達二及び同児玉勝臣の各証言に照らし、専門技術的知見を有する安全審査会の審査委員が原子炉施設の基本設計に係る安全性の審査をするのに十分なものと認めるのが相当である。

原告らは、右指針等のうち、立地審査指針は、それ自体が将来における再検討を予定した暫定的なものと言明していながら、策定後急速な研究の進歩があつたにもかかわらず、今日まで改訂されていないから、また一方、気象手引及び安全設計審査指針は、同様の暫定的なもので、現実にその後詳細な内容をもつた新指針が策定されると同時に廃止されたから、いずれも不合理、不十分なものであるなどと主張する。確かに、<証拠>によれば、原告らの主張するような指針等の改訂に関する事実が認められる。しかし、科学技術の進歩に伴い基準の改訂が必要とされるか否か自体も、専門技術的知見に基づき原子力委員会が判断すべき事項であつて、前記の専門技術的裁量に属するというべきである。そして、原告らの主張する右の改訂に関する事実は、むしろ各指針ごとに右の判断が現実に行われていることを示すものであつて、その改訂により旧基準が全く誤りであつたとされたのであればともかく、単により詳細になつた等というのであるから、改訂の有無により直ちに本件処分当時の基準が不合理、不十分であつたということはできない。したがつて、この点に関する原告らの主張も、失当である。

4明文化されていない知見について

原告らは、審査基準は明文化されていなければならないと主張するが、既に判示したところからすれば、右主張が失当であることは明らかである。

四原子力三原則の違背について

(原告らの主張第四節第四)

原告らは、本件安全審査において基本法二条のいわゆる原子力三原則が遵守されなかった違法があると主張する。

基本法二条は、原子力の研究、開発及び利用について、平和の目的に限り、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものと定めて、その基本方針を明らかにしている。そして、基本法は、その名が示すとおり、原子力に関する「基本法」であつて、しかも原子炉の建設について別に法律に定めるところにより政府の行う規制に従わなければならないものと定めている(一四条本文)から、右の基本方針は、原子炉の設置に関しても妥当すべきものである。しかしながら、基本法は、その規定に照らし、原子力の研究、開発及び利用に関する基本理念を明らかにし、その基本理念の下に法的規制を行うものとする一方、具体的な法的規制については、別に定める法律にほとんど総て委ねているものであつて、右の基本方針も、これらの法律を通して実現されるべきことが宣言されているにとどまり、これらの法律を通さずに、直接個々の手続を規制するものではないと解するのが相当である。したがつて、原子炉設置許可の手続においても、右の基本方針は、規制法及びその下位法令を通じて実現されるべきものであつて、規制法等の定める手続には違背していないとしても基本法二条には違背しているから本件処分を違法であると主張することはできないといわざるをえない。この点において、原告らの主張は既に失当たるを免れない。

もつとも、前記基本方針は、規制法等の定める原子炉設置許可手続の解釈、適用については、参酌されるべきものであるから、その観点から更に検討する。先ず、前記基本方針のうち原子力の研究、開発及び利用は民主的な運営の下に行うものとする民主の原則についてみるに、基本法自体、右原則の実現のため原子力委員会を置き、原子力の研究等に関する事項について企画し、審議し、決定することと定めている(四、五条)。そして、内閣総理大臣は、原子炉設置許可をする場合においては、規制法二四条一項各号に規定する基準の適用について原子力委員会の意見をきき、これを尊重してしなければならないことが、同条二項に規定されている。したがつて、民主の原則は原子炉設置許可の手続においても右のような形で実現されており、前判示のとおり本件処分においても原子力委員会の意見をきいて、その答申どおりに許可がされたものであるから、この点における手続上の違法はない。右のほかに原告らの主張するような点において民主の原則に沿った手続が規制法ないしその下位法令において定められていると解すべき根拠はない。次に、前記基本方針のうち原子力の研究等は自主的にこれを行うものとする自主の原則についてみるに、右原則は、我国が他国の支配や干渉を受けずに自主的に研究等を行うべきこと(このことは、他国における研究等の成果を利用することを否定するものではない。)を宣言したもので、原子炉設置許可処分においては、審査の手続や原子力委員会の構成等においておのずから実現されるものと予定されているだけで、右原則に沿つて特段の手続規定が設けられているものと解すべき根拠はない。更に、前記基本方針のうち原子力の研究等の成果を公開するものとする公開の原則についてみるに、右原則は、軍事的目的を有する原子力の研究等を排除するためのものであつて、原子力の研究等に関するあらゆる手続を一般人の見聞しうる状態におくべきことまでも宣言するものとは解されず、規制法等においても原子炉設置許可に係る手続において安全審査の手続を逐一公開すべきことや公聴会を開催すべきことまで定められているものと解すべき根拠はない。そうすると、規制法等の解釈上も、原告らの主張するような点について違法があるものということはできない。

なお、<証拠>によれば、本件処分当時においては、原子炉設置許可処分に係る安全性の審査に関しては、安全審査会から原子力委員会委員長に対する報告書を原子力委員会月報に掲載することによつて公表していたほかは、資料の公開をせず、公聴会も開催していなかつたが、昭和四八年五月以降は原子炉設置許可申請書及び添付書類を、昭和五〇年七月以降は申請者の提出した参考資料をも、科学技術庁公開資料室、国会図書館等において公開するようになり、また、原子力委員会は、昭和四八年五月に公聴会の開催要領を決定し、同年九月以降公聴会を実施するようになつたことが認められる。このように、本件処分の直後から、公開及び民主の原則の適用について、より積極的な運用がされるに至つたものということができる。これらの事実に鑑みれば、本件処分に関しても同様の措置が採られるべきであつたとする原告らの主張は、運用の当否の問題としては首肯しえないものではないが、これらの事実は、前記した基本法及び規制法の解釈に何ら影響を及ぼすものではないから、この点をもつて本件処分の手続的違法ということができないとの前記判断を左右するものではない。

第三結論

以上のとおり、本件処分の手続的違法に関する原告らの主張はいずれも失当であり、本件処分の手続には、これを取り消すに足りる違法はないものである。

第五章  本件処分の実体的適法性(その一、規制法二四条一項一ないし三号要件について)

一一、二号要件について

規制法二四条一項一、二号は、専ら公益の実現のための規定であつて、原告らがこれらに違反することを理由に本件処分の取消しを求めることができないことは、前判示のとおりであるから、原告らのこの点についての主張は、その内容について判断するまでもなく、失当である。

二三号要件中「経理的基礎」について

規制法二四条一項三号中、申請者に「原子炉を設置するために必要な経理的基礎がある」かどうかについては、原子炉設置許可申請書に添付すべき「原子炉の設置に必要な資金の調達計画書」(規制法施行令六条二項)すなわち「工事に要する資金の額及び調達計画を記載した書類」(原子炉規制一条の二第二項三号)のほか、申請者の「最近の財産目録、貸借対照表及び損益計算書」(同項一一号)等に基づいて判断することが予定されているものと解される。

そこで、これを本件についてみるに、<証拠>によれば、本件原子炉施設の工事に要する資金は合計一二〇〇億円と見積もられていたこと、これは当時の原子力発電所の建設単価から考えて妥当な額であること、日本原電は、これを資本金、外資借入金、国内資金借入金及び自己資金により調達する計画であつたこと、これらの調達については、融資先等の了解もほぼ得られていたことが認められ、右乙第二号証によつて認められる同社の資産、負債、資本及び利益に鑑みて、右の資金調達計画には特に問題とすべき点があるとは解されないから、同社には本件原子炉を設置するために必要な経理的基礎があつたものと認められる(なお、本件処分に基づいて、その後実際に本件原子炉施設が建設され、使用前検査に合格して、運転を開始したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、右事実によつても、日本原電に右経理的基礎があつたことが裏付けられたということができる。)。

これに対し、原告らは、日本原電が昭和三二年の創業以来二二年間も累積赤字を重ねたこと等を理由に、同社には経理的基礎がないと主張し、右累積赤字の点につき、これに沿う証人室田武の証言及び同証人の著書(成立に争いのない甲第九一号証)がある。しかし、規制法二四条一項三号が要件としているのは、「原子炉の設置」に必要な経理的基礎であつて、「原子炉の運転」についての経理的基礎ではない(このことは、技術的能力についてはこれらの両方についての要件とされていることと対比すれば、明らかである。なお、これは、運転についての経理的基礎を必要としないことを必ずしも意味するわけではなく、ただ、原子炉設置許可に際しては、設置のための経理的基礎のみを要件として審査するものとされているにすぎない。)。したがつて、日本原電が原子炉の運転すなわち発電所の操業により収益をあげてきたか否か、事故が発生したにもかかわらず運転を続行したか否か等の点は、規制法二四条一項三号の要件たる経理的基礎と直接関わりを有する事項とはいえず、前判示のように、原子炉施設の工事に必要な資金の調達の面から右要件の充足の有無を判断すれば足りるから、原告らの主張事実が仮に認められるものとしても、前記判断を左右するものではない。

よつて、日本原電に経理的基礎があるものとした本件処分には、原告ら主張のような違法はない。

三三号要件中「技術的能力」について

規制法二四条一項三号中、申請者に原子炉の設置及び運転に係る技術的能力があるかどうかについては、原子炉設置許可申請書に添付すべき「原子炉施設の設置及び運転に関する技術的能力に関する説明書」(原子炉規則一条の二第二項五号)等に基づいて判断することが予定されており、その判断は、前判示の専門技術的裁量に基づいて、申請者に原子炉の設置すなわち原子炉施設の詳細設計、工事を進めるのに十分な技術者が確保されているか否か、更に運転が開始される時までに運転を適確に遂行するのに十分な技術者が確保されることになつているか否かという観点から行われるものと解される。

そこで、これを本件についてみるに、前掲乙第二、第五、第三五号証及び証人児玉勝臣の証言によれば、本件安全審査において安全審査会は、申請者である日本原電が、東海、敦賀両発電所の建設と運転の実績を有していること、本件発電所の運転に当たつては運転開始当初必要とする技術要員を約一〇〇名予定しており、これらの技術要員については東海、敦賀両発電所の運転経験者を重点的に配置するとともに建設期間中に所要の教育訓練を実施することになつていることから、規制法二四条一項三号の技術的能力を有するものと認める旨判断したものと認められ、前掲乙第七号証によれば、原子力委員会も、右の安全審査会の審査結果のとおり日本原電に右の技術的能力があるものと認める旨判断して、内閣総理大臣に対してその旨答申をしたことが認められる。また、<証拠>によれば、本件申請書添付書類中に右に沿う記載があり、日本原電が右のような技術要員を有し、かつ、その配置、教育訓練についての計画を有していたことが認められる。したがつて、右の申請書添付書類の記載に基づいて日本原電に前記技術的能力があるとした本件安全審査における前記判断には合理的根拠があり、裁量権の逸脱又は濫用があつたものと認めるべき事由はないから、右判断に違法はない。

原告らは、日本原電が昭和五六年四月に敦賀発電所において放射能流出事故を起こしたこと及び事故についての監督官庁への報告を怠つていたこと(いわゆる事故隠し)をもつて、日本原電に技術的能力がない旨主張する。しかし、右の報告を怠つたことが前記のような観点からする技術的能力の判断に何らの関係をも有しないものであることは明らかであり、また、本件処分から八年以上も後に本件発電所とは別の発電所において事故を起こしたことをもつて、前記のような観点からする技術的能力の判断に裁量権の逸脱等があつたものということはできない。

また、原告らは、日本原電が本件申請において使用済燃料の再処理を動燃に行わせることができると判断していたことをもつて、同社が技術的能力を欠いていたと主張する。しかし、動燃が使用済燃料の再処理技術を確立しているか否かについて判断をする能力と原子炉の設置及び運転に関する技術的能力とは直接の関係がないばかりか、当時は、我国においては原則として動燃のみが再処理事業を行うものであることは規制法自体が予定していたところであり(四四条)、かつ、<証拠>によれば、動燃の再処理施設は、昭和五二年に試運転し、昭和五三年には本格運転の見込みであつたことが認められ、日本原電もそのように予定したからといつて、同社の技術的能力に格別の疑義を生ずるものではないことが明らかである(なお、<証拠>によれば、本件申請において日本原電は、使用済燃料は原則として動燃に送り再処理を行うとしているだけであつて、動燃以外の者による再処理もありうることを予定していることが認められる。)。よつて、原告らの右主張も失当である。

以上のとおり、本件処分において規制法二四条一項三号の要件中技術的能力に係る部分を充足するものとした点に、原告ら主張のような違法はない。

第六章  本件処分の実体的適法性(その二、規制法二四条一項四号要件について)

第一はじめに

一四号要件適合性の審査

規制法二四条一項四号の要件適合性の審査は、前判示の専門技術的裁量に基づき、当該原子炉施設の基本設計において当該原子炉施設の位置、構造及び設備が災害の防止上支障がないものであるか否かについて行われるものであることは、前判示のとおりである。

右の審査の資料として法令が予定しているものは、申請書に記載される「原子炉を設置する工場又は事業所の所在地」(規制法二三条二項四号)、「原子炉施設の位置、構造及び設備」(同項五号)並びに申請書添付書類のうち「原子炉施設を設置しようとする場所に関する気象、地盤、水理、地震、社会環境等の状況に関する説明書」等原子炉規則一条の二第二項六号ないし一〇号の書類等である。

これを本件についてみるに、前掲乙第三五号証によれば、本件安全審査において安全審査会は、日本原電の提出した本件申請書及びその添付書類等に基づき、本件原子炉施設の設置許可段階における基本的計画(基本設計)が安全上から妥当であるかどうかを検討したことが認められ、その結果、前記認定のとおり、本件原子炉施設の設置に係る安全性は十分確保しうるものと認め、原子力委員会も、右の安全審査会の審査結果のとおり判断して、内閣総理大臣に対してその旨答申した次第である。

右の規制法二四条一項四号の要件の適合性についての審査、判断の違法性の有無を検討する前提として、まず、本件原子炉施設は発電用原子炉施設であるから、発電用原子炉施設の仕組みについて、次いで原子炉施設の潜在的危険性について、そして、原子炉施設の安全性の意義及びその審査について、順次検討することとする。

二発電用原子炉の仕組み

本件原子炉が沸騰水型の軽水型原子炉(BWR)であることは、当事者間に明らかに争いがないところ、<証拠>によれば、軽水型原子炉にはBWRとPWRがあること、これらの構造は別紙第一図及び第六図のとおりであること、BWRの燃料、圧力容器内の構造はそれぞれ第二図、第三図のとおりであること等、被告が被告の主張第六節第一款第一において主張するとおりの事実が認められる。

三原子炉施設の潜在的危険性

1想定されている危険性

規制法二四条一項四号が審査することとしている原子炉施設の安全性とは、その文言上、使用済燃料を含む核燃料物質、原子核分裂生成物を含む核燃料物質によつて汚染された物又は原子炉によりもたらされるおそれのある災害を防止しうるものであることを意味することが明らかであるところ、基本法二〇条の規定に鑑み、そこで想定されている潜在的危険性は、主として放射線による生命、身体の損傷及び放射性物質による環境の汚染であると解するのが相当である。なお、原子炉施設に特有でない事項、たとえば温排水の熱的影響による危険性が、これに含まれないものであることは、既に判示したとおりである。

そこで、放射線の種類とその人間に及ぼす影響について、次に検討する。

2放射線の種類とその人間に及ぼす影響

放射線の種類とその人間に及ぼす影響の概要については、ほぼ当事者間に明らかに争いがないが、右争いのない事実と<証拠>により認められる事実とを要約すれば、次の(一)ないし(七)のとおりである。

(一) 放射性物質から放出される放射線の量は、時間の経過とともに減衰するが、減衰速度は放射性物質の種類(核種)により異なる。放射性物質は天然にも存在するが、人工的にも生成され、原子炉においても種々の核種の放射性物質が生成される。

(二) 放射線(電離放射線)には、アルファ線、ベータ線、中性子線等の粒子線と、ガンマ線、エックス線等の電磁波とがある。

(三) これらの放射線は、その種類ごとに物質との相互作用及びその透過力に大きな違いがある。まず、アルファ線は、物質との相互作用が大きいため、透過力が極めて小さく、空気中でも数センチメートル程度しか透過できず、薄い紙一枚でも遮へいすることができる。ベータ線は、物質との相互作用がアルファ線に比べるとはるかに小さいが、空気中でも数十センチメートルないし数メートル程度しか透過できず、数ミリメートルの厚さのアルミニウム、プラスチック等の板で遮へいすることができる。ガンマ線やエックス線は、物質との相互作用が極めて小さいため、透過力は非常に大きく、厚い鉛板、コンクリート等により遮へいすることができる。中性子線は、その速度により物質との相互作用に違いがあり、低速度のものは透過力が小さく、高速度のものは透過力が大きい。高速中性子は、パラフィンや水等の物質中で減速させることができ、減速された中性子線は、厚いコンクリート等により遮へいすることができる。

(四) 右のような性質を有する放射線は、人間の組織に対しても励起ないし電離作用を及ぼすが、人間はこれを五感により感ずることができない。

(五) 人間に対する放射線による被曝は、体外に存在する放射性物質からの放射による外部被曝と、体内に採り込んだ放射性物質からの放射による内部被曝とに分けられる。このうち、外部被曝の場合には、アルファ線においては皮膚表面のみの被曝となり、ベータ線においてはほぼ皮下二センチメートル以内の被曝となり、いずれも体内器官はほとんど被曝しないが、ガンマ線においては身体内部も含め全身がほぼ均等に被曝する。これに対し、内部被曝の場合には、アルファ線やベータ線は、そのほとんどのエネルギーを周囲に与えることになる。

(六) 放射線の量を表わす方法としては、物質が吸収するエネルギーの量を基準にする場合には、吸収線量といい、単位としてはラドを用いる。これに対し、人体に対する影響を基準にする場合には、線量当量といい、単位としてはレムを用いる。ベータ線、ガンマ線においては、一ラドが一レムに相当するが、アルファ線においては、一ラドが一〇レムに相当するとされる(以下、単に「線量」というときは、原則として線量当量を指すものとする。)。

(七) 放射線の人間に与える障害には、被曝した個人に現れる身体的障害とその子孫に現れる遺伝的障害とがある。このうち、身体的障害には、一時に比較的高線量(通常二五レム以上)の放射線を被曝した場合に、急性死亡、白血球の減少、脱毛、皮膚障害等の症状となつて現れる急性障害と、比較的低線量の放射線を被曝した場合でも、数か月から数年以上、長い場合には数十年の潜伏期を経てから、白血病その他のガン、白内障等の症状となつて現れる晩発性障害とがある。これらのうち、急性障害の場合は、線量の大きさと症状の重さに相関関係があるが、晩発性障害等の場合には、右の相関関係はなく、線量の大きさと発現率との間に相関関係がある。なお、晩発性障害等の場合には、その症状が他の原因によつても生じうるものであるから、被曝との間の時間が長いこと、被曝により必ず発現するものではないことと相まつて、特定の個人についてその症状が放射線、殊に人工放射線によるものかどうかを判別することはできない。

3放射線の被曝線量と障害発生との関係におけるしきい値の存否

放射線の被曝線量と障害発生との関係、特に、低線量の放射線被曝と晩発性障害(特に、白血病その他のガン。以下、「晩発性障害」というときはガンを指す。)及び遺伝的障害の発生との間にどのような関係があるかという点について、当事者間に争いがある。すなわち、原告らは、被曝線量と晩発性障害等との間には直線的比例関係があり、どのような低線量であつても晩発性障害等を生じる、すなわち、放射線による晩発性障害等については「しきい値」がないと主張し、被告は、被曝線量と晩発性障害等との間の関係は、低線量域では解明されていないと主張する。そこで、右の問題のうち、しきい値の有無について以下検討する。

(一) <証拠>によれば、放射線被曝と人間に生ずる障害との関係にしきい値があるか否かの問題については、身体的障害のうちの急性障害に関してはこれを肯定するのが一般的であるが、晩発性障害等に関しては、被曝した放射線の量の大小によつて障害の重さは変わらず、その発生頻度が変わるという性質を有することを理論的根拠とし、動植物についての実験結果、人間についての統計的結果等から明白な裏付けが得られたとして、線量が低くなるほど晩発性障害等の発生頻度(確率)は低くなるが、どのような低線量であつてもその確率を零とすることはできない、すなわち、しきい値がないものと断定する見解、これらの結果等からしきい値がないとまでは断定できないが、そう推定すべきであるとする見解ないし放射線防護の観点からそう仮定すべきであるとする見解(後に判示するICRPはこの見解を採り、しきい値のない直接関係を仮定する。)があり、しきい値があるとする見解はほとんどないことが認められる。そして、右各証拠による限りは、昭和四七年当時も現在も、しきい値がないと仮定する見解が最も支配的であると認められる。

(二) ところで、原子炉設置許可に係る安全審査においては、右のしきい値の存否の問題は、原子炉施設の周辺の住民又は環境が被曝する放射線の量が許容限度内にあるか否かの判断をする前提として考慮の対象となるべきものであるところ、この問題は前判示の専門技術的裁量に係る事項というべきである。

しかして、しきい値の存否について前記認定のような諸見解の存する状況下においては、しきい値があるとする見解に立つものでない限り、裁量権の逸脱等があつたものといえないと認めるべきであるところ、<証拠>によれば、本件安全審査においては、ICRPの勧告に基づき下限を設けることなく実用可能な限り放射性物質の放出を低くすることを目標とすべきであることを方針としたことが認められるから、しきい値があるとする見解に立つものではないことが明らかである。したがつて、本件安全審査においては、この点に関して裁量権の逸脱等があつたということはできない。

(三) のみならず、しきい値の存否について、これがないと断定する見解、推定する見解ないし仮定する見解のいずれによつても、結論としてしきい値がないものとして原子炉施設の安全性を審査することになるから、そもそも、右のいずれの見解を採用するかの点は、本件安全審査の内容における違法性に影響を及ぼすものではないというべきである。すなわち、原子炉施設が放射性物質を排出することが一定の範囲で許容されるか否かは、しきい値の不存在を肯定するかこれを仮定するかにより決まるのではなく、規制法二四条一項四号の解釈及び低線量域における線量と効果の具体的関係によるものということができる。

四原子炉施設の安全性の意義及びその審査

1原子炉施設の安全性

規制法二四条一項四号が規定する災害の防止とは、主として放射線障害を防止することであり、他方、放射線障害の発生にはしきい値がないと考えるべきであることは、前判示のとおりである。そうすると、右規定が放射線障害の発生を如何なる意味においても完全に防止することを要件とする趣旨であるとすれば、原子炉施設の周辺住民に対する関係においては、放射線を環境に全く放出しないものでなければならない(従業者に対する関係においては、それでも不十分である。)。

ところが、弁論の全趣旨によれば、原子炉は、その運転により不可避的に一定の放射性物質を環境に放出する施設であるということができる(このことは、原子炉規則一四条において、気体状の放射性廃棄物は、排気施設によつて廃棄し(一の三号)、その場合は、排気中における放射性物質の濃度をできるだけ低下させることとされ(八号)、液体状の放射性物質は、排水施設等によつて廃棄し(二号)、排水施設による場合には、排水中における放射性物質の濃度をできるだけ低下させることとされている(九号)ことにも表れている。)。また、原子炉施設も人工の施設である限り、どのような安全上の対策を講じても、絶対的に事故を発生しないということがありえないことは、経験則上自明というべきである。そうすると、規制法二四条一項四号の規定を前記のように放射線による障害の発生を完全に防止する趣旨の規定と解するときには、原子炉の設置は現実にはおよそ許容される余地がないことになる。

しかしながら、規制法自体は、原子炉の設置を一定の要件の下に許容することを当然の前提とするものであることは、自明のことというべきである(なお、基本法第六章も同じ。)。したがつて、規制法二四条一項四号は、原子炉施設が放射性物質を環境に放出するものであること等を前提にした上で、これによる災害発生の危険性が社会観念上無視しうる程度に小さいことを要件とするものと解すべきである(なお、後に判示するとおり、ICRPが、既に昭和三〇年において、放射線障害にしきい値のないことを仮定した上で、被曝を可能な最低レベルにまで引き下げるあらゆる努力を払うべきであることを勧告していたことから、規制法の制定された昭和三二年当時から、しきい値のないものと仮定すべきことは、世界の支配的な考え方であつたことが明らかである。また、成立に争いのない甲第六号証によれば、規制法案の審議に際し、昭和三二年五月六日、武谷三男参考人が、衆議院科学技術振興対策特別委員会において、放射線はどんなに微量でもそれなりの害がある旨述べたことが認められる。したがつて、規制法は、このような知見があることを前提としつつ定められたものであるということができる。)。このような立法者の考え方は、放射線障害防止の技術的基準に関する法律三条においても明らかにされているものということができる。そもそも、人間の生命、身体の安全は、最大限の尊重を必要とする重大な法益であることは改めていうまでもないが、文字どおりの意味において人間の生命、身体に対する害が、又はこれを生じる危険性(可能性)が(その取扱い上の人為的要因に基づく場合を含めて)絶対的に零でなければ人間社会において存在を許されないとするならば、放射線のみならず、現代社会において現に存在が受容されているおびただしい物質、機器、施設等がその存在を否定されるべきこととならざるをえない(たとえば、水力発電所も火力発電所も例外ではありえない。)。これを放射線に限つてみても、<証拠>によれば、建築材(レンガ、石材、コンクリート等)、テレビ、食品(牛乳、サラダ油、ウイスキー等)、石油、石炭、天然ガス、温泉等、量の多少はあつても、放射線を発するものが数多く存在していること、航空機による飛行をすることによつても、平地にいるよりも放射線(宇宙線)を多く被曝すること等の事実が認められる。放射線による障害にしきい値がないとすれば、そして、人間の生命、身体の安全は絶対的な意味で保護されなければならないとするならば、右に掲げたものも総て、その存在、利用が許されないものといわなければならない。しかし、そのような考え方が社会通念に反するものであることは多言を要せず、これらによる害が社会観念上無視しうる程度に小さければ(医療用放射線等そのもたらす益が大きいときは、その害が無視しえない程度であつても)、その存在は許容されるものというべきである。このことは、当然原子炉施設についても妥当するものである(なお、基本法一条は、原子力の研究、開発及び利用を推進することが将来におけるエネルギー資源の確保及び学術の進歩と産業の振興を図ることとなり、人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することになるとの考え方を明言しており、このことは規制法を解釈する上でも、当然考慮されるべきである。)。この点からも、規制法二四条一項四号を前記のように解するのが相当であるといえる。

右のような規制法二四条一項四号の解釈からすれば、原子炉施設の安全性の確保は、原子炉施設の有する潜在的危険性を顕在化させないよう、放射性物質の環境への放出を可及的に少なくし、これによる災害発生の可能性をいかなる場合においても社会観念上無視しうる程度に小さく保つことにあるということができる。

2安全審査の方針及び審査事項

(一) 原子炉施設の安全性の確保の意味が右に判示したとおりであることからすれば、原子炉設置許可処分に際しての安全性の審査は、原子炉施設の位置、構造及び設備が、その基本設計において、原子炉施設から排出する放射性物質を可及的に少なくし、これによる災害発生の可能性を社会観念上無視しうる程度に小さくするような方策が講じられているかどうかについて行われるべきものと解される。

(二) これを本件についてみるに、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、本件安全審査は、平常時はもちろん、地震、機器の故障その他の異常時においても、一般公衆及び従業員に対して放射線障害を与えず、かつ、万が一の事故を想定した場合にも一般公衆の安全が確保されるべきであることを基本方針としたこと、具体的には、①立地条件、②原子炉施設、③放射線管理及び平常運転時の被曝評価、④各種事故の検討並びに⑤災害評価の五項目について検討した(このほか、前記の技術的能力についても検討されている。)こと、右の審査方針に従つて右の審査事項を安全確保対策の観点から体系的に三つに大別すると、次の(1)ないし(3)のとおりであることが認められる。

(1) 本件原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策

イ 原子炉施設を取り巻く自然的立地条件に万全の配慮をしているか。

ロ 原子炉の運転の際に異常状態が発生することを可及的に防止するための対策(異常状態発生防止対策)が講じられているか。

ハ 仮に異常状態が発生したとしても、それを早く発見し、それが拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを極力防止するための対策(異常状態拡大防止対策)が講じられているか。

ニ 万一右のような事態が発生した場合においてもなお、放射性物質の環境への異常放出という結果が防止されるための対策(放射性物質異常放出防止対策)が講じられているか。

(2) 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策

イ 原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を、これによる公衆の被曝線量が許容線量等を定める件二条に規定する許容被曝線量(年間〇・五レム)以下となるようにするための対策が講じられているか。

ロ 更に、右の公衆の被曝線量を実用可能な限り右の許容被曝線量より低減させるようにするための対策が講じられているか。

(3) 本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策

技術的見地からみて最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故(重大事故)及び重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故(仮想事故)の発生を想定しても公衆の安全が確保されるよう原子炉と公衆とが十分離れているか。

(三) ところで、前記(一)の安全審査の理念の範囲内において、具体的にどのような審査方針を樹立し、どのような事項について審査を行うかは、既に判示したとおり、安全審査会がその専門技術的知見を総合して決すべき裁量事項である。そして、右認定の本件安全審査における審査方針及び審査事項は、その内容に鑑みれば、右の安全審査の理念の範囲内にある合理的なものと認めるのが相当であり、右の審査方針の樹立及び審査事項の選定自体に裁量権の逸脱等があるものと認むべき根拠はない(もつとも、右の審査事項のうち(2)イについては、許容線量等を定める件二条の規定する公衆の許容被曝線量以下であれば公衆の安全が確保されるといえるのかどうかの点に争いがある。この点については、後に検討する。)。なお、右の審査項目には、固体廃棄物の最終処分、使用済燃料の再処理、核燃料等の輸送、廃炉等が含まれていないが、これらが原子炉設置許可処分に際しての安全審査の対象となるものではないことは既に判示したとおりであつて、そのことをもつて裁量権の逸脱等があるといえないことは明らかである。

3公衆の許容被曝線量

(一) 本件安全審査において安全審査会が平常運転時の公衆の被曝線量に係る審査基準とした許容線量等を定める件二条の規定につき、原告らは、その年間〇・五レムという許容被曝線量値が不当に高いと主張する。既に判示したとおり、放射線の被曝線量と障害発生率との間にはしきい値がない(少なくとも、そのように仮定すべきである)から、年間〇・五レム以下の被曝であつても、何らかの障害発生の危険性は肯定せざるをえない。しかし、前判示のとおり、右の危険性が社会観念上無視しうる程度に小さいものであれば、右の線量値を安全性の審査基準としたことに違法はないものというべきである。そこで、この点につき以下検討する。

(二) <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、右の許容線量等を定める件二条の許容被曝線量値(一年間につき〇・五レム)は、ICRPの昭和三三年の被曝線量限度に関する勧告を尊重し、放射線審議会の答申を受けて科学技術庁告示をもつて定められたものであることが認められる。右の放射線審議会は、総理府に置かれる附属機関であり(放射線障害防止の技術的基準に関する法律四条)、関係行政機関の長の諮問により放射線障害の防止に関する技術的基準に関する事項を調査審議して答申するものとされ(同法五、六条)、関係行政機関の職員及び放射線障害の防止に関し学識経験のある者のうちから内閣総理大臣により任命された委員三〇人以内で組織される(同法七条一、二項)。そして、右の技術的基準を策定するに当たつては、一般国民の受ける放射線の線量を、その者に障害を及ぼすおそれのない線量以下とすることをもつて、その基本方針としなければならない(同法三条)から、放射線審議会の答申も、当然右の基本方針に従つてされるべきものである。これらの点に鑑みれば、許容線量等を定める件二条の許容被曝線量値は、我国の多数の放射線障害の防止に関する専門家により原子炉施設の周辺住民に障害を及ぼすおそれのない放射線の線量値であるものとして認められたものであるということができる。したがつて、この値を本件安全審査においても安全性の基準として採用したことには、既に十分の合理的根拠があるということができるが、前記答申はICRPの勧告を尊重してされたものであるというのであるから、右勧告自体が妥当なものかどうかも問題となりうる。

(三) そこで、右ICRPの勧告に関して検討するに、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の(1)ないし(8)の各事実が認められる。

(1) ICRPは、昭和三年に、第二回国際放射線医学会議によつて「国際エックス線及びラジウム防護委員会」として創立され、その後、昭和二五年に組織改正及び改称がされ、現在に至つている。委員会は、委員長一名と一二名以内の委員とで構成され、委員は、国際放射線医学会議への各国の代表団及びICRP自身によつてICRPに提出された被指名者の中から、ICRPが選出し、同会議の国際執行委員会の承認を受けるものとされている。そして、委員は、国籍によつてではなく、専門分野の適切な均衡を考え、放射線医学、放射線防護、物理学、保健物理学、生物学、遺伝学、生物化学及び生物物理学の諸領域における著名な業績に基づいて選出されるものとされている。また、委員会は、専門委員会を置くことができ、更に、専門委員でない専門家にも臨時の作業グループとして協力を求めることができるものとされている。このようにして、実際上も、欧米を中心として、世界各国の専門家が、委員、専門委員又は臨時作業グループ員として、ICRPの活動に参加している。ICRPは、世界保健機関(WHO)及び国際原子力機関(IAEA)と公的な関係を有し、国際連合原子放射線の影響に関する科学委員会(UNSCEAR)等と協力関係を保つている。ICRPの方針は、適切な放射線防護方策の基礎となる基本原則を考えることであり、その勧告は、各国において放射線防護を実施に移す責任をもつ専門家に指針を与えようとするものである。

(2) ICRPは、昭和三年に最初の勧告を発刊して以来、昭和六年、昭和九年、昭和一二年に報告書を刊行し、昭和二五年の組織改正以降は、基本的な勧告を昭和二六年、昭和三〇年、昭和三四年(昭和三三年採択)、昭和四一年(昭和四〇年採択)及び昭和五二年に刊行してきた。その間も、常に最新の科学的知見に基づいて勧告の修正を行つてきている。

(3) ICRPは、昭和三三年採択の勧告において、被曝線量の制限量として、職業人に対しては許容集積線量を5(年齢―18)レムと、公衆人に対しては許容線量を一年につき〇・五レムとした。また、昭和四〇年採択の勧告においては、職業人に対して最大許容線量を一年につき五レムと、公衆人に対しては線量限度を一年につき〇・五レムとした。そして、昭和五二年の勧告においては、職業人に対して線量(当量)限度を一年につき五レムと、公衆人に対しては線量(当量)限度を一年につき〇・五レムとした。右のとおり、ICRPの勧告は、常に再検討が加えられてきたが、公衆人に対する許容線量(昭和四〇年以降は線量限度。以下同様。)としては、昭和三三年採択の勧告以来、一貫して年間〇・五レムである。

(4) ICRPの右の勧告は、被曝線量と晩発性障害等の発生率との間にしきい値がない(直線関係が存在する)ものとの仮定に立ちつつ、被曝をもたらす活動から得られる利益を考慮して、他の職業上ないし日常生活におけるリスクとの比較をしつつ、社会的に容認又は正当化しうる線量の限度を提供するものである。その観点から、職業人に対する許容線量が決められ、公衆人に対する許容線量は、その一〇分の一と決められてきた。公衆人に対する許容線量が職業人に対するものの一〇分の一とされた理由としては、公衆の中には放射線の影響を受けやすい子供がいること、公衆の構成員は被曝するかしないかに関しての選択の自由がないこと、被曝から直接的利益を何も受けないこと、人選、監督及びモニタリングを受けないこと、自分自身の別の職業の危険にさらされていること等が掲げられている。

(5) 右の数値が昭和三三年に初めて定められたのはICRPがNASの考えを採用したことによる。すなわち、昭和三一年、NASは初めて放射線障害の防止の原則として、国民全体にわたる遺伝線量制限という新しい概念を導入し、平均生殖年齢に達するまでの総被曝線量を平均一〇レム以下に押さえるべきことを提案した。その根拠は、「人が一世代(三〇年)の間に受けている放射線量は、自然放射線として約三レム、医療用として約二レム(当時の値)と見られる。今後原子力利用の代価として、三〇年間に新たに五レム程度の被曝量を加えてもさしたる障害が認められないであろう」という見解である。五レムの被曝量の増加により、将来発生するであろう障害量の増加は、倍加線量(障害発生率を自然発生率の二倍にする線量)を三〇レムとした場合は発生量に対し一六パーセント増、倍加線量を一〇〇レムとした場合では五パーセント増と見積もられ、NASは、これは耐えられない数字ではないと考えた。ICRPは、この三〇年間に五レムという枠の中で、線量限度を前記のとおりと決定した。

(6) 昭和五二年のICRPの勧告においては、放射線誘発ガンに関する死亡のリスク係数は、男女及び総ての年齢の平均値として一レム当たり約一万分の一であるとした上で、公衆の個々の構成員の容認できるであろう死亡リスクを年当たり一〇万ないし一〇〇万分の一とすると、公衆の個々の構成員の生涯線量当量を、一生涯を通して年当たり〇・一レムの全身被曝に相当する値に制限すればよく、そのためには、一年につき〇・五レムという全身線量当量限度を用いればよいとしている。

(7) ICRPは、許容線量値の勧告をすると同時に、前述のしきい値がないとの仮定に基づき、実際の被曝をできる限り少なくするようにとの勧告を行つてきた。ただし、その文言は、変遷してきている。すなわち、昭和三〇年の勧告では、「総ての種類の電離放射線に対する被曝を可能な最低レベルにまで(to the lowest possible level)引き下げるあらゆる努力を払うべきであることを強く勧告する」であつたが、昭和三三年採択の勧告では、「総ての線量を実行可能な限り低く(as low as practicable)保つべきこと、及び、どのような不必要な被曝も総て避けるべきであることを勧告する」となり、昭和四〇年採択の勧告では、「いかなる不必要な被曝も避けるべきであること、並びに、経済的及び社会的な考慮を計算に入れた上、総ての線量を容易に達成できる限り低く(as low as readily achievable)保つべきであることを勧告する」となり、更に昭和五二年の勧告では、「総ての被曝は、経済的及び社会的な要因を考慮に入れながら、合理的に達成できる限り低く(as low as reasonably achievable)保たなければならない」となつた。右のように、表現が徐々に緩やかなものに変遷してきたことについては、専門家の間にも、勧告の後退であり、「なんらかの圧力によつてICRPが影響を受けたのではないか」という問題指摘をする意見があるが、一方、「基本的精神が変わつたのではなく、表現をより具体的に、よりわかり易くしたためである」との意見もある。

(8) ICRPの勧告は、米国、カナダ、ソ連等世界各国で尊重され、前記の許容線量(線量限度)は、各国の法令に採り入れられている。

以上認定の(1)ないし(8)の事実によれば、ICRPが昭和三三年採択の勧告以来一貫して公衆人の許容線量(線量限度)としてきた一年につき〇・五レムという値は、昭和四七年当時も現在も、世界で最も支配的かつ妥当な数値として採用され続けてきているものであると認められる。

(四) これに対し、原告らは、ICRPの勧告値は、あいまいで科学的根拠を持たず、最近の研究結果により放射線の危険性がより大きいことが明らかになつてきているのにこれが反映されておらず、かつ、その線量による障害発生率は非常に高いから不当に高いものである等と主張する。

確かに、<証拠>によれば、次の(1)ないし(6)の各事実が認められる。

(1) ICRPは、昭和四〇年採択の勧告において、公衆人の線量限度を職業人の許容線量の一〇分の一(〇・五レム)と決めるにつき、「現在この点についての放射線生物学上の知見が十分でないので、この係数の大きさにはあまり生物学的意義を持たせるべきではない」と述べている。

(2) ICRPの昭和四〇年の推定によれば、一〇〇ラド(レム)未満において被曝線量と障害発生との間に直線的比例関係があると仮定した場合に、一〇〇万人が一ラド(レム)の被曝をすれば、白血病が約二〇例、その他の致命的なガンがやはり約二〇例発生し、その子孫一〇世代の間に約二〇〇〇例の遺伝的死が起こるであろうと推定されている。この推定値の基礎とされた資料は、昭和三九年までに明らかにされていた広島、長崎における原爆被曝生存者、強直性脊椎炎のための照射を受けた患者及びまだ胎内にある時に診断照射を受けた子供達についての調査結果である。

(3) 英国のスチュワート(スチュアート)は、昭和三〇年以降、人間の胎児が放射線を被曝した場合の小児ガンと白血病の発生率について研究結果の発表をしてきたが、昭和四五年に、ニール(ニーレ)と共同で、右の発生率につき、被曝が妊娠一三週以内であれば三分の一ラドで、妊娠後期であれば約一・五ラドで、発生率が自然発生率の二倍になる(倍加する)とし、誕生の少し前に放射線によつて一レムの被曝を受けた一〇〇万人の子供からは、放射線誘発によるガンにより、一〇歳以前に死亡する者が三〇〇ないし八〇〇人超過して現れるであろうという研究結果を発表した。

(4) 米国のゴフマン及びタンプリンは、昭和四五年に、右スチュワートらの研究を含む各種の研究データから、人間の各種のガンの倍加障害は、少なく見積つても、大人の場合には平均して五〇ラドであり、一ラドの放射線被曝によつて、各種のガンの発生率を二パーセント上昇させ、子供の場合には倍加線量は五ないし一〇ラド、一ラド当たりの発生率の増加は一〇ないし二〇パーセント、更に子宮内胎児には倍加線量は三分の一ないし一・五ラド、一ラド当たりの発生率の増加は六〇ないし三〇〇パーセントであるという見解を発表した。

また、ゴフマンらは、昭和四四年に、米国の全国民が毎年平均〇・一七ラド(米国の平均許容被曝線量値)を被曝すると、三〇年間で五ラドを被曝することになるから、ガン死者は一〇パーセント増加することになり、毎年少なくとも三万二〇〇〇人のガン死者が増加することになると発表した。

(5) 米国のマンクーゾ(マンキューソー)及び前記スチュワート、ニールは、昭和五二年、米国のハンフォード原子力工場の労働者の記録に基づいて、放射線被曝による人間の各種のガンの倍加線量について、別表1のような研究結果を発表し、放射線による発ガンのリスクは、ICRPのリスク推定値より一〇ないし二〇倍高いという見解を表明した。また、その後、英国のロートブラット、米国のモーガンらも、右リスクはICRPの推定値より六倍ないし八倍高いとの見解を表明した。

(6) 昭和五六年になつて、米国のローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)とオークリッジ国立研究所(ORNL)の研究員らが、それぞれ、広島と長崎の原爆被曝者の放射線被曝線量の推定の見直し作業をした結果を発表した。その結果は、いずれも、従来用いられてきた線量(T六五D線量)に比較して大幅に低く、したがつて、これを基礎資料として行われてきた従来のリスク推定は著しく過少評価である疑いがあり、全面的に再検討しなければならないとの指摘がされている。そして、昭和五七年には、日米両国により線量再評価委員会が設置され、広島、長崎の原爆被曝線量の再評価の作業が開始されている。

また、<証拠>によれば、次の(7)の事実が認められる。

(7) 原子力委員会は、昭和五〇年五月、線量目標値指針を定めて、発電用軽水炉施設の通常運転時における周辺公衆の被曝線量についての努力目標値を、放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量の評価値及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値として年間五ミリレム、放射性よう素に起因する甲状腺被曝線量の評価値として年間一五ミリレムと定めた。同様に、米国においては、昭和四六年、発電用原子炉の設計及び運転指針として、液体放射性物質の影響につき、全身に対し三ミリレム毎炉年、いかなる器官に対しても一〇ミリレム毎炉年、気体放射性物質の影響につき、全身に対して五ミリレム毎炉年、皮膚に対して一五ミリレム毎炉年、甲状腺に対する総ての放射性物質の影響につき一五ミリレム毎炉年が指針として定められた。そのほか、カナダ、ドイツ、英国、ソ連等においても、線量目標値として低い線量値が定められるに至つている。

以上の(1)ないし(7)の事実によれば、原告らの前記主張にも相当程度の根拠があるものということができる。

(五) しかし、他方では、以下の(1)ないし(6)のような事実を指摘することができる。

(1) <証拠>によれば、ICRPは、昭和五二年の勧告の中で、「委員会が以前に勧告した線量当量限度は二〇年以上にわたつて使われてきた。それは国際的に広く使われ、多くの国及び地域において法律の中に組み入れられてきた。更に、委員会が勧告した線量制限体系が、十分なレベルの安全を保つことに失敗したことを示す証拠は何もない。しかし委員会は、線量当量限度のレベルをいくらかでも変える必要があるかどうかを決定するために、委員会の線量当量限度を現在の知識に照らして見直すことが適切と考える。」と述べながら、放射線誘発ガンに関する死亡のリスクを一レム当たり一万分の一の危険率と仮定し、この仮定は公衆の個々の構成員の生涯線量を一生涯を通して年あたり〇・一レムの全身被曝の相当する値に制限することを意味し、ICRPの勧告値である一年につき〇・五レムという全身線量限度は、これを決定グループに適用したとき、これと同程度の安全を確保することがわかつているので、右勧告値を維持すると述べていることが認められる。したがつて、ICRPの昭和五二年の勧告は、少なくとも昭和五一年までの研究結果を踏まえたものであるということができる。また、その後右勧告が改訂されたとの証拠はなく、むしろ、弁論の全趣旨によれば改訂はされていないものと認められるところ、右認定の事実及び前記認定のICRPの組織、性格、活動等の事実によれば、ICRPは、昭和五二年以降も、各種の研究結果の検討を続けているものの、勧告値の変更をするに至つていないものと推認するのが相当である。しかも、前掲甲第一四五号証及び乙第五二号証によれば、昭和五五年に発表されたBEIRⅢ報告書においては、低線量の放射線による線量と効力の関係は、ICRPがリスク評価の前提としたしきい値のない直線モデルのほか、直線―二次曲線モデル及び二次曲線モデルも併記されており、いずれが正しいかを決定づけるほどの材料がないのが現状であるといわれていること、このうち直線モデルは最も危険率を大きく見る、すなわち安全側のモデルであることが認められる(もつとも、<証拠>によれば、このほか、低線量域で直線モデルより危険率が大きいモデルも提唱されていることが認められるが、現在のところ右モデルは仮説にとどまつているものと認められる。)。

(2) <証拠>によれば、NCRPは、昭和五二年、原爆被曝者のデータとの対比から、前記(四)(3)のスチュワート及びニールの研究に係る小児ガン等の超過発生は、胎児が放射線を被曝したことに起因するというよりも、母親が妊娠中にエックス線を用いた診断を必要とせざるをえなかつた原因たる他の事由に起因する可能性があること等を指摘して、右研究結果に疑問を提起しているほか、右研究に批判的な専門家の見解が発表されている(もつとも、スチュワートもこれに反論している。)ことが認められる。

(3) <証拠>によれば、AECやICRPの作業グループは、ガンの発生率について倍加線量の考え方を応用することは、各種のガンにおける国や地域による自然発生率の大幅な変動を無視するものであること等から、科学的根拠がないとしていることが認められる。前記(四)(4)のゴフマン及びタンプリンの見解については、右の点や前記スチュワートらのデータについての疑問点が妥当することになる。

(4) <証拠>によれば、前記(四)(5)のマンクーゾらの研究の後、ハンフォード原子力工場の労働者の放射線被曝についての研究が盛んになり、マンクーゾらの研究結果に対しては、ミルハム、マークスとギルバート、ハチソンらにより問題点の指摘や批判がされており、BEIRⅢ報告書においてもこれらの諸研究に鑑み、現在のところ(昭和五五年当時)、従前の考え方を変更する理由はほとんどないとしていること、これに対して、マンクーゾらも批判に答える等、この問題に対する最終的決着はついていないが、学界の大勢はマンクーゾらの結論に否定的であることが認められる。

(5) 前記(四)(6)の原爆被曝者の被曝線量の再評価に関しては、<証拠>によれば、LLNLとORNLの評価結果相互間に不一致があること、専門家の間にも、これらを考慮すれば従前のリスク評価の基礎資料は不確かなものであるから、基準を厳しく改めていくべきであるとする見解のほか、これらを考慮してもなお従来のICRPのリスク係数評価を改める必要はないと指摘する者、これらについて今後検討していかなければならないが、現段階では従前の結論を早急に大きく変える必要はないと指摘する者もあること、右の再評価をめぐる調査、論議はようやく始まつたばかりで、その結論が固まり、従前の評価を確定的に変更しなければならないかどうかが決まるには、なおかなりの時間を要するものと考えられることが認められる。

(6) <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、前記(四)(7)の各指針で定められた線量値は、前記(三)(6)の被曝をできる限り低くするといういわゆるALAPの精神を具体化した目標値であつて、各国とも、線量限度(許容線量)の定め自体は、何ら低減していないことが認められる。

(六) 以上のとおり、ICRPの勧告値が不当であるとする原告らの主張に沿う見解等も見られるが、それらを考慮した上でなおICRPは勧告値を維持してきているものと認められるほか、これらの見解等にはそれぞれ疑問や専門家による批判等が存在すると認められる。したがつて、原告らの主張に係る根拠をもつてICRPの勧告値が本件安全審査当時も現在も世界で最も支配的かつ妥当な許容線量(線量限度)の値であるとの前記認定を覆すには足らない。そして、ICRPの見解を前提とする限り、右の勧告値を許容しうる最大限度の被曝線量とすることは、被曝はできる限り低くしなければならないとのいわゆるALAPの精神と共に用いる限りにおいては、被曝による危険を社会観念上無視しうる程度に小さく保つための基準として合理的なものと認められる。

したがつて、本件安全審査において、ICRPの勧告に基づき、まず、右勧告を尊重して制定された許容線量等を定める件二条の許容被曝線量の定め(年間〇・五レム)に適合すること、及び更に公衆の被曝線量を実用可能な限り右の許容線量より低減させるための対策が講じられていることを審査することとしたことは、合理的根拠を有し、その点に裁量権の逸脱等があつたものということはできない。

第二本件原子炉施設の本質的危険性

(原告らの主張第六節第二款第一に対する判断)

一原子炉技術の未熟

原告らは、原子炉技術は未熟であり、我国の技術は特に米国の借り物であつて、実用に耐える安全性が保障されない旨主張し、<証拠>等これに沿う証拠もある。

しかしながら、原告らの右主張は抽象的、一般的であつて、本件原子炉施設が安全性を欠くことの具体的主張とはいい難い。確かに<証拠>等によれば、原子力発電の歴史は浅く、世界的に見ても昭和二六年に米国において実験増殖炉で原子力発電に成功し、昭和二九年にソ連において実用規模の原子力発電(五〇〇〇キロワット)の運転に成功したのが初めてで、我国においては、昭和三八年に原研の動力試験炉で初めて発電試験に成功し、昭和四一年に東海発電所において最初の営業用原子力発電(認可出力一六万六〇〇〇キロワット)が開始され、昭和四五年に敦賀発電所において最初のBWRの営業運転(認可出力三五万七〇〇〇キロワット)が行われたものであること、右BWRは米国においてGE社により開発され我国に導入されたものであること、米国においても我国においても、原子力発電所の事故、故障が相当数発生していること等、原告らの指摘するような事実が認められる。しかし、これらの点から、直ちに本件原子炉施設が安全性を欠くものであると結論づけることは困難であり、結局、後に判示する本件原子炉施設についての具体的な危険性に関する問題点につき検討することによつてこれを決すべきものといわなければならない。よつて、原告らの右主張は失当である。

二大型化に伴う危険性

原告らは、本件処分には、大型化に伴う重大問題を考慮していない違法がある旨主張し、<証拠>等これに沿う証拠もある。

しかしながら、原告らの指摘する点は、原子炉を大型化するに当たり一般的に考慮しなければならない点であることは首肯しうるとしても、これらが本件原子炉施設の構造等との関係において具体的にどのように問題であるのかは、明らかではない。そして、後に判示するとおり、本件安全審査においては、燃料の核分裂反応を安定的に制御し、燃料の溶融による圧力容器の溶融を防止し、公衆に対する被曝量を十分低く保つこと等について、審査された上、安全性が確認されているものである。また、材量の均一性の保持や計装部品数の増大に伴う装置の信頼度の問題は、基本的には工事、材料の選定、保守等、詳細設計以降の段階に属する事項というべきである。そのほか、予測できない原因により予想を超えた大事故が起こる可能性があるというのも、単なる危惧の表明にすぎず、本件安全審査の具体的な瑕疵とはいい難い。結局、<証拠>に鑑みれば、大型化の問題は、後に判示する本件原子炉施設についての具体的危険性に関する個々の問題として検討されれば足りるものというべきで、それ以外に特に大型化について検討しなければならないものとは認め難い。よつて、原告らのこの点に関する主張は失当である。

三原子力関係施設の集中化による危険性

原告らは、本件原子炉の設置場所である東海村には原子力関係施設が集中化しており、危険性が相乗的増大化をきたす旨主張し、<証拠>中には、これに沿う部分がある。また、<証拠>によれば、「原子力研究所十年史」に原告ら主張の記述があることが認められる。そして、周辺住民の安全性の確保の観点からは、原子力関係施設が集中立地されることは決して好ましいことでないことは、これを首肯することができる。

しかしながら、原告らの指摘のうち、環境の汚染、被曝の増大については、後に判示するとおり、被曝の重畳の問題として本件安全審査において検討され、安全性が確認されている。また、本件原子炉施設における固体廃棄物の処理、処分については、後に判示するとおり、本件安全審査において検討され、安全性が確認されており、他の施設についての固体廃棄物の処理、処分やその集積の問題は、本件原子炉施設の安全性と直接関係を有する事項であるとはいえないので、本件安全審査の対象であるとは認められない。放射性物質の輸送が別途規制を受ける事項であつて、本件安全審査の対象でないことは、既に判示したとおりである。

これに対し、原子力関係施設の集中化により事故の確率をそれだけ増大させるという点は、理論的には原告らの指摘するとおりであり、周辺住民が事故に遭遇する確率は各施設の事故発生確率の和になるものということができる。また、証人小野周、同高木仁三郎の指摘するとおり、もし一つの原子力関係施設において放射性物質の大量放出を伴う大事故が発生し、周辺住民が緊急退避しなければならない事態に立ち至つた場合には、近傍の他の原子力関係施設の運転員らも、短時間のうちに運転を放棄して退避せざるをえないこととなり、二次災害を生じ易い状況が発生することも、一般論としては一応考えられなくはない。しかしながら、各原子力関係施設は、それぞれ当該施設において現実に発生する可能性があると考えられる事故により周辺住民が被害を受けることはないことが確認されてその設置、運転が行われているはずであり、本件原子炉施設についても、後に判示するとおり、基本設計においては、原告らが複数の施設の事故の共通原因になりうると主張する地震、電源喪失に対する対策を含め、その安全性が確認されているものであり、詳細設計、工事、運転、保守についても、それぞれ所定の規制がされることとなつている。また、<証拠>によれば、軽水炉の制御室は、いかなる原子炉事故発生の際にも従業員が制御室内にとどまり事故対策操作が可能であるような設計とされるものと認められるし、<証拠>によれば、本件原子炉施設の中央制御室もそのように設計されていることが認められ、他の原子力施設においても同様の設計がされているものと推認することができる。これらの点に鑑みれば、本件原子炉施設を東海地区に設置することに現実の事故に係る危険性があるものと認めることはできないというほかはない。

以上のほかに、原子力関係施設の集中化による危険性があるというべき特段の根拠があるものとは認められない。

第三本件原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策

一自然的立地条件

1前判示のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策として、自然的立地条件に万全の配慮をしているかどうか等四つの事項についての検討がされているところ、まず、そのうちの自然的立地条件に関する安全審査に裁量権の逸脱等があるかどうかについて検討する。

2原子炉施設の位置、構造及び設備が、その自然的立地条件との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置されうるかどうかの判断は、その自然的立地条件に対応して、当該原子炉施設が、その基本設計において、工学的、技術的に安全なものとして設計、建設されうるかどうかに関する総合的な審査に基づいてなされるものであると解される。そして、<証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設の自然的立地条件に関して、地盤、地震、気象、海象等の各項目について検討され、いずれの項目についても災害の防止上支障がないものと判断されたことが認められる。

右の各項目のうち、事柄の性質上特に重要と認められる地盤及び地震について、より詳細にみるに、<証拠>によれば、地盤については被告の主張第六節第二款第一、二1のとおりであつたこと、地震及び耐震設計については同2のとおりであつたことが認められる。

3以上の本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性の判断には、合理的根拠があるものと認められ、この点については裁量権の逸脱等があることを認めるに足りる何らの主張、立証もない。

二事故防止対策

前判示のとおり、本件安全審査においては、原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策として、異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策について、それぞれ検討されているところ、<証拠>によれば、本件原子炉施設は、これらの対策に係る安全性をいずれも確保しうるものと判断されたことが認められる。

その具体的審査内容についてみるに、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の1ないし4のとおりであつたと認められる。

1事故防止対策の姿勢

事故防止対策は、原子炉の運転に伴い原子炉施設内に蓄積される放射性物質を環境に異常放出する事態を防止するために講じられるものであるところ、右の放射性物質には、①燃料被覆管の内部に存在する核分裂生成物等と、②右核分裂生成物等のうち燃料被覆管から冷却水中に浸出してきたもの及び冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食によつて生じる腐食生成物等が中性子により放射化されることによつて生じる放射化生成物等冷却水中に存在するもの、の二種類がある。これらが環境に異常放出されないようにするには、右①については、可及的に燃料被覆管内に閉じ込めることとし、右②については、可及的に圧力バウンダリ又はこれを含む原子炉冷却系統設備内に閉じ込めることとする必要がある。そこで、燃料被覆管や圧力バウンダリ等の健全性が損なわれるおそれのある事態が発生しないように、各種の対策を講じなければならないところ、本件安全審査においては、右のような観点から、事故防止対策が講じられているかどうかが検討された。

2異常状態発生防止対策

本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設について、放射性物質の環境への異常放出をもたらす事態につながるような燃料被覆管や圧力バウンダリ等における異常状態の発生を未然に防止する対策が講じられるものとされているかどうかを検討し、その結果、右の対策が講じられるものと判断された。

(一) 燃料の核分裂反応の確実かつ安定的な制御

原子力発電のしくみについては、既に認定したとおりであり、燃料被覆管等の健全性を維持するためには、まず、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することができるようになつていることが、最も基本的に必要とされる。

本件安全審査においては、本件原子炉施設において使用される燃料ウラン二三五の濃縮度は、炉心平均で約二・二パーセントと低濃度のものであること、本件原子炉は、軽水型原子炉であつて、核分裂反応の割合が増大して燃料及び冷却水の温度が上昇すれば、それに伴つて核分裂反応が抑制されるという性質、すなわち、核分裂反応に対して固有の自己制御性(ボイド効果、ドップラー効果等)があることから、燃料の制御不能な核分裂反応が生じることはありえないこと、本件原子炉施設には、燃料の核分裂反応を安定的に制御する原子炉出力制御設備が設けられること等が確認された。その結果、本件原子炉施設は、燃料の核分裂反応を確実にかつ安定的に制御することができるものと判断された。

(二) 燃料被覆管の健全性の維持

本件安全審査においては、燃料被覆管の損傷を防止し、その健全性を維持するため、以下のとおり余裕のある設計がされていることが確認された。

まず、燃料の核分裂反応によつて発生する熱に比べて除去される熱が少ないと、燃料被覆管の温度が上昇し、これが焼損するおそれがあるところ、本件原子炉は、その定格出力(電気出力約一一〇万キロワット)で運転中の最小限界熱流束比を一・九以上に維持しうるように設計されること等、本件原子炉の運転時に予想される燃料被覆管表面の熱流束は、燃料被覆管を焼損させるおそれのある熱流束の限界値を十分に下回ることが確認された。

次に、燃料ペレットと燃料被覆管との相対的な熱膨張差によつて生じる歪みにより、燃料被覆管が機械的に損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉の平常運転時における線出力密度は、燃料被覆管が損傷を起こすおそれを生じる線出力密度約〇・九二キロワット毎センチメートル以下に抑えられることが確認された。

また、燃料ペレットから浸出した主としてガス状の核分裂生成物等による内圧や冷却水による外圧等により、燃料被覆管が機械的に損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管は十分な強度をもつて設計されることが確認された。

そして、燃料被覆管は、冷却水中の不純物等により化学的腐食を起こして損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管には、耐食性に優れた特殊合金(ジルカロイ―二)が使用されることが確認された。

これらのことが確認された結果、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断された。

(三) 圧力バウンダリの健全性の維持

本件安全審査においては、圧力バウンダリの損傷を防止し、その健全性を維持するため、以下のとおり余裕のある設計がされていることが確認された。

まず、圧力容器内の圧力等が過大になると、圧力バウンダリが機械的に損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設においては、圧力容器内の圧力を圧力制御装置によつて自動的にほぼ一定(約七一キログラム毎平方センチメートル)に保つとともに、圧力バウンダリは、右圧力に対して十分な余裕を有する強度(たとえば、圧力容器は約八八キログラム毎平方センチメートル)をもつて設計されること等が確認された。

次に、脆性遷移温度の高い材料を使用すると、低温で加圧されて脆性破壊を起こしてしまうおそれがあり、特に圧力容器については、それが核分裂反応による中性子照射を受け続けることにより脆性遷移温度が高くなつた状態において右脆性破壊を起こしてしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設においては、脆性破壊防止を十分考慮した延性の高い材料が使用されること、右材料としてフェライト系鋼材が使用される圧力容器等については、最低使用温度を脆性遷移温度より摂氏三三度以上高く保つように設計されること、特に中性子照射が問題となる圧力容器については、その内壁に脆性遷移温度の変化を知るための監視試験片を取り付けることができるように設計されること等が確認された。

そして、圧力バウンダリは、冷却水中の不純物等により化学的腐食を起こして損傷してしまうおそれがあるところ、本件原子炉施設においては、必要に応じ耐食性に優れた材料であるステンレス鋼が使用されること、腐食の要因となる冷却水中に含まれる塩素の濃度、PH等を管理する等冷却水についての適切な水質管理を行いうるように設計されること等が確認された。

更に、本件原子力炉施設の圧力バウンダリを構成する機器及び配管は、運転開始後における検査による健全性の確認を行いうるように設計されることが確認された。

これらの結果、本件原子炉施設の圧力バウンダリは、機械的、化学的影響によつてその健全性が損なわれることのない余裕のあるものと判断された。

(四) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備の信頼性の確保

本件安全審査においては、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備として、燃料棒を支持し位置決めするとともに燃料棒への冷却水の流路を形成する炉心シュラウド等からなる炉内構造物、燃料の核分裂反応によつて発生する熱を除去するための原子炉冷却系統設備、原子炉の出力を制御する原子炉出力制御設備等について、以下のとおり、その信頼性が確認された。

まず、本件原子炉施設において用いられる右各設備は、いずれも燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼさないようにするため、性能、強度等に十分余裕を有するように設計されることが確認された。

また、本件原子炉施設においては、運転員による誤操作を可及的に防止するために、原子炉冷却系統設備、原子炉出力制御設備等については、右各設備の状態を正確に把握することができるように圧力、温度、流量等を測定する計測装置が設けられること、原子炉出力制御設備については、運転員が誤つて制御棒を引き抜こうとしても原子炉内の中性子の数がある定められた値以上であつた場合には引き抜けなくするなどのインターロック装置が設けられることが確認された。

そして、本件原子炉施設においては、原子炉の運転が正常な状態からずれた場合にも、その運転を安全に継続するため、これを自動的に修正する自動制御装置が設けられること、たとえば、平常運転中、タービン入口の蒸気加減弁を自動的に作動させることにより圧力容器内の圧力を一定に保持する圧力制御装置、主蒸気量、給水流量及び原子炉水位の三要素により圧力容器内の水位をあらかじめ設定された値に自動的に保持する水位制御装置が設けられることが確認された。

以上の結果、本件原子炉施設における燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備は、いずれも、右の健全性を損なうような異常状態の発生を防止しうる信頼性が確保されるものと判断された。

3異常状態拡大防止対策

本件安全審査においては、以上のとおり、本件原子炉施設について異常状態発生防止対策が講じられるものと判断されたが、それにもかかわらず異常状態が発生した場合に備えて、以下のとおり、異常状態が拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを防止する対策が講じられるものとされているかどうかが検討され、その結果、右の対策が講じられるものと判断された。

(一) 異常状態の早期かつ確実な検知

燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に軽微な異常状態が発生した場合には、所要の措置が採れるように、その異常状態の発生を早期にかつ確実に検知する必要がある。

本件安全審査においては、本件原子炉施設に、燃料被覆管の損傷を検知するため冷却水中の放射レベルを測定監視する計測装置、圧力バウンダリを構成する機器等からの冷却水の漏洩を検知する漏洩監視装置、原子炉の出力や原子炉冷却系統設備等の圧力、温度、流量等を測定監視する計測装置等が設置されること、異常状態の発生を検知した場合には、原子炉の停止等所要の措置が採れるように、直ちに警報を発する警報装置が設けられること等が確認された。その結果、本件原子炉施設は、右の異常状態の発生を早期かつ確実に検知しうるものと判断された。

(二) 安全保護設備

燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に発生した異常状態が大きなものである場合等には、その異常状態に対し迅速な措置を講じなければならない。

本件安全審査においては、本件原子炉施設に、①原子炉冷却系統設備等に何らかの異常が発生し、圧力容器内の圧力の上昇や水位の低下等が起こつた場合に、原子炉を緊急に停止させるために全制御棒が自動的かつ瞬間的に挿入される原子炉緊急停止装置が設けられること、②給水系による圧力容器への給水が停止するような事態が発生した場合に、自動的に圧力容器へ給水が行われることにより圧力容器内の水位を維持するとともに、原子炉停止後も残存する炉心の崩壊熱等を除去するための原子炉離隔時冷却系設備等が設けられること、③圧力バウンダリ内の圧力が異常に上昇するような場合に、過圧による圧力バウンダリの損傷を防止するために、内包する蒸気を放出することにより圧力バウンダリ内を減圧する主蒸気系の安全弁機能を有する逃がし安全弁が設けられること等が確認された。その結果、本件原子炉施設には、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が損なわれるおそれのある事態に発展しうる異常状態に対し、迅速に適切な措置を講ずるための設備(これを安全保護設備という。)が設置されるものと判断された。

(三) 安全保護設備の信頼性の確保

本件安全審査においては、右の安全保護設備は、以下のとおり、いずれも確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保されるものと判断された。

すなわち、①本件原子炉施設に設置される安全保護設備は、いずれも十分な強度等を有するように設計されること、②安全保護設備のうち原子炉緊急停止装置については、右装置用の電源が何らかの原因で喪失した場合においても、自動的に制御棒が炉心内に挿入され、原子炉を停止させる能力を有するように設計されるとともに、右装置を作動させる回路は、多重性と独立性とを有するように設計されること、更に、全制御棒のうちの最大反応度価値を有する制御棒一本が完全に引き抜かれている状態を仮定した場合においても、その他の制御棒を挿入することによつて、原子炉を停止する能力を有するように設計されること、③原子炉隔離時冷却系設備等については、外部電源を用いず、炉心の崩壊熱により圧力容器内で発生する蒸気の一部を用いて、タービン駆動のポンプを作動させること等により、冷却水を補給して、原子炉停止後の崩壊熱等の除去及び圧力容器内の水位の維持を行う能力を有するように設計されること、④格納容器内の主蒸気系の安全弁については、構造が簡単で、その開閉動作について電源等を一切必要としないバネ式のものが使用されること、⑤安全保護設備は、その信頼性を常に保持するため、運転開始後もその性能が引き続き確保されていることを確認するための試験を行えるように設計されること等が確認された。

(四) 運転時の異常な過渡変化解析

本件原子炉施設の安全保護設備は、以上のとおり、いずれも信頼性が確保されるものと判断されたが、本件安全審査においては、更に、以下のとおり、異常状態の発生を想定した場合の解析評価(運転時の異常な過渡変化解析)が行われ、安全保護設備等の設計の総合的な妥当性が審査された。すなわち、具体的には、右の異常な過渡変化として、本件原子炉施設の寿命期間中にその発生が予想される代表的な異常事象である①再循環ポンプの故障、②再循環流量制御系の誤動作、③再循環冷水ループの誤起動、④給水制御器の故障、⑤給水加熱の喪失、⑥全給水流量の喪失、⑦発電機トリップ(タービン加減弁急速閉鎖)、⑧タービン・トリップ(タービン主蒸気止め弁急速閉鎖)、⑨主蒸気隔離弁の閉鎖、⑩圧力制御装置の故障、⑪逃がし安全弁の開放、⑫未臨界状態からの制御棒引抜き、⑬出力運転中の制御棒引抜き及び⑭補助電源の喪失を想定し、これらの事象について、安全保護設備のうち最もその評価結果が厳しくなるような機器の一つが単一の事象に起因して故障し(ただし、単一の事象に起因して必然的に起こる多重故障を含む。)、その機器の有する安全上の機能が発揮されないこと(これは「単一故障」と呼ばれている。)を想定する等の厳しい前提条件を設定して、解析がされた。その結果、本件原子炉施設は、異常な過渡変化が発生した場合においても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を確保することができるものとなつていることが確認され、本件原子炉施設の安全保護設備等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断された。

右の異常な過渡変化のうち、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性に密接に関係するものである⑥の全給水流量の喪失及び⑧のタービン・トリップについて更に具体的にみると、以下のとおりであつた。

(1) 全給水流量の喪失

原子炉の高出力運転中に(たとえば給水制御系等の故障又は給水ポンプの急速停止により)全給水流量が喪失すると、原子炉水位が急速に低下し、原子炉水位低信号により、原子炉緊急停止装置が作動して、原子炉が停止される。しかし、その際、圧力容器内の給水流量の減少によつて、燃料被覆管が過熱して損傷するおそれがある。

右のような事象の解析評価に当たつては、本件原子炉施設においては、平常運転時に定格出力を超えて運転することはないが、定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していること、平常運転時に作動している給水ポンプ(タービン駆動給水ポンプ)二台の他に予備として電動機駆動給水ポンプ二台が設置されているが、後者の効果は期待しないこと及び単一故障として原子炉水位低信号による原子炉緊急停止回路のうち一回路が作動しないことを仮定する等の厳しい条件が設定された。その結果、高出力運転中の全給水流量の喪失時においても、最小限界熱流束比は一・〇よりも十分大きい値を維持することから、燃料被覆管の破損に至らないものと判断された。

(2) タービン・トリップ

原子炉の高出力運転中にタービン発電機の何らかの異常によりタービンの入口に設けられている主蒸気止め弁が急速に閉鎖され、タービンが停止すると、右弁の急速閉鎖信号により、原子炉緊急停止装置が作動して原子炉も停止される。この際、圧力容器内の圧力が上昇し、その結果、圧力バウンダリの損傷に至るおそれがある。

右のような事象の解析評価に当たつては、前同様定格出力の約一〇五パーセントの出力で運転していること、タービン・トリップ時には、バイパス配管に設けられたバイパス弁が自動的に開き、圧力容器内の圧力の上昇を抑制することとなつているが、右のバイパス弁は総て作動しないこと及び単一故障として主蒸気止め弁閉鎖による原子炉緊急停止回路のうち一回路が作動しないことを仮定する等の厳しい条件が設定された。その結果、高出力運転中のタービン・トリップ・バイパス弁不作動時においても、圧力容器内の最高圧力は約八二・三キログラム毎平方センチメートルにとどまり、圧力容器の設計圧力である約八八キログラム毎平方センチメートルを超えることはないところから、圧力バウンダリの健全性を確保することができるものとなつているものと判断された。

4放射性物質異常放出防止対策

本件安全審査においては、以上のとおり、本件原子炉施設について異常状態発生防止対策及び異常状態拡大防止対策がそれぞれ講じられるものと判断されたが、それにもかかわらず放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合に備えて、以下のとおり、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止する対策が講じられているかどうかが検討され、その結果、右の対策が講じられるものと判断された。

(一) 安全防護設備の設置

本件安全審査においては、以下のとおり、圧力バウンダリを構成するいかなる配管の破断等の異常状態を想定しても、放射性物質を環境に異常に放出することを防止しうる工学的安全施設(これを安全防護設備又は安全防護施設という。)が設置されるものと判断された。

すなわち、本件原子炉施設には、①LOCA時に燃料被覆管の重大な損傷を防止するに十分な量の冷却水を炉心に注入するための高圧炉心スプレイ系一系統、自動減圧系一系統、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系三系統からなるECCS、②圧力バウンダリから放出される放射性物質を閉じ込めるため高い気密性(設計漏洩率は、一日当たり〇・五パーセント以下)を有する格納容器、③圧力バウンダリから高温の蒸気等が放出された場合に格納容器の健全性を確保するため、格納容器内を冷却、減圧し、更に、右蒸気中に浮遊している放射性物質を洗い落とす格納容器冷却系設備、④格納容器から原子炉建屋内に漏洩した放射性物質を捕捉する放射性物質除去フィルタ(設計上のよう素除去効率九七パーセント以上)等からなる非常用ガス処理系設備等が設けられることが確認された。その結果、本件原子炉施設には、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生に備え、所要の安全防護設備が設置されるものと判断された。

(二) 安全防護設備の信頼性の確保

本件安全審査においては、右の安全防護設備は、以下のとおり、いずれも確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保されるものと判断された。

すなわち、①本件原子炉施設に設置される安全防護設備は、いずれも十分な強度等を有するとともに、定期的な試験、検査を実施することができるように設計されること、②ECCSは、その機能を確実に発揮しうるように、圧力バウンダリを構成するいかなる口径の配管の破断の際にも、互いに独立した二系統以上が作動するとともに、これらの系統は、外部電源喪失に備えて、それぞれディーゼル発電機等の非常用電源を設け、これにより作動させうるように設計されること、③格納容器は、脆性破壊を防止するため、最低使用温度を脆性遷移温度より摂氏一七度以上高くすることができるように設計されること、及びLOCA時等に閉鎖を要求される配管の格納容器貫通部には、隔離弁が設けられること、④格納容器冷却系設備及び非常用ガス処理系設備は、いずれも独立した二系統が設けられ、かつ、外部電源喪失に備えていずれもディーゼル発電機等の非常用電源を設け、これにより作動させうるように設計されること等が確認された。

(三) 事故解析

本件原子炉施設の安全防護設備は、以上のとおり、いずれも信頼性が確保されるものと判断されたが、本件安全審査においては、更に、以下のとおり、あえて放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生を想定した場合の解析評価(事故解析)が行われ、安全防護設備等の設計の総合的な妥当性が審査された。すなわち、具体的には、右の事態として、①制御棒落下事故、②制御棒逸失事故、③燃料取扱事故、④タービン破損事故、⑤LOCA及び⑥主蒸気管破断事故を想定し、これらの事象について、前記運転時の異常な過渡変化解析の場合と同様の単一故障を仮定した上で、評価結果が厳しくなるような前提条件を設定して、解析がされた。その結果、本件原子炉施設は、右のような事故が発生した場合においても、放射性物質の環境への異常放出を防止することができるものとなつていることが確認され、本件原子炉施設の安全防護設備等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断された。

右の想定された事態のうち、格納容器内に放射性物質が放出される場合、格納容器外に直接放射性物質が放出される場合及びその他の場合の各代表例である⑤のLOCA、⑥の主蒸気管破断事故及び①の制御棒落下事故について更に具体的にみると、以下のとおりであつた。

(1) LOCA

圧力バウンダリを構成する配管の損傷により炉心内の冷却材が失われると、燃料被覆管の過熱及び水―ジルコニウム反応による酸化により燃料被覆管に大きな損傷を生じるおそれがあり、また、その配管の損傷箇所から格納容器内への冷却材の流出及び右の反応により発生する水素ガス等によつて格納容器内の圧力が上昇し、格納容器の損傷に至るおそれがある。

右LOCAの解析評価に当たつては、圧力容器に接続されている配管のうち、冷却材の喪失量が最大となり炉心の冷却にとり最も厳しい冷却材再循環系配管(外径約六一センチメートルのステンレス鋼管)の一本が瞬時に完全破断(いわゆるギロチン破断)すること、事故発生と同時に外部電源が失われること及び単一故障として、右のような事故時に作動して放射性物質の異常放出を防止する安全防護施設であるECCSのうち、その不作動が最も苛酷な結果を招来する低圧炉心スプレイ系の非常用ディーゼル発電機の故障が起こる(その結果、同一の発電機により作動するはずの低圧注水系一系統も同時に作動しなくなる。)これをそれぞれ仮定する等の厳しい条件が設定された。その結果、右の条件下におけるLOCA時においても、燃料被覆管の最高温度は摂氏約一〇一八度であり、この値は燃料被覆管の過熱による機械的強度の低下の観点からの制限値(燃料棒の許容最高温度)である摂氏一二〇〇度を下回ること、また、水―ジルコニウム反応による燃料被覆管の酸化によつて影響されない部分の割合は燃料被覆管の厚さの九八パーセント以上であるから、燃料被覆管の延性が極度に失われることはなく、燃料棒は冷却可能な形状に維持され、燃料の冷却は確保されるものと判断された。また、破断した配管から格納容器内に流出する冷却材により格納容器内の圧力は上昇するものの、最高圧力は約二・六キログラム毎平方センチメートルにとどまり、本件原子炉の格納容器の設計圧力である二・八五キログラム毎平方センチメートルを超えることはなく、かつ、事故時の燃料被覆管における水―ジルコニウム反応の割合は、全燃料被覆管の〇・一二パーセント以下と小さいため、右反応によつて発生する水素ガス等による圧力上昇も小さいから、格納容器の健全性が損なわれることはないものと判断された。これらによつて、圧力バウンダリを構成する小口径の配管破断から最大口径の冷却材再循環系配管一本のギロチン破断に至るいかなるLOCA時においても、放射性物質の環境への異常放出を防止できるものとなつていると判断された。

(2) 主蒸気管破断事故

主蒸気管が破断し、破断箇所から冷却材の流出が起こると、燃料被覆管が過熱して損傷に至るおそれがある。

右の主蒸気管破断事故の解析評価に当たつては、四本の主蒸気管のうちの一本が格納容器の外部で瞬時に完全破断すること、事故発生後自動的に閉鎖し、主蒸気を圧力バウンダリ内に閉じ込める主蒸気隔離弁の閉鎖時間は、設計上は三ないし四・五秒の範囲内に設定されることとなつているが、破断箇所における冷却材の流出量を大きく見積るためにこれを五秒とすること、事故の発生と同時に外部電源が失われ、冷却材再循環系ポンプが即時停止して、炉心流量の急減により燃料被覆管からの除熱が低下すること、及び単一故障として、主蒸気流最大による主蒸気隔離弁閉の信号回路のうち一回路が作動しないことをそれぞれ仮定する等の厳しい条件が設定された。その結果、右の条件下における主蒸気管破断事故においても、炉心は露出せず、また、最小限界熱流束比は一・〇以上に保たれ、燃料被覆管の健全性は確保されるものと判断された。これによつて、一般に主蒸気管破断事故時においても、放射性物質への異常放出を防止することができるものとなつているものと判断された。

(3) 制御棒落下事故

原子炉が臨界又は臨界近傍にあるときに、何らかの原因で制御棒が、その駆動軸から分離して落下すると、反応度が急激に加えられ、燃料被覆管が過熱して、大きく損傷するおそれがある。

右の制御棒落下事故の解析評価に当たつては、原子炉が高温待機状態にあること、制御棒の反応度価値は制御棒ミニマイザにより制限されているが、そのうちでも最大の反応度価値(〇・〇二五△K)をもつ制御棒一本が、制御棒落下速度リミッタによつて制限される落下速度の最大値(一・五二メートル毎秒)で落下すること、当該出力領域においては低出力時用の中性子モニタによつて検出される高中性子信号により原子炉緊急停止装置が作動するのであるが、右モニタの機能は期待せず、中、高出力時用の中性子モニタによつて検出される定格出力の一二〇パーセントに相当する高中性子束信号によつて、初めて、原子炉が緊急停止すること、原子炉緊急停止装置の作動遅れ時間を〇・二秒とすること、核燃料の核分裂反応の割合が増大すると、ドツプラ効果、減速材温度効果及びボイド効果によつて、かえつて核分裂反応が抑制されるのであるが、右抑制効果のうちドツプラ効果のみが働くこと、及び単一故障として高中性子束による原子炉緊急停止回路のうちの一回路が作動しないことをそれぞれ仮定する等の厳しい条件が設定された。その結果、右の条件下における制御棒落下事故時においても、①燃料被覆管の水―ジルコニウム反応によつて発生した水素ガスが燃料を起こすほどの濃度になることはなく、②二酸化ウランの最大エンタルピは二二〇カロリ毎グラムを超えることはなく、二酸化ウランの溶融領域と考えられている二二〇ないし二八〇カロリ毎グラムを下回つており、燃料の溶融は生じることはなく、③一部の燃料被覆管は破損し、核分裂生成物が冷却材中に放散されるが、主蒸気隔離弁が自動閉鎖するため、右核分裂生成物は発電所外にほとんど放出されない等と判断された。これにより、制御棒落下事故時においても、放射性物質の環境への異常放出を防止することができるものとなつていると判断された。

以上認定の1ないし4の具体的審査内容によれば、本件安全審査における本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性の判断は、合理的根拠に基づいて行われたものであると、一応認めることができる。そこで、この点に関する原告らの主張について検討し、右判断に裁量権の逸脱等があつたかどうかを、次に判断することとする。

三原告らの主張に対する判断

1原子炉システムの欠陥について(原告らの主張第六節第二款第五)

(一) BWRの安全設計の欠陥について

<証拠>によれば、GE社を辞任した三人の技術者が、原告ら主張のような右第五の一のイないしナの二一にわたる事項について、GE社製のBWRに問題がある旨の証言を、米国上下両院合同原子力委員会において行つたことが認められる。そして、<証拠>によれば、本件原子炉はGE社の昭和四四年型の設計に係るBWR―5MARKⅡ型原子炉であることが認められる。

しかしながら、<証拠>によれば、右の証言は、主としてGE社製の全BWRについて包括的、一般的な問題点の指摘をしたものであつて、BWR―5MARKⅡ型についての具体的欠陥の指摘をしたものとは認められない上、本件原子炉施設の基本設計に具体的な瑕疵があることまで証するものとはいうことができないものであると認められる。したがつて、右の証言を根拠に本件安全審査の違法を直ちに論ずることはできないものというべきである(なお、右証言において指摘された事項のうちのいくつかについては、後に別途判示する。)。

(二) 燃料棒の欠陥等について

(1) 平常運転時の燃料棒

前記二2(二)のとおり、本件安全審査においては、平常運転時において燃料棒の健全性を損なうおそれのある事象についての安全対策が講じられることが確認されている。ところが、原告らは、燃料棒に変形、接触が生じ、冷却材の流路閉そくを生じるおそれがある旨主張する。

まず、燃料棒の変形(曲り)についてみるに、<証拠>によれば、初期のBWRについて燃料棒の曲りが見られたことがあつたが、昭和四〇年代前半までに解決されたことが認められる。また、<証拠>等によれば、昭和四八年から昭和五〇年にかけて、美浜発電所二号炉において燃料棒の曲りが発見されたことが認められるが、<証拠>によれば、美浜二号炉はPWRであること、BWRとPWRでは燃料棒の太さ、素材、集合体の構成、運転条件等に差異があることが認められる上、右の曲りは、全体からみればわずかな燃料棒についてのみ見られたものであり、定期検査時等に発見され、取り替えられたこと、これにより燃料棒の接触に至つたものはなかつたことが認められる。そうすると、BWRである本件原子炉において燃料棒の曲りが生じたり、そのため流路閉そくが生じるおそれがあるものとは認め難い。

次に、燃料棒の割れその他の損傷についてみるに、<証拠>中には、燃料被覆管について、水素脆化、SCC及び照射脆化による損傷のおそれがある旨の部分がある。しかし、まず、水素脆化の問題については、<証拠>によれば、水素脆化による燃料被覆管の損傷は、一九七〇年(昭和四五年)代初期には、それまでに製造された燃料棒について問題となつたが、昭和四五年以降は、燃料の製造工程における湿分除去、燃料棒内への水分ゲッタの封入等の有効な対策が立てられ、その後は問題が生じていないものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(証人高野の証言は、一般的な材料の問題として心配があることを指摘するにとどまり、実際に損傷が生じるおそれがあることを具体的に証言したものではない。)。次に燃料被覆管のSCCについてみるに、<証拠>によれば、昭和四六年、ドレスデン一号炉において、熱変形した燃料ペレットと燃料被覆管との相互作用(PCI)による燃料棒の損傷が確認されたことが認められるが、これについては、昭和四八年に燃料ペレットの形状及び被覆管熱処理温度の改善等の対策が実施され、その結果は良好であるとされていることが認められる。したがつて、本件原子炉についても、詳細設計ないし工事に際して右対策を講じることによりPCIに対処することができるものということができる。なお、PCIのほかに、燃料被覆管にSCCが生じるおそれがあることを認めるに足りる証拠はない。また、照射脆化の問題については、前掲乙第二号証によれば、本件安全審査において応力解析に用いられたジルカロイの機械的性質は、照射されたBWR用燃料被覆材についての引張試験の結果得られたものが使用されたことが認められる。

以上の事実によれば、本件原子炉の基本設計において平常運転時における燃料棒の健全性が損なわれるおそれがないとした本件安全審査における判断には、合理的根拠があり、裁量権の逸脱等があつたものということはできない。

(2) LOCA時の燃料棒

原告らは、LOCAの際の燃料被覆管の最高温度と計算されている摂氏一〇一八度では、水と被覆管の反応、冷却水による衝撃により燃料棒間隔が損なわれるし、しかも、この点についての適切な実験がされていないと主張し、<証拠>中にはこれに沿う部分がある。

この点については、前記認定のとおり、本件安全審査においては、LOCA時における水―ジルコニウム反応による被覆管の酸化についても検討をした上で、これによつても被覆管の厚さの九八パーセント以上が影響を受けないから、被覆管の延性が極度に失われることはなく、燃料棒は冷却可能な状態に維持されると判断されている。しかも、前掲乙第五号証によれば、右の水―ジルコニウム反応の解析は、十分な安全余裕をみたものであることが認められる。そして、右の判断の根拠となつたのは、被覆管の最高温度が摂氏一二〇〇度を下回ることと、水―ジルコニウム反応の影響が小さいこととであるところ、<証拠>によれば、水とジルカロイとの反応は摂氏約九〇〇度以上になると著しくなるが、評価モデルによる計算値が、燃料被覆管最高温度について摂氏一二〇〇度を、燃料被覆管の酸化量について被覆管の厚さの一五パーセントを、それぞれ超えなければ、燃料棒の大破損は防止でき、冷却材の流路が確保されるものと考えられていることが認められる(なお、<証拠>によれば、模擬燃料体を用いて行われたLOCAの模擬実験(これらについては、後に(三)(2)において判示する。)においては、燃料被覆管の最高温度は摂氏六〇〇度程度にしかならないことが確認されていることが認められる。)。また、<証拠>によれば、LOCA初期のブローダウン時に、被覆管が膨張し、そのうちの一部は破裂することが認められるが、<証拠>によれば、燃料集合体の試験では隣り合つた燃料棒によつて自由な変形が妨げられるため、単体の燃料棒の場合よりも変形量が少なくなり、また、被覆管の膨張を起こす部分がどの程度局部的に集中するかが流路閉鎖割合に大きな影響を及ぼし、燃料棒単体の変形量から予測されるほど厳しくはないうえ、再冠水過程では冷却水の流速が遅いために隙間が小さくても冷却水位の上昇を妨害することが少ないこと、結論として、一部に燃料棒の破損が起こつたとしても、この破損が大きくなければ差支えないとされていることが認められる(なお、LOCA時には、燃料棒に一部破損、変形等が生じても、冷却可能な形状が保たれれば足りるものである。)。

以上の認定事実に鑑みれば、LOCA時においても燃料棒の冷却可能な形状が保たれるとした判断には、合理的根拠があり(なお、ECCSの有効性については後に(三)において判示する。)、原告らの主張に沿う前記証拠のみによつて、右の判断に裁量権の逸脱等があるものということはできない。

(3) 制御棒落下事故時の燃料棒

原告らは、制御棒落下事故においては、燃料被覆管の一部の破損を予想しているのに、冷却可能性について言及されていないと主張するが、原告らの指摘するのは、本件原子炉についての設置変更許可申請書添付書類の記載であつて、<証拠>によれば、本件申請においては、制御棒落下事故時には、厳しい条件を仮定した上で、三三〇本の燃料棒の被覆管が破損すると解析されていることが認められる。そして、本件安全審査においては、前認定のとおり、同時に燃料の溶融が生じないこと及び核分裂生成物は発電所外にほとんど放出されないことが確認されている。また、証人水戸巌の証言中には、右の破損数が過小評価である旨の部分があるが、右の設置変更許可申請書添付書類では、制御棒の反応度価値が小さくなつたにもかかわらず破損数が六〇〇本にもなると解析されていること等を根拠とするものであるところ、同証言によれば、右変更申請においては、ガトリニア燃料を使用したため落下制御棒反応度曲線が変わつたことにより破損本数が変わつたものと解説されていることが認められ、同証言も右解説自体が誤りであるとまではしていない。

次に、原告らは、本件安全審査においては破損限界値を一七〇カロリ毎グラムと仮定しているが、その後の研究によりこれは一四〇カロリ毎グラム以下であるとされていると主張し、証人水戸巌の証言中にはこれに沿う部分があり、訳文の一部を除き<証拠>中にも昭和五五年になつて照射済燃料棒についての損傷限界は約一四〇カロリ毎グラム程度であることが見出されたとの部分がある。しかし、成立に争いのない乙第五一号証の一、二(右甲第一三一号証と同一の論文中の結論部分)によれば、右の研究を行つた研究者ら自身は、結論として、BWR―5(本件原子炉もこれに属する。)では、燃料棒の著しい損傷も、正常な形状を損うことも考えられず、軽水炉における反応度事故(制御棒落下事故)は何ら実際の安全上の問題を提起するものではないとしていることが認められる。この見解によれば、本件安全審査において採用された破損限界値が仮に誤りであるとしても、本件安全審査における制御棒落下事故に関する安全性の判断には、結論として誤りがあつたものということにはならない。したがつて、前記証言のみでは、右判断に合理的根拠がなく、裁量権の逸脱等があるものということはできない。

なお、原告らは、燃料棒破損伝播発生限界値等が未定のまま本件安全審査が行われたことが違法である旨主張するが、一部に数値上は確定できない事項が含まれていても、全体として保守的な解析がされておれば、安全性の確認としては十分であるというべきところ、右の点が本件安全審査における事故解析の合理性を失わせる具体的理由は何ら明らかではない。

以上のとおりであるから、本件安全審査における制御棒落下事故時の燃料棒に係る判断に裁量権の逸脱等があつたものということはできない。

(4) 異常な過渡変化時の燃料棒

原告らは、異常な過渡変化時の燃料挙動について、理論上の近似が行われているほか、使用済燃料を用いた実験がBWRについてはなく、PWRでの実験によれば、使用済燃料棒の限界熱流束は未使用燃料棒のものに比べ小さいことが窺われると主張し、証人水戸巌の証言中には、これに沿う部分がある。すなわち、同証言では、米国エネルギー省アイダホ国立工学研究所の試験施設PBFでの実験(以下「PBF実験」という。)が引用され、従来の解析コードによつて予測された冷却材流量よりもはるかに多い冷却材流量で燃料棒の焼切れが生じたから、右解析コードが誤りであつたことが明らかになつたとし、また、照射燃料は、出力・冷却不適合条件(膜沸騰状態)にさらされた場合、未照射燃料で従来予測されていたよりもはるかに大きな損傷を生じたから、最小限界熱流束比を一と設定する条件を決定するための従来の実験方法には問題があるとしている。

しかしながら、<証拠>によれば、PBF実験の結果を報告する実験者ら自身による論文においては、燃料棒の焼切れ時点とされる核沸騰離脱開始時点の冷却材流量について、実験結果と解析コードの一部である相関式による計算結果とは、おおむね良好な一致を示すとされていること、右解析コードは最適推定モデルであり、本件安全審査に用いられた解析コードはこれより安全側に立つと想定されている評価モデルであること、右論文においては、膜沸騰状態にさらされた照射燃料に対する破損状態が未照射燃料のものよりも激しいものである証拠は観測されなかつたとされていることが認められる。そうすると、右の実験者ら自身の見解による限りは、本件安全審査における判断が合理性を欠くものとはいえない。したがつて、前記証言のみによつて、原告ら主張の点において本件安全審査に裁量権の逸脱等があつたものということはできない。

(5) 圧力容器の脆性破壊

証人高野道典の証言中には、圧力容器についても、中性子の照射、繰返し応力により脆性遷移温度が高くなり、脆性破壊を生じる危険がある旨の部分がある。また<証拠>によれば、圧力容器の脆性破壊の危険性が問題とされていることが認められる。しかし、<証拠>によれば、中性子照射による脆性遷移温度の上昇は、高速中性子照射量に依存するところ、本件原子炉にも用いられる圧力容器鋼材のマンガン・モリブデン・ニッケル鋼(ASTMA―五三三鋼)の場合は、右照射量が1×1018個毎平方センチメートルを超えると著しく上昇すること、照射脆化による破壊の危険が論じられているのはPWRについてであつて、それはPWRにおける中性子の照射量がBWRの一〇倍も多いこと等によるものであること、本件原子炉の圧力容器については、その寿命期間と予定されている四〇年間に3,62×1017個毎平方センチメートルの高速中性子照射量があり、脆性遷移温度の上昇を見込んでも、寿命末期において摂氏三二度以下に保たれると推定されていることが認められる。そして、本件原子炉施設においては、最低使用温度を右温度より摂氏三三度以上高く保つ設計とする等脆性破壊を防止する対策が講じられているものであることは、既に判示したとおりである。したがつて、照射脆化に関する証人高野道典の前記証言部分は、採用の限りでない。また、同証人の繰返し応力による脆性遷移温度の上昇に関する証言部分は、前掲甲第三六、第一一五、第一一六、第二八〇号証、乙二一号証にこれに沿う記述がないこと、同証人自身右証言部分については自ら研究したものではなく文献を読んで得た知識であると述べていることに鑑み、直ちに採用し難い。なお、右甲第三六、第二八〇号証中には、前判示の監視試験片の有効性を否定する趣旨の部分があるが、前掲甲第八一号証にはその有効性を肯定する趣旨の部分があり、これを有効とした本件安全審査における判断の合理性を失わせるには足りないものというべきである。

(三) ECCSの欠陥について

(1) 独立性

原告らは、外部電源喪失時には、ECCSの総てが独立性をもつているのではなく、一台のディーゼル発電機の故障によつて、たとえば低圧注水系と低圧炉心スプレイ系が同時に作動しなくなることが問題であると主張する。確かに前掲乙第二号証によれば右の事実が認められ、右の設計は各系がそれぞれ独立のディーゼル発電機を備えている設計に比べると、非常時の冷却材の確保の観点からは、相対的に劣ることは免れないことが明らかである。

しかしながら、本件安全審査におけるLOCAの解析においては、前記認定のとおり、最悪の単一故障として低圧炉心スプレイ系の非常用ディーゼル発電機の故障が起こるものと仮定しているから、そのときに同時に低圧注水系一系統も作動しなくなるものとして解析された上で安全性が確認されたものであることが明らかである。したがって、原告ら主張の右の点は、設計上の瑕疵ということはできない。

(2) 実証性

原告らは、ECCSが予定された機能を発揮することが実証されたことはなく、本件安全審査に用いられた解析コードが実際に再現されるとは考えられず、仮に注水が行われても、長期的冷却が可能かどうか疑問があると主張し、<証拠>中にもこれに沿う部分がある。そして、米国におけるロフト(冷却材喪失実験)計画の第四段階の八〇〇シリーズの実験において、冷却水が炉心に注入されなかつたことは、当事者間に明らかに争いがなく、<証拠>によれば、米国物理学会研究グループは、昭和五〇年に、右ロフト計画におけるECCSの有効性に関する実験が実際の原子炉とかけ離れたものであつて、その実証試験とはいいがたいこと、ECCSの性能を評価するための包括的で十分な定量的基礎は存在していないこと、LOCAにおける個別効果につきそれぞれ独立に保守的になつていることが実証できたとしても、総合的なシステムの効果も保守的であることを実証するような実験データはないこと、保守的とされている解析コードがどの程度まで本当に保守的かどうかということが重要であり、定量的評価を重視すべきであること等の指摘をしていることが認められ、<証拠>によれば、我国の研究者も、昭和五二年に、右研究グループの提起した個別効果についての保守性が総合システムの保守性をも実証するかとの疑問について、直ちに断定的な回答を与えることは難しく、今後の研究の積み重ねにより疑問の解明に努めるべきであるとの見解を表明していることが認められる。

しかしながら、<証拠>によれば、本件安全審査において本件原子炉施設のECCSの性能を評価するに当たつて用いられた手法は、解析モデルを用いて行うものであるところ、右モデルは、GE社及びFLECHTの実験データ等に基づき、十分な確証が得られている部分についてはその結果を踏まえ、また、未だ実験によつては十分な確証が得られていない部分については厳しい条件を設定し、全体として安全上厳しい結果となるように作成されたものであること、右のFLECHTの実験は、実物長のジルカロイ及びステンレス鋼被覆の発熱体から成るBWR型模擬燃料体を用い、非常冷却系の性能を総合的に求めることを目的とするものであり、事故解析とできるだけ同一の条件を与え、そのときの被覆管最高温度の計算値が十分保守的であることを示そうとしたものであること、右のような解析モデルの作成方法及び解析モデルを用いて設備等の性能評価を行いその有効性を確認するという手法は、いずれも工学上一般に広く承認されているものであること、特に実際に事故状態を発生させて実験することができない原子炉施設については、有効かつ合理的な方法であるという見解が多数の専門家により表明されていることが認められる。

また、<証拠>によれば、前記ロフト計画はPWRのECCSに関する実験であるところ、冷却水が炉心に注入されなかつたのは同計画の準備段階における簡単な模型による基礎実験の場合であつたこと、その後、実用発電用原子炉により近い形に模擬した小型原子炉を用いた実験においては、ECCSにより有効に原子炉内に注水がなされ、燃料被覆管の温度も計算による予測値よりも低い温度にとどまるとの実験結果が得られたこと、BWRのECCSについても、昭和五五年ころまでに米国において実施された実寸大の模擬燃料集合体一体を使用したTLTA、昭和五三年から昭和五八年に我国の原研によつて実施された実寸の二分の一の模擬燃料集合体四体を使用したROSA―Ⅲ、昭和五六年ころまでに我国の株式会社日立製作所等により実施された実寸大の模擬燃料集合体二体を使用したTBL(被告は「TBBL」と主張するが、乙第六九号証の三による限りは「TBL」と呼称されるものである。)といつた模擬実験において、ECCSによつて炉心が有効に冷却されることが確認されたことが認められる。

更に、<証拠>によれば、前記米国物理学会研究グループが問題点を指摘しているのは、主としてECCSの効果についてどの程度の保守性があるかという定量的評価であつて、定性的評価については、多くの原子炉専門家(右グループ自身は原子炉専門家ではなく、全員物理学者である。)はその安全性を確信しているとしており、右グループ自身、保守的なコードで安全であるとされれば、その原子炉は実際にも多分安全であろうとした上、報告書本文の結論部分において、ECCSがほとんど総ての状況の下で設計どおりに機能するかどうかを疑う理由はないとしていること、ロフト計画に関する批判的指摘は、主としてPWRに関するものであり、BWRに関しては、ロフト計画に相当する実験計画すらないことが問題であると指摘しているものの(この点については、前認定のとおり後に各種の実験が行われている。)、BWRのECCSはPWRのECCSに比較して、一次系の構成がより簡略であり、蒸気拘束の制限がないため、より信頼性があるとしていることが認められる。

以上に判示したところを総合すれば、ECCSの有効性については、これを疑問視する見解も無視しえないものの、むしろ、これを肯定し、安全審査に用いられる解析モデルも信頼しうるものとする見解が支配的であり、その実証性も次第に高められてきていると認めるのが相当である。したがつて、後者の見解に立つて行われた本件安全審査は、合理的根拠を有するものというべきであり、この点において裁量権の逸脱等があるものということはできない。

(四) 格納容器の欠陥について

(1) 閉鎖性

原告らは、格納容器はそれ自体完全に閉じた系であることが必要であり、本件原子炉においては、主蒸気管、給水管等のパイプが格納容器を貫通していることが欠陥である旨主張する。

しかし、格納容器自体が完全に閉じた系でなくても各種の安全防護施設により放射性物質が環境中に異常放出されることが防止されれば足りることは明らかであるところ、前記認定のとおり、本件安全審査においてこの点が確認されているから、この点について別個の瑕疵があれば格別、格納容器が完全に閉じた系でないこと自体が欠陥であるということはできない。

(2) 耐圧性

原告らは、格納容器が小さいため、圧力容器内水蒸気爆発若しくは格納容器内水蒸気爆発に耐えられず、又はこれに耐えても炉心溶融に伴って発生する非凝縮性ガスの過圧に耐えられないことが欠陥である旨主張し、<証拠>中には、これに沿う部分がある。

しかし、前記認定のとおり、本件原子炉については、各種の事故の解析においても炉心溶融や、これに伴う水蒸気爆発、非凝縮性ガスの大量発生は予想されておらず、後に判示するとおり、この点に瑕疵はないから、右の耐圧性を欠くことが本件格納容器の欠陥ということはできない。

(五) 原子炉緊急停止系の欠陥について

原告らは、本件安全審査においてはスクラム失敗を伴う過渡現象についての事故解析がされていない点に違法がある旨主張する。事故防止対策について本件安全審査において検討された内容は前記認定のとおりであつて、右の過渡現象ないし事故解析についての具体的検証が行われていないことは明らかである。

確かに、<証拠>によれば、米国においてATWSが昭和四八年に初めて安全性の検討対象として採り上げられ、その後これを原子炉の安全解析において考慮すべきか否かが議論されてきたが、昭和五五年に至つて、NRCのスタッフによりこれを考慮すべきであるとの提言がされるに至つたこと、過渡変化時ではないが、スクラムが成功しなかつた事例として、昭和四〇年ごろ西ドイツのカール原子力発電所(BWR)において信号系統のリレー不良により全制御棒が挿入されなかつたこと、昭和五五年六月、米国のブラウンズ・フェリー原子力発電所三号炉(BWR)においてスクラム排出容器に水が残留していたため約三分の一の制御棒が挿入されず、完全挿入までに一四分を要したこと、昭和五八年二月、セイラム原子力発電所一号炉(PWR)において制御棒を作動させるためのブレーカーの故障により制御棒が挿入されず、手動操作により停止させたことがそれぞれあつたこと、これらのこと等から、最近ではスクラムの失敗する確率は以前考えられていたよりもはるかに大きいのではないかとの考えが強くなりつつあることが認められる。

しかし、右の認定から明らかなとおり、ATWSは本件安全審査当時は、未だ議論の対象にすらされていなかつたもので、本件安全審査においても当然検討の対象とならなかつたものであるところ、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、NRCスタッフは、問題は、ATWS事象の確率が、安全解析においてこれを考慮することを正当化するほど大きいか否かにかかつているものとしていること、NRCスタッフが前記提言をしたのは、原子炉保護系及び反応度停止系が信頼できないからではなく、米国においてスクラムを必要とする異常な過渡変化の発生頻度が高いことと厳しい安全目標が要求されることの故に、あえて異常に高い信頼性が要求されるべきであると考えたからであること、右提言後も、我国においてはもちろん、米国においても、ATWSの解析が原子炉の安全審査に実際に採り入れられるには至つていないこと、スクラム失敗の確率評価については、一必要当たり一〇万分の六(ルイス報告、昭和五三年)、一〇万分の三(NRCスタッフ、昭和五三年)、一〇〇万分の一(AEC、昭和四八年)、一〇億分の一(ラスムッセン報告、昭和五〇年)と、また、BWRにおけるATWS発生の確率評価については、一炉年当たり一万分の二(NRCスタッフ)、一〇万分の一(米国憂慮する科学者同盟(UCS)、昭和五二年)、一〇〇万分の一(AEC)と、最近になるほど大きな値になる傾向はあるものの、見解がかなり分かれていることが認められる。これらの事実に鑑みれば、現時点においては、米国においてすら未だATWSを原子炉設置許可に際しての安全審査において具体的に解析評価しなければならないとの見解が確立したものとは認め難く、本件安全審査においてATWSについて具体的検討をしなかつたことをもつて、合理的根拠を欠くものとして裁量権の逸脱等があつたものと断ずることはできない。

(六) 配管及び材料の欠陥について

原告らは、BWRの配管に使用されている三〇四ステンレス鋼は応力腐食割れ(SCC)を起こしやすい欠陥材料であると主張する。

確かに、<証拠>によれば、昭和四〇年ないし昭和五〇年ころ、BWRのステンレス製配管にSCCが多発したこと、この時期のBWR用ステンレス鋼は一般に三〇四ステンレス鋼であつたことが認められる。

ところが、<証拠>によれば、本件申請においては本件原子炉施設の配管等に使用される主な配管の材質は単に「ステンレス鋼」とされているだけで、本件安全審査においてもその前提で基本設計に係る安全性が認められるものと判断され、なお、詳細設計、製作、検査等を通じて信頼性の高いものが建設されることになつているとしていることが認められる。したがつて、本件原子炉施設の配管に用いられるステンレス鋼は必ずしも三〇四ステンレス鋼と限定されたものではなく、本件安全審査においては、ステンレス鋼として具体的にどのような組成のものを用いるかについては、詳細設計以降において最適のものを採用すれば足りるものと判断されたものである。

そして、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(1) SCC自体は、一九世紀末ころから知られていた事象であり、ステンレス鋼についてもその発生は知られていた。原子力工業においでも、当初からSCCに対する配慮はされてきた。たとえば、軽水炉の一次系では、水中の塩素イオンと溶存酸素量を厳しく規制してきた。

(2) BWRのステンレス鋼配管にSCCが初めて発見されたのは、昭和四〇年に、米国のドレスデン一号炉においてである。その後、我国の原研を含むいくつかの原子炉施設において、SCCが発見された。しかし、当時は、これらは特殊なケースと考えられ、BWRにおいてSCCが発生し易い事象であるとは認識されていなかつた。

(3) ところが、米国においては、昭和四七年ころ、BWRにおけるSCCの防止が問題となり出し、そのため研究が開始された。

(4) 一方、我国においては、昭和四九年、米国のドレスデン二号炉において再循環系バイパス配管にSCCが発生していることが発見され、これに引続く検査により我国のBWRにおいても配管にSCCが発生していることが発見されるに及んで、SCCがBWRにおいて発生し易いものであることがようやく認識されるようになつた。

(5) 右のようにSCCがBWRにおいて発生し易いものであるとの認識が得られるのが遅くなつたのは、SCC自体が極めて複雑で統一された見解がないといつてよい事象であることのほか、軽水炉と類似の環境における長期間のSCCの研究がそれまでほとんど行われていなかつたこと、配管の溶接、施工工事、運転等において、当初予想されたよりはるかに大きな応力が配管にかかる場合があることが、そのころになつてようやくわかつてきたこと等があげられている。

(6) その後、BWRにおけるSCC対策についての研究が急速に進み、SCCは、それまでBWRの配管において多用されていた三〇四ステンレス鋼の溶接部に多発していることが明らかになつた。その対策については、SCCの原因が材料、応力、環境の三要因の悪条件が重なることにより発生するものであり、これらのうち一つでも発生条件を改善すれば防止しうることが明らかであつたところ、第一に、ステンレス鋼の耐食性の低下(鋭敏化)を防ぐため、三〇四ステンレス鋼に替えて、三〇四L、三一六L等の低炭素ステンレス鋼等を使用し、また、溶接時に厳重な入熱管理を行い、溶接後に固溶体化熱処理等を行うこと、第二に、ステンレス鋼に過度の引張応力が発生することを防止するため、溶接による残留引張応力を軽減又は圧縮応力化するための方法として、右の溶接工法上の対策のほかに、溶接中に内面を水で冷却する工法(管内面水冷溶接法)、溶接後高周波加熱を行う方法(高周波加熱応力改善法)等を採用すること、第三に、腐食環境条件を緩和するために、原子炉の起動時に脱気運転を行うこと等の技術が確立され、現在では、ほぼSCCの発生は防止しうるようになつている。

(7) 右の諸対策は、本件原子炉が運転を開始した昭和五三年までにほぼ研究が行われ、逐次実用化がされており、高周波加熱応力改善法、脱気運転等が本件原子炉施設の工事、運転(昭和五三年一一月営業運転開始)にも用いられている。

以上の(1)ないし(7)の認定を覆すに足りる証拠はない。<証拠>中には右(7)に反する部分があるが、<証拠>により、少なくとも高周波加熱応力改善法及び脱気運転の技術が、昭和五三年八月以前に実用に供されていたことが明らかであり、右証言部分は措信しない。そうすると、本件安全審査が行われた昭和四七年当時は、三〇四ステンレス鋼がSCCを起こしやすい材料であるとの専門技術的知見は我国においてはないに等しく、したがつて本件原子炉施設の基本設計においてそのための対策を特に求めず、詳細設計以降の段階において信頼性の高いものが建設されることをもつてよしとした判断は、当時としてはやむをえなかつたものであり、その後、三〇四ステンレス鋼の溶接部にSCCが生じやすいことが明らかになつたものの、詳細設計、施工上の対策として材料の選定、溶接工法の改善等が、運転上の対策として脱気運転が、それぞれ開発され、本件原子炉施設にもその一部が実際に応用されているのであるから、結局本件安全審査における右判断に誤りはなかつたことになり、違法はないというべきである。

(七) 検知装置の欠陥について

原告らは、本件原子炉施設の冷却水の漏洩監視装置は実際には冷却水の漏洩を検知しうるものではないと主張する。

しかしながら、その第一の根拠として原告らの挙げる福島第一原子力発電所一号炉の配管ひび割れ事故については、前掲乙第四五号証によりその発生が認められる(これは前記のSCCである。)ものの、これにより冷却水の有意の漏洩を生じたことを認めるに足りる証拠はなく、右ひび割れを冷却水の漏洩監視装置により検知しえなかつたことをもつて同装置に欠陥があるものと断ずべき根拠ということはできない。なお、<証拠>によれば、冷却水の有無の漏洩を伴わないSCCによる亀裂の発生は、大きな漏洩に発展しないうちに、定期検査(規制法二九条)等に際して、超音波探傷等により発見することができるものと認められる。また、その第二の根拠とするBWRの運転現状に関する事実については、これを認めるに足りる証拠はない。

2「各種事故の検討」の根本的欠陥について(原告らの主張第六節第二款第七)

(一) 原告らは、本件安全審査に係る安全審査会の報告書の「各種事故の検討」の項において想定されている事故は、事故の総てを検討したものではなく、炉心溶融等の深刻な事態が想定されておらず、また、想定された事故に対する対策も不十分であると主張する。すなわち、ラスムッセン報告においては、BWRにおいて起こりうる事故として八四通りが採り上げられており、そのうち七四通りが炉心溶融に至るとされている上、それでも総ての事故態様を尽くしたものではないにもかかわらず、本件安全審査においては、前記二4(三)の六種の事故において単一故障を生じた場合のみを解析したにすぎず、炉心溶融事故は全く想定されていないし、その場合の対策も全く講じられていない旨主張する。

(二) そこで、まず、本件安全審査において具体的に想定されて解析された事故が六種でしかなかつた点につき検討する。

確かに、多数の機器をもつて複雑に構成された原子炉施設において理論上起こる可能性のある事故の態様を細かに分類していけば、原告ら主張のように極めて多様な事故を数え上げることができることは、ラスムッセン報告を引用するまでもなく、明らかである。

しかしながら、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、本件安全審査においては、原子炉施設の事故防止対策に係る安全性を確認するためには、理論上想定しうる事故の総てについて定量的な解析評価をしなければならないものではなく、これらのうち原子炉の耐用年数と予定されている期間中に現実に発生するおそれのあるものについて、前判示の放射性物質の異常放出の防止の観点から、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態を惹起する事象を定性的に選別し、そのうち、右のおそれの高い代表的な形態の事象を具体的にいくつか想定することとし、これらにつき評価結果が厳しくなるような前提条件を設定して解析をして、安全性を確認することができれば、他の態様の事故は、これらより放射性物質異常放出のおそれが低いものとして、具体的な解析評価の対象としなくても、当然安全が確保されると考えて審査が行われたものと認められる。右の審査方針自体は、合理的な根拠に基づくものと認めるのが相当である。したがつて、問題は、代表的な事故としてどのような態様のものを想定するかという点における妥当性にあり、事故解析の対象を限定したこと自体には違法はないというのが相当である。

そして、前記六種の事故態様のほかに事故を想定しなかつたことを不合理と目すべき根拠は見出し難い。なお、ATWSや圧力容器破壊事故を想定しなかつた点に違法がないことは、既に判示したとおりである。

(三) 次に、本件安全審査における事故解析では、前判示のとおり、安全防護設備等に単一故障(すなわち安全上最もその解析評価結果が厳しくなるような機器の一つが単一の事象に起因して故障し、その機器の有する安全上の機能が発揮されない事態)の発生のみを想定して、より深刻な事態を想定しなかつた点につき検討する。

確かに、機器の故障が二重、三重に重畳した場合に予想される事故の深刻さは、単一故障のみを想定した場合より大きいであろうことは、多言を要しないし、本件原子炉のようなBWRにおいては、場合によつては、炉心溶融、圧力容器破壊、格納容器破壊等の事態にまで進展するおそれがあることは、前掲甲第八、第二七六、第二八〇号証等多くの証拠により認められる。そして、そのような場合でも放射性物質の環境への異常放出が防止されるような安全対策が講じられることが可能であれば、それが最も望ましいことも明らかである。しかしながら、理論上は、原子炉施設を構成するあらゆる機器について、その故障の可能性及びその重畳の可能性を否定することができない結果、最悪の場合としては、あらゆる機器が同時に故障し、安全防護設備等も全く作動しないというような事態を想定することも不可能ではない。ところが、そのような事態の発生を仮定した場合にも放射性物質の環境への異常放出を機器をもつて防止することは、自己矛盾であるから、論理的に不可能というのほかはなく、そのような観点からの事故解析が必要であるとすれば、およそどのような原子炉施設であつても、詳しく検討するまでもなく事故防止対策が十分であるとされることはありえず、設置許可の要件を充足することもありえないということになる。このようなことは、規制法二四条一項四号の予定しないところであることは明白である。

規制法二四条一項四号の趣旨は、既に判示したとおり、放射線による障害発生の可能性を十分に低くすることによつて、原子炉施設の有する潜在的危険性が現実に顕在化する事態が生じることは、社会観念上無視しうる程度である場合に限り、原子炉の設置を許可するというものであると解するのが相当である。したがつて、事故解析においても、理論上は発生する可能性はあつても、原子力発電所の耐用年数を考慮すれば、現実に発生する可能性は無視しうる程度であると考えられるような事態で想定しなければならないものとは解されない。そうすると、結局、原子炉設置許可に際して行われる安全審査における事故解析においては、理論上発生する可能性のある最悪の事態を想定するのではなく、当該原子炉施設において現実に発生するおそれのある最悪の事態を想定し、これに対する安全対策が講じられているかどうかを審査、判断すれば足りるものである。

右の観点から、前記単一故障の想定の妥当性について検討する。前判示のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の事故防止対策として、第一に、異常状態の発生自体を可及的に防止するため、燃料の核分裂反応が確実かつ安定的に制御され、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性が維持され、これらの健全性に影響を及ぼすおそれのある設備の信頼性が確保されることが確認され、第二に、このことが確認されたにもかかわらず、仮に異常状態が発生した場合においても、その拡大等を防止するため、異常状態が早期かつ確実に検知され、所要の安全保護設備が設置され、確実に所要の機能を発揮すること、異常な過渡変化時に単一故障が生じたものと仮定する等評価結果が厳しくなるような前提条件を設定してもなお、燃料被覆管と圧力バウンダリの健全性が確保されることが確認され、更に第三に、右の点が確認されたにもかかわらず、万一放射性物質を環境に異常放出するおそれがある事態が生じても、なおこれを防止するために、所要の安全防護設備が設置され、確実に所要の機能を発揮することが確認されている。事故解析は、このような本件原子炉施設の機器、設備が十分な信頼性を有することが確認された上で、更に念のためにあえて事故の発生を想定した上で、放射性物質の環境への異常放出という事態が生じないか否かを検討し、安全防護設備等の設計の総合的な妥当性を審査するために行われるものである。したがつて、事故解析に当たつては、機器の全部の不作動を想定しなければならないものとはいえず、実際に生じるおそれのある機器の故障のみを想定すれば足りる。そして、どのような機器にどのような故障が生じる可能性があり、その場合にどのような結果を生じるのかは、まさに専門技術的知見に基づいて選択、評価されるべき事項であるところ、本件安全審査においては、たとえば、LOCAについては、最も苛酷な事故として、①冷却材再循環系配管(外径約六一センチメートルのステンレス鋼管)がギロチン破断すること(証人内田秀雄の証言によれば、右配管が亀裂、漏洩を経過しないでギロチン破断を生じることは、現実に起こるとは考えられないことが認められる。)、②事故発生と同時に外部電源が喪失すること、を想定した上で、更に単一故障として、③ECCSの中でその不作動が最も苛酷な結果を招来する低圧炉心スプレイ系の非常用ディーゼル発電機の故障が起き、その結果、低圧炉心スプレイ系のほか低圧注水系一系統も同時に作動しなくなること、が仮定されており、これが現実に起こりうる最悪の事故と想定して解析をすれば足りると判断されたものである。このように、単一故障といつても、単純にある一つの機器の故障のみを想定しているのではなく、更にその前提には、現実には起こりそうにない重大な異常状態の発生を想定しているのであつて、右のような条件が非常に厳しい条件であることは、それ自体から明らかである。したがつて、右のような条件をもつて現実に発生する可能性のある最悪のLOCAとして事故解析を行つた本件安全審査における判断には、更に苛酷な事態をも生じうることが明らかでない限り、相当の合理的根拠があるものと認めるのが相当である。

(四) 原告らは、単一故障の想定のみでは不十分であることの根拠として、まず、本来独立なものであるべき複数の安全装置が、共通の原因により同時に故障する事態がありうるとし、共通原因の例として、地震、火災及び人為操作をあげ、実際にそのような事態が生じた事例として、米国のブラウンズ・フェリー原子力発電所一号炉の火災事故及びTMI事故をあげている。そして、<証拠>等の中には、右主張に沿う部分がある。原告らの指摘するような共通原因に基づく事故、故障が理論上ありうることは、これも自明というべきであるが、その結果、重大な事故に発展するおそれのあるものが、本件原子炉施設において現実に発生する可能性があるかどうかが問題とされるべきである。

そこで、原告らが具体的に主張するもののうち、まず地震についてみるに、本件原子炉施設においては、十分な耐震設計がされることは前判示のとおりであるから、そのために機器の故障が発生するものとは考え難い。

次に、火災についてみるに、<証拠>によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設に消火装置が設けられることが確認されたことが認められるものの、そのほかに、特に具体的に防火対策が講じられているかどうかを審査したものと認めるに足りる証拠はない。しかし、具体的な防火対策は、基本設計において立てておくことも考えられるが、原子炉施設の本体的部分は金属と鉄筋コンクリートにより構成されていること、防火対策はおよそあらゆる施設において当然考慮されなければならないこと等に鑑みれば、詳細設計、工事、運転管理において対処されれば、一応足りるものと解される。そして、検証の結果によれば、本件原子炉施設においては、火災対策上最も重要と考えられる電気ケーブルは、格納容器内については総て不燃性のものを用いた上で、金属性の電線管に入れて不燃化し、格納容器外では難燃性のものを使用した上で、垂直部分や交差部分に延焼防止剤を塗布する等の火災対策が採られていることが認められる。したがつて、万一火災が発生しても、ケーブルの焼損により電気系統が同時に複数の故障を生じることはないように詳細設計及び工事において対策が立てられているものというべきである。なお、原告らの指摘するブラウンズ・フェリー発電所における火災事故は、<証拠>によれば、異常状態発生時に発生したものではない上、その態様は、原子炉建屋のケーブル貫通部でケーブル引替作業を行つた作業員が、貫通部の気密性を確認するために用いたろうそくの炎を誤まつてケーブル周囲に詰めたポリウレタン材に着火させ、更にこれが可燃性のポリビニルクロライド製のケーブル絶縁材に燃え移つたものであること、消火に手間どつたため、ケーブル約一六〇〇本が損傷し、そのため全部のECCSを含む多くの機器が操作不能に陥つたこと、事故の主な原因は、①ろうそくの使用という不必要な発火源があつたこと、②ポリウレタン材のように設計上考慮されていない可燃性の高い物質が使われていたこと、③火災検知機の配置が不適切であつたこと、④炭酸ガス・スプリンクラの作動がロックされていたこと、⑤初期消火に失敗した後、水を使うことをためらつたこと、⑥酸素マスクの数が不足していたこと、⑦多重設備の物理的分離に対する従来の基準がいささか不足するところがあつたこと等であつたといわれていること、我国においては、気密性の確認にろうそくが使われることはなく、線香の煙が使われ、また、ポリウレタン材のような可燃物は使用されていないことが認められる。右のとおり、ブラウンズ・フェリー発電所の火災事故は、特殊な状況の下で、作業員の初歩的なミスに基づいて発生し、詳細設計、工事、保守、管理、訓練、消火活動の不手際等が重畳してこれが拡大したものであることが明らかである。したがつて、右のような火災事故の防止は、主として詳細設計以降の段階において適切な対策を立てることにより十分対処しうるものというべきであり、本件原子炉施設において同様の事故が発生することを想定して基本設計上の対策を講じなければならないものとは認め難い。しかも、前記のとおり、本件原子炉施設においては、電気ケーブルについて火災対策が講じられているから、たとえ火災が発生しても、ブラウンズ・フェリー発電所のように次々にコードに延焼することはないと認められるから、右発電所の火災事故を根拠に本件安全審査における事故解析が不十分であるということはできない。

そして、原告らは、共通原因として人為操作をあげる。確かに、人為操作によりいくつもの安全施設の機能が停止させられたり、誤つた操作を次々に行うことも考えられなくはなく(特に、意図的なものについては深刻な事態も考えうる。)、また、異常状態の発生した際に運転員に完璧な操作を期待することは、本来不可能というべきであろう。しかし、誤操作による事故の防止は、前記認定のとおり一定の典型的なものについてインターロック等の対策が基本設計上も考慮されているが、本来、運転方法や異常状態発生時の操作手順についての説明書の作成、これに基づく運転員の教育、訓練等、原子炉の運転管理上対処されるべき事項であつて、基本設計上あらゆる誤操作を想定しなければならないものとは解し難い。また、原告らのあげるTMI事故を根拠に本件安全審査における事故解析が不十分であるということもできない。これらの点については、後にTMI事故に関連して判示する。

以上のほかにも共通原因故障は種々想定しうるであろうが、本件安全審査において想定された事故よりも深刻な事態を招来するような具体的共通原因故障が、本件原子炉施設において現実に生じるおそれがあることを認めるに足りる証拠はない。

(五) 原告らは、深刻な炉心損傷の発生する確率は無視しえないほど大きく、また、二つ以上の故障が独立の原因で偶発的に同時に発生する確率も無視しうるほど小さくはないと主張し、その根拠として、ASP報告のデータをあげる。

確かに、<証拠>によれば、昭和五七年六月に発表された米国オークリッジ国立研究所(ORNL)による報告(ASP報告、NUREG―CR二四九七)において、米国における昭和四四年から昭和五四年までの一一年間の原子炉運転に係る異常事象のデータから、深刻な炉心損傷事故の発生頻度を一〇〇〇分の一・七から一〇〇〇分の四・五毎炉年と推定しており、また、米国のBWRの故障等の発生確率は、三〇分以上の外部電源喪失が一年当たり〇・〇三〇、小破断LOCAが一年当たり〇・〇二一、非常用電源の不起動が一必要当たり〇・〇〇五等とされていることが認められる。

しかしながら、まず右の深刻な炉心損傷の発生頻度(確率)の評価についてみるに、<証拠>によれば、ORNL自身が、昭和五八年に、米国における昭和五五年及び昭和五六年のデータに基づけば、大事故の発生頻度は四〇〇〇炉年に一度(一万分の二・五毎炉年)となると発表したことが認められる。このように、ORNL自身の評価も極めて誤差の大きいものであることが明らかである上、これらはいずれも米国における運転経験に基づいて推定されたものであつて、本件原子炉施設に直ちに妥当するものであるとはいい難い。のみならず、<証拠>によれば、環境に大量の放射性物質を異常放出するような炉心溶融事故の発生確率については、昭和五〇年にラスムッセン報告が公表されて以来、様々な者により様々な数値の推定がされてきたが、推定値の違いが極めて大きく、定説といえるような推定値はないこと、現在のところ、むしろ、定量的な事故発生確率の推定をすることは、不可能ないし無意味であるとする見解が支配的であることが認められる。したがつて、本件安全審査当時はもとより、現在においても、本件原子炉施設において現実に起こりうる最悪の事故を想定する前提として、深刻な結果を招来する各種事故の発生の可能性がどの程度あると考えるべきなのかは、結局、専門家が専門技術的知見に基づいて判断するほかはなく、しかもその結果は数値をもつて示すことのできないものというほかはない。そうすると、ASP報告における深刻な炉心損傷事故の発生頻度の推定値を根拠に、本件安全審査における安全審査会の判断が合理性を欠くものと断ずることは、困難といわざるをえない。

次に、ASP報告の故障発生確率のデータについてみるに、これらはやはり米国のデータであるから、直ちに本件原子炉施設に妥当するものとはいい難いが、仮に本件原子炉施設にも妥当するものと仮定して、検討をしてみる。例として本件安全審査において想定されたLOCAを採り上げてみると、右LOCAについては、前判示のとおり、①冷却材再循環系配管のギロチン破断、②外部電源喪失、③低圧炉心スプレイ系の非常用ディーゼル発電機の故障を想定している。ASP報告にこれらに相当するデータがあるものと認めるに足りる証拠はないので、前記認定のデータから、①小破断LOCA、②三〇分以上の外部電源喪失、③非常用電源の不起動の重畳する事態を想定するものとする。右事態の発生確率が、原告らの主張するとおり各確率の単純な積であるとしても、前記認定のデータによる限り、一〇〇万分の三・一五となる。この数値自体、非常に小さいが、右の①及び②のデータは、いずれも一年当たりのものであるから、その確率の積は同一の年に①及び②がそれぞれ発生する確率であつて、①が発生すると同時に②が発生する確率ではないことが明らかである。そこで、①と②が同一日に発生する確率(厳密には同時でなければならない。)を求めるためには、更に三六五で除する必要があり、その結果は、一〇億分の八・六三となる。この数値は、本件安全審査におけるLOCAの想定とは非常に異なる想定のLOCAについてのものである(たとえば、本件原子炉の再循環系配管のギロチン破断は、小破断LOCAよりも格段に発生確率が小さいことが明らかである。)から、本件安全審査において想定されたLOCAの発生確率ということができないことは明らかであるが、原告らの指摘したASP報告のデータをあえて参考にすれば、極めて小さな確率にしかならないことが明白である。

(六) そして、本件安全審査において行われた前判示のような単一故障を想定した事故解析をすれば現実に発生するおそれがある事故の解析としては十分であるとする見解が専門家の間にあることが、<証拠>等により認められ、証人水戸巌の証言等によれば、単一故障の想定では不十分とする専門家の見解も存することが認められるが、後者の見解が支配的であるとまでは到底認められない(なおTMI事故との関係については、後に判示する。)。

(七) 以上の諸点を総合考慮すれば、本件安全審査において前記認定のような単一故障を想定して事故解析を行つたことには合理的根拠があり、その結果、炉心溶融にまで至らないものと判断されたのであるから、炉心溶融の事態を想定しなかつたこと及び炉心溶融が生じた場合の対策について検討しなかつたことにも合理的根拠があるものと認めるのが相当であり、これらの点において本件安全審査に裁量権の逸脱等があつたものということはできない。

四結論

以上のとおり、本件原子炉施設の事故防止に係る安全確保対策に関する原告らの主張はいずれも失当であつて、この点に関する本件安全審査の内容には合理的根拠があり、裁量権の逸脱等があるものとは認められない。

第四本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策

一平常運転時における被曝低減対策

前判示のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策として、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量につき、これによる公衆の被曝線量を、第一に、法令の定める許容被曝線量以下とし、かつ、第二に、実用可能な限り右の許容被曝線量より低減させることとするための各対策が講じられているかどうかについて検討したものであるところ、このような審査方針自体には裁量権の逸脱等がないことは、既に判示したとおりである。そして、<証拠>によれば、本件原子炉施設は、その基本設計において、これらの対策に係る安全性を確保しうるものと判断されたことが認められる。

その具体的審査内容についてみるに、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の1ないし5のとおりであつたと認められる。

1本件安全審査においては、本件原子炉施設の被曝低減対策の審査は、第一に、本件原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を可及的に抑制するための諸対策が講じられているかどうか、第二に、環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量の評価値が許容被曝線量年間〇・五レムを下回り、かつ、実用可能な限り更に一層低く抑えられるものといえるかどうか、第三に、環境に放出される放射性物質の放出量、環境中における線量率等を適確に監視することのできる放射線管理設備が設けられるものかどうかを、それぞれ確認する方法により行われた。

2右の被曝線量評価は、先行炉における評価結果、運転実績等に鑑み、気体廃棄物については希ガスのガンマ線による全身被曝線量を、液体廃棄物については主要な核種による全身被曝線量を採り上げて行えば、他の形態の被曝評価を行わないでも、十分妥当な結論を出すことができるものと判断された。

3環境への放射性物質放出の抑制

本件安全審査においては、本件原子炉施設は、以下のとおり、その基本設計において、原子炉施設の平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の量を可及的に抑制するための諸対策が講じられているものと判断された。

(一) 放射性物質の冷却水中への出現の抑制

原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量を低減するためには、まず、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制することができなければならない。そこで、前判示の原子炉の平常運転に伴い原子炉施設内に蓄積される主な放射性物質である①燃料の核分裂反応によつて燃料被覆管内に生成される核分裂生成物等と、②冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食によつて生成された腐食生成物等が中性子により放射化されることによつて生じる放射化生成物のうち、前者については、それを燃料被覆管内に閉じ込めることにより、また、後者については、冷却水についての適切な水質管理を行うこと等によつて、冷却水中へのこれらの出現を極力防止する設計とされるべきである。

この点につき、本件安全審査においては、まず、核分裂生成物等に対する事故防止対策について既に判示したとおり、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管の健全性が維持されるような設計となつていることが確認され、次に、放射化生成物について、冷却水の水質を腐食の生じ難い清浄な状態に保つために原子炉冷却材浄化系、復水脱塩装置等の水質管理を行う設備が設けられるとともに材料には主として腐食しにくいステンレス鋼が使用されること等が確認された結果、本件原子炉施設は、放射性物質が冷却水中に現れるのを抑制できるものと判断された。

(二) 冷却水中から原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質の処理

原子力発電所においては、右(一)の対策にもかかわらず、一部の燃料棒の燃料被覆管にピンホールが生じる可能性を完全に消去することができず、このピンホール等から核分裂生成物等が冷却水中に漏洩することがあり、また、冷却水が接する機器や配管の内面等の総てにわたつて腐食を完全に防止することは困難であるから、微量の放射化生成物の発生も不可避である。これらの理由から、冷却水中に微量の放射性物質が現れることは避けられない。そこで、冷却水中の放射性物質が原子炉冷却系統設備外に現れる際に、適切な処理を行うことにより、環境への放射性物質の放出をできる限り低く抑えなければならない。

この点について、本件安全審査においては、本件原子炉施設には、以下のとおり、気体、液体、固体の各形態に応じて適切に放射性物質を処理しうる放射性廃棄物廃棄設備が設けられ、環境への放射性物質の放出が可及的に低く抑えられるものと判断された。

(1) 気体状の放射性物質

本件原子炉施設において発生する主な気体状の放射性物質としては、①平常運転時に復水器内の真空を保つため復水器空気抽出器により連続的に抽出される復水器内の空気の中に含まれる放射性物質、②タービンの停止後比較的短時間のうちにこれを再起動させる際に、復水器内を真空にするために用いられる真空ポンプの運転により復水器内から間欠的に放出される空気の中に含まれる放射性物質(なお、点検、補修等のためタービンの停止から比較的長時間後にこれを再起動させるに際し真空ポンプを運転する場合においては、右停止中に復水器内の放射性物質の放射能が減衰し、放出される放射性物質の量は無視しうる程度となる。)の二種類がある。これらの気体状の放射性物質には、希ガス、粒子状放射性物質等がある。 本件安全審査においては、本件原子炉施設に、右の①の連続放出に係る放射性物質については、希ガスを三〇分間減衰させる放射能減衰管、クリプトンについて四〇時間以上、キセノンについて二七日間以上の保留時間を有する活性炭式希ガスホールドアップ装置、粒子状放射性物質を捕捉するフィルタ(ろ過器)、希ガス等を拡散、希釈するための地上高約一二五メートルの排気筒等がそれぞれ設けられること、右②の間欠放出に係る放射性物質については、右の排気筒等が設けられること等が確認された。その結果、本件原子炉施設には、気体状の放射性物質を適切に処理しうる廃棄設備が設けられるものと判断された。

(2) 液体状の放射性物質

本件原子炉施設において発生する主な液体状の放射性物質としては、ポンプ、バルブ等からの漏洩水等のうち、①比較的放射能濃度が高い機器ドレン廃液、②比較的放射能濃度が低い床ドレン廃液、③復水脱塩装置の樹脂や廃棄物処理設備で使用された樹脂を再生する際に発生する再生廃液等の比較的放射能濃度が高い化学廃液、④発電所の従業者が使用した衣類等を洗濯する際に発生する廃液で、放射能濃度が極めて低い洗濯廃液の四種類がある。

本件安全審査においては、本件原子炉施設に、右①の機器ドレン廃液については、固形分を取り除くためのろ過装置、イオン状物質を取り除くための脱塩装置等が設けられること(処理水は、原子炉の冷却水等として再使用される。)、右②の床ドレン廃液については、右ろ過装置、蒸留するための蒸発濃縮装置等が設けられること(蒸留水は、原則として脱塩処理をした後、原子炉の冷却水等として再使用される。蒸留水の一部及びろ過水は、復水器冷却用の海水に混合、希釈して、環境に放出される。蒸留した際に残る濃縮廃液は、固化して固体状の放射性物質として処理される。)、右③の化学廃液については、右蒸発濃縮装置等が設けられること(蒸留水及び濃縮廃液は、右②のドレン廃液の場合と同様に処理される。)、右④の洗濯廃液については、右ろ過装置が設けられること(ろ過水は、右②のドレン廃液の場合と同様に処理される。)等が確認された。その結果、本件原子炉施設には、液体状の放射性物質を適切に処理しうる廃棄設備が設けられるものと判断された。

(3) 固体状の放射性物質

本件原子炉施設において発生する主な固体状の放射性物質としては、①冷却水の浄化処理等のために使用される脱塩装置等から発生する使用済樹脂等、②液体状の放射性物質の蒸発濃縮装置から発生する濃縮廃液(を固化したもの)、③機器の点検や修理の際に冷却水に触れるなどして放射性物質が付着した布きれや紙屑等の雑固体廃棄物の三種類がある。

本件安全審査においては、本件原子炉施設に、右①の使用済樹脂等については、比較的放射能濃度の低いものを固化剤と混合してドラム缶詰めする装置及び比較的放射能濃度が高いものを貯蔵して放射能を減衰させるための貯蔵タンクが設けられること、右②の濃縮廃液については、いつたん貯蔵して放射能を減衰させるための貯蔵タンク及び固化剤と混合してドラム缶詰めする装置が設けられること、右③の雑固体廃棄物については、圧縮減容する装置及びドラム缶詰めする装置が設けられること、更に、右の各ドラム缶は、固体廃棄物貯蔵設備に貯蔵、保管しうること等が確認された。その結果、本件原子炉施設には、固体状の放射性物質を適切に処理しうる廃棄設備が設けられるものと判断された。なお、右のドラム缶又は貯蔵タンクを用いての貯蔵、保管は、海洋投棄等固体廃棄物の最終的な処分方法が確立されるまでの間の一時的な措置である。

4公衆の被曝線量の評価

本件原子炉施設については、以上のとおり、環境への放射性物質放出の抑制対策が講じられていることから、環境へ放出される放射性物質は、本件原子炉施設において発生した放射性物質のうち気体状のもの及び液体状のもののごく一部に限られる。そして、これらの環境に放出される放射性物質による公衆の被曝線量は、本件安全審査において、以下のとおり評価され、その評価値が許容被曝線量年間〇・五レムを下回ることはもちろん、実用可能な限り更に一層低く抑えられるものと判断された。

(一) 本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量の評価方法は、以下のとおりであつて、妥当なものであると判断された。

(1) 気体廃棄物

本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴つて大気中に放出される気体廃棄物のうち、①復水器空気抽出器により復水器から連続的に抽出される空気に含まれる放射性希ガスの量は、年間約四万三〇〇〇キュリー(毎秒一・七ミリキュリー、年間稼動率八〇パーセント)、②真空ポンプの運転により復水器から間欠的に放出される空気に含まれる放射性希ガスは、年間一万二五〇〇キュリー(一回当たり二五〇〇キュリー(五〇〇キュリー・メガエレクトロン・ボルト)、年間五回)と、それぞれ想定されている。このうち、右①の毎秒一・七ミリキュリーという値は、燃料被覆管に希ガスの漏洩率が毎秒一キュリー(三〇分減衰値)となるような損傷が生じた状態において運転を継続するという厳しい条件のもとに想定されたものである。また、右②の一回当たりの放出量及び年間の放出回数は、先行炉の実績を踏まえて想定されたものである。

そして、本件原子炉施設から大気中に放出された気体廃棄物は、大気中で拡散し、希釈されて、本件周辺監視区域外に到達するところ、右拡散、希釈の状況については、現地において季節ごとの変化を考慮して一年間にわたつて行われた気象観測の実測値を用いてパスキルの拡散式により計算したものである。

以上の点等が確認された結果、気体廃棄物による公衆の被曝線量の評価の前提条件等評価方法は、妥当なものであると判断された。

(2) 液体廃棄物

本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴つて海水中に放出される液体廃棄物の量は、先行炉における実績等を考慮して、トリチウム以外のものが年間一キュリー、トリチウムが年間一〇〇キュリーと想定されている。

また、本件原子炉施設から海水中に放出された液体廃棄物は、海水中で拡散し、希釈されて、海産物等に取り込まれ、それを公衆が摂取すること等によつて公衆が被曝することになるところ、本件安全審査においては、右の海水による拡散、希釈を全く考慮せずに濃度計算をし、また、住民が放射性物質で汚染された魚類を一日一〇〇グラム、海藻を一日一〇グラム毎日連続して一年間摂取するものとして、被曝量の評価をしている。すなわち右評価は、液体廃棄物の海水中への放出口に海産物が一年間終始生息し続け、それが採取されて公衆の食用に供され、同一人が毎日続けてそれだけを一年間摂取し続けるという、実際にはありえない厳しい条件を仮定したものである。

以上の点等が確認された結果、液体廃棄物による公衆の被曝線量の評価の前提条件等評価方法は、妥当なものであると判断された。

(二) 以上のような評価方法により、本件原子炉の平常運転に伴う公衆の被曝線量の最大値は、放射性希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝線量が年間約〇・八ミリレム(なお、ベータ線による被曝線量年間約〇・一ミリレム)、液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量が年間約〇・〇五ミリレムと評価された。その結果、本件原子炉施設は、その平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質に起因する公衆の被曝線量の評価値が、許容被曝線量年間〇・五レムをはるかに下回るのはもちろんのこと、実用可能な限り更に一層低く抑えられるものと判断された。

(三) 本件原子炉の設置される東海地区には、本件原子炉施設のほかにも、周辺公衆の被曝線量に寄与する原子力施設が存在する。そこで、本件安全審査においては、放射性物質の使用量、使用条件等からみて周辺公衆の被曝線量に対する寄与が無視しえないと思われる日本原電東海発電所、原研及び動燃の再処理工場から放出される放射性物質による被曝との重畳を検討評価し、その評価値も、許容被曝線量年間〇・五レムを超えることはないかが審査された。

まず、気体廃棄物については、ベータ線とガンマ線とでは物質を透過する力が著しく異なり、ベータ線による被曝は実質的には皮膚被曝であるのに対し、ガンマ線による被曝は全身被曝であつて、生体に与える影響の重要性にも格段の差異があるものと判断された結果、本件安全審査においては、ガンマ線による全身被曝のみを採り上げて、被曝の重畳につき評価すれば、十分であると判断された。その結果、日本原電、原研、動燃の各周辺監視区域外におけるガンマ線による最大全身被曝線量は、年間約一二ミリレムと評価された(なお、原子力委員会再処理施設安全審査専門部会において動燃再処理施設の安全性の審査がされた際の同施設から放出される気体廃棄物による全身被曝線量評価値は年間三二ミリレムとされているが、そのほとんど総てがベータ線による被曝であつて、実質的に皮膚被曝であり、被曝の重畳の評価に際しては、検討する必要がないものと判断された。)。そして、この評価値は、許容被曝線量年間〇・五レムを十分下回るものであると認められた。

また、液体廃棄物については、本件原子炉施設から放出される液体廃棄物による被曝線量が、前記のとおり、年間約〇・〇五ミリレムと極めて小さいこと、動燃の再処理施設から放出される液体廃棄物による被曝は、原子力委員会再処理施設安全審査専門部会において、年間約一二ミリレムと評価されたこと、右再処理施設その他の原子力施設から放出される液体廃棄物による被曝線量は、許容被曝線量年間〇・五レムに比べて十分小さいこと、たとえこれらの諸施設から放出される液体廃棄物によつて重畳して被曝したとしても、右各施設の被曝線量評価値の和を上回ることはないこと等から、あえて液体廃棄物による被曝の重畳を評価する必要はないものと判断された。

5放射性物質の放出量等の監視

原子炉施設の平常運転に伴つて放射性物質を環境に放出するに当たつては、放射性廃棄物廃棄設備が正常に機能していること等を確認するために、その放出量及び放出後における線量率等を適確に監視することのできる設備を設けることが必要であるところ、本件安全審査においては、次のとおり判断された。

まず、気体廃棄物については、排気筒から環境への放出量を連続的に監視するため、排気筒に放射線モニタが設けられること、液体廃棄物については、環境に放出する前に放射性物質の濃度が十分低いことを確認するため、いつたんサンプルタンクに貯留し、放射性物質の濃度をサンプリングして測定する設備が設けられること、復水器の冷却水放水路につながる排水管には放出量を連続的に監視しうる放射線モニタが設けられること等が、それぞれ確認された。また、環境中の線量率等の監視については、本件原子炉施設の周辺にモニタリングポスト等の線量率等を測定する設備が設けられること等が確認された。その結果、本件原子炉施設には、その平常運転に伴つて環境に放出される放射性物質の放出量、環境中における線量率等を、それぞれ適確に監視することのできる放射線管理設備が設けられるものと判断された。

以上認定の1ないし5の具体的審査内容によれば、本件安全審査における本件原子炉施設の平常運転時の被曝低減対策に係る安全性の判断は、合理的根拠に基づいて行われたものであると、一応認めることができる。そこで、この点に関する原告らの主張について検討し、右判断に裁量権の逸脱等があつたかどうかを、次に判断することとする。

二原告らの主張に対する判断

1平常時被曝の危険性について(原告らの主張第六節第二款第二)

(一) 日常的放射能放出について

(1) よう素及び粒子状放射性物質による被曝の無視について

原告らは、本件安全審査においては気体廃棄物のうちよう素及び粒子状放射性物質による被曝が無視されていると主張する。

しかしながら、証人浜田達二の証言によれば、本件安全審査においては、本件原子炉施設から放出されるよう素及び粒子状放射性物質の量が、定性的に評価して放射性希ガスの数千分の一ないし数万分の一以下と極めて少なく、全身被曝に対する寄与も非常に小さい上、部分被曝に比べれば全身被曝のほうがはるかに重要であり、放射性物質の食物中ないし人体内における濃縮を考慮してもなお、これらについて特に定量的な評価までしなくても、安全性の判断に欠けるところはないと考えられたことが認められる。これに対して原告らの主張するところは、単に抽象的に、放出される放射性物質の核種が多種類であり、微量でも内部被曝を与えると指摘するのみであつて、右の判断が合理性を欠くことを根拠づけるに足りるものとはいい難い。また、証人市川定夫の証言中にも、原告らの右主張に沿う部分があるが、やはり一般的によう素や粒子状放射性物質による内部被曝による危険性、よう素の植物体内における濃縮率の高さ等を供述するにとどまるものであつて、これのみをもつてしては、これらの点をも考慮した上で、よう素や粒子状放射性物質の定量的評価までは必要としないとした前記判断が合理性を欠くものと断ずるには足りない(なお、同証人がムラサキツユクサによる環境モニタリングの結果を根拠に被曝評価が過小である旨証言していることについては、後に別に検討する。)。また、<証拠>によれば、本件原子炉施設から放出された気体廃棄物の年間放出量の実績値は、最大でも放射性希ガスが三・三キュリー(本件安全審査における評価値の約一万七〇〇〇分の一)、よう素一三一が一・七ミリキュリーにすぎないことが認められ、右事実によつても、本件安全審査における気体廃棄物の評価は合理的根拠に基づいていたということができる。

(2) 連続放出に係る気体廃棄物の評価の誤りについて

原告らは、本件安全審査において本件原子炉施設からの連続放出に係る気体状放射性物質の量が毎秒一・七ミリキュリーと評価されているが、これは過小であり、かつ、これには希ガスホールドアップ装置が有効であるとの前提があるけれども、同装置は信頼できないので、右評価は誤りである旨主張する。しかし、同装置が信頼できないことの根拠は明らかではなく、また、これに沿う証拠もない。むしろ、<証拠>によれば、その有効性は実際の運転により実証されているものと認められる。また、本件原子炉施設からの気体廃棄物の放出実績が極めて低い値であることは前認定のとおりであつて、本件安全審査における評価が過大でこそあれ、過小でないことは明らかというべきである。よつて、原告らのこの点に関する主張は失当である。

(3) 間欠放出に係る気体廃棄物の評価の誤りについて

原告らは、本件安全審査において本件原子炉施設からの間欠放出に係る気体状放射性物質の量が年間一万二五〇〇キュリー(二五〇〇キュリー・メガエレクトロン・ボルト)と評価されていることにつき、第一に過小評価であるとし、第二に右の放出量自体非常に大量であつて、許容しえない旨主張する。

このうち、まず過小評価の点について検討するに、<証拠>によれば、本件安全審査においては、敦賀及び福島の原子力発電所の運転実績に基づいて、一回当たり二五〇〇キュリーの間欠放出が年間五回あるものと想定すれば十分安全余裕を見込むことになると判断された結果、右の評価がされたものであることが認められる。そして、右の評価が過小であることを根拠づけるに足りる事実は認められない。確かに、八四部会の中間報告においては一回当たり七五〇〇キュリーの間欠放出が年間一五回あるものと想定されていたが、その後、結局前記のとおりの最終評価がされたことは前判示のとおりであつて、その手続きには特段の違法はなく、<証拠>によれば、むしろ右中間報告における想定が過大であつたと最終的に判断されたことが認められる。そうすると、右のような経緯があつたことから、右年間一万二五〇〇キュリーとの評価が過小であるということはできない。

なお、<証拠>によれば、前記認定のとおり、原子炉停止後の再起動の場合中でも、点検、補修のための停止に際しては、再起動までの期間が長いために、希ガスの放射能はほとんど減衰してしまうから、間欠放出として特に採り上げる必要がないと判断されたことが認められる。これに対し、原告らは、むしろこれらの場合に放射能放出が顕著である旨主張する。しかし、右証言によれば、本件原子炉施設自体の現実の運転経験上、右のような停止に際しては排気筒モニタにより特段の放射能排出が検知されなかつたことが認められるから、右主張は失当である。原告らの掲げる根拠も右認定事実に鑑みれば、その主張を裏付けるに足りるものとは解し難い。なお、本件原子炉施設の気体廃棄物の放出実績は前記(1)認定のとおりであるから、この事実からしても、本件安全審査における間欠放出に係る気体状放射性物質の評価が過小ではないことが明らかである。

次に、年間一万二五〇〇キュリーの放出量が許容しえない大量のものであるか否かについてみるに、前掲乙第五号証によれば、右の間欠放出による周辺監視区域外での最高放射線量は、年間約〇・六ミリレム(ベータ線表面線量約〇・〇八ミリレム)にすぎないことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうすると、前記認定のとおりの他の放射性物質の放出量をも斟酌の上、右間欠放出に係る放射性希ガスの放出量が、前記審査方針に適合するものであるとした判断に、裁量権の逸脱等があるものとは認められない。

(4) 気体廃棄物の過大な拡散、希釈について

原告らは、本件安全審査においては、気体廃棄物について過大な拡散、希釈を仮定していると主張する。

しかしながら、<証拠>によれば、原告らの指摘するパスキルの拡散式(英国気象局方式)は、大気拡散の推定式の代表的なものの一つで、我国だけでなく英国や米国においても用いられていること、他の代表的な拡散式を用いても、パスキルの拡散式を用いても、パラメータの値を適当に選ぶことにより大差なく濃度を推定することができることが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。そして、本件原子炉施設に関してパスキルの拡散式を適用することが不適当であることの根拠は明らかではなく、これを認めるに足りる証拠もない。なお、本件安全審査においては、現地における一年間の気象観測の実測値を用いて計算がされていることが確認されたことは、前記認定のとおりである。また、原告らは、地表面による反射効果の挿入が不当であると主張するが、その根拠も明らかでなく、これに沿う証拠もない。よつて、右主張は失当である。

(5) 液体廃棄物の核種の不当な限定について

原告らは、本件安全審査においては液体廃棄物による被曝評価を正当な理由なく六種類のガンマ線放出核種のみに限定して行い、他の核種、とりわけトリチウムを無視したと主張する。<証拠>中にも、挙動のわかつている核種のみを採り上げて評価したにすぎないものである旨の部分がある。

しかし、まず、トリチウムについては、本件安全審査においてこれが無視された、すなわち評価の対象とならなかつたのではなく、本件原子炉施設から海水中へ放出されるトリチウムを年間一〇〇キュリーと想定したことは前記認定のとおりである。そして、<証拠>によれば、右のトリチウムの放出量からすれば、これによる全身被曝線量は、トリチウムを除く液体廃棄物による全身被曝線量に比べて極めて低く無視できる程度であると評価されたものであること、その根拠は、トリチウムは海産生物により濃縮されないものであり、その放出するベータ線のエネルギーが非常に小さいものであることにあることが認められる。原告らの主張するトリチウムの性質は、右の評価自体を何ら否定するものではなく、他に右の評価が合理性を欠くことを肯認するに足りる根拠はない。

次に、その他の核種についてみるに、<証拠>によれば、本件安全審査においては、液体廃棄物に含まれる核種のうち量が多くかつ全身被曝に支配的なものとして六核種を採り上げて定量的な被曝評価をすれば、本件原子炉施設の安全性を確認するのには十分であると判断されたこと、並びにその根拠は、被曝の評価に用いた条件が厳しいためかなり安全側に評価されること、及び先行炉の経験と科学的推論により液体廃棄物中に含まれる核種の種類と割合が一応分かつていること等であることが認められる。右事実及び右の主要六核種の評価値がわずかに年間約〇・〇五ミリレムであつたことに鑑みれば、右主要六核種以外の核種について定量的評価をしなかつたことには合理的根拠があるものということができ、この点に裁量権の逸脱等があるものとは認められない。<証拠>中の前記部分は、右の主要六核種以外の核種による被曝が定性的に無視しえないものであることを根拠づけるものとは認められず、右の判断を左右するには足りない。

(6) セシウム一三七の濃度の過小評価について

原告らは、本件安全審査に使用したセシウムの濃度値の一〇〇倍の濃度のセシウム一三七が現実に日本原電により放出されているから、本件安全審査の評価値は誤りである旨主張する。

しかしながら、原告らの主張する現実の放出濃度値は、これを適確に認めるに足りる証拠がない上、<証拠>によれば、右主張に係る放出実績値は、その主張の時期(本件発電所の稼動前の昭和五二年一二月二二日付準備書面によることが、本件記録上明らかである。)から、本件発電所によるものではなく、日本原電東海発電所によるものと考えられるところ、同発電所はガス冷却型(GCR型)原子力発電所であつて、BWRである本件発電所とは全く構造等を異にするものであることが認められる。したがつて、仮に原告らの主張のとおりのセシウム一三七の放出が東海発電所からされていることが事実としても、本件安全審査で用いられた値が誤つていることの根拠とはなりえないものである。よつて、原告らの右主張は失当である。

(7) 海産物摂取量の過小評価について

原告らは、茨城県沿岸住民を対象とした海産物消費実態調査の結果によれば、海産物摂取量は本件安全審査で採用した摂取量より約七倍も多い旨主張する。

しかしながら、原告らの主張する調査結果を適確に認めるに足りる証拠はなく(前掲甲第二七九号証中には、本件安全審査で採用した摂取量より多く摂取する人がかなりいるとの放射線医学総合研究所の調査結果があるとの部分があるが、それ以上に具体的ではない。)、証人浜田達二の証言によれば、本件安全審査において採用した一日当たり魚類一〇〇グラム、海藻一〇グラムという摂取量は、財団法人原子力安全研究協会の海洋放出特別委員会において検討された東海村住民の摂取量に基づくものであることが認められるから、原告らの主張は失当である。

(8) 濃縮係数の過小評価について

原告らは、本件安全審査において用いられた海産物による濃縮係数は、過小である旨主張し、その根拠として、NASの報告した濃縮係数は右濃縮係数の一万倍も高いことを挙げる。

しかし、右NASの報告した濃縮係数を適確に認めるに足りる証拠はない上、<証拠>によれば、本件安全審査において用いられた濃縮係数は、その当時公表された各種データの中で厳しい値を採用したものであることが認められる。また、仮にNASの報告中に原告らの主張に沿う濃縮係数値が存在するとしても、これが、本件原子炉施設近傍の海域における食用海産物に妥当する数値であることまでを肯認できる証拠もないから、そのことから直ちに本件安全審査において用いられた値が不当であると断ずることはできない。したがつて、本件安全審査において用いられた濃縮係数値が合理的根拠を欠くものということはできず、この点に裁量権の逸脱等があるものということはできない。

(9) 中性子スカイシャイン線量の無視について

原告らは、本件安全審査において中性子スカイシャイン線量が評価されていないと主張する。

<証拠>によれば、日本原電東海発電所において、中性子が周辺監視区域外に漏れ出ていることが測定されたこと、このように原子力発電所の天井から漏れ出た中性子が空気散乱現象により周辺に降り注ぐいわゆるスカイシャイン線量を問題として指摘する者がいることが認められる。しかし、<証拠>によれば、東海発電所(GCR型)は、格納容器を有さず、中性子を吸収する水を使つていない上、原子炉が大きくて遮へいがしにくいことから、中性子が漏れやすいものと考えられることが認められる。ところが、前判示のとおり、中性子線は水によつてよく減速され、厚いコンクリート壁等により遮へいすることができるものであるところ、本件原子炉施設の場合には、その炉心において軽水が中性子線の減速材の役目をしているものであり、<証拠>によれば、本件原子炉の炉心の上部には、圧力容器、格納容器、遮へいコンクリートがあり、更にその上に原子炉建屋のコンクリート製の天井があつて、これらにより中性子線が四囲だけでなく上部に漏れることをも遮へいしており、実際にも中性子線が放出されていることを検出することができない程度であることが認められる。したがつて、原告らの右主張は失当である。

(10) 平常運転時の放射能と事故時の放射能について

原告らは、平常運転時と事故時における放射性物質の放出量についての評価値を対比させて、平常運転は事故を頻発させるのに等しい(すなわち、気体廃棄物として、平常運転時に年間約五万五五〇〇キュリーの放出量であるのに比して、例えば重大事故時には一回当たりの希ガスの放出量は約一万三六〇〇キュリーと想定されていることを対比すれば、年間約四回も重大事故を発生させることになる)旨主張する。

しかしながら、原告らの生命、身体等の安全に関しては、原告らの被曝線量(原告らに到達する放射性物質の線量)が問題とされるべきであつて、放射性物質の放出量を対比させることには特段の意義は見出せない。よつて、原告らの右主張は失当である。

(11) 原子力関係施設の集中化による重畳被曝評価の誤りについて

原告らは、重畳被曝について主張するが、まず、評価の対象とした核種が限定されていることが問題であるとする。しかし、本件原子炉施設から放出される気体廃棄物について核種を限定して定量的評価をしたことに違法性が認められないことは、既に判示したとおりである。また、動燃再処理施設による被曝については、<証拠>によれば、平常運転時に放出される一日当たりの気体状放射性物質の評価量の内訳は、クリプトン八五が八〇〇〇キュリーであるのに対し、トリチウムが四・九キュリー、その他の核種はいずれも一キュリーをはるかに下回ること、したがつて、そのほとんどがクリプトン八五による被曝と考えてよいことが認められる。よつて、原告らのこの点に関する主張は失当である。

次に、原告らは、クリプトン八五による被曝の評価が誤りである旨主張する。そして、動燃再処理施設の安全審査においては、全身被曝線量が年間三二ミリレムと評価されていたこと、その大部分はクリプトン八五によるものであることは、前記認定のとおりであり、ICRPがベータ線が一〇〇キロエレクトロン・ボルトを超えた場合は全身被曝と評価せよとの勧告をしたことは、当事者間に明らかに争いがなく、にもかかわらず、本件安全審査においては動燃再処理施設から放出される気体廃棄物による被曝線量評価値年間三二ミリレムは実質的に皮膚被曝であるという評価がされたことは、前記認定のとおりである。しかし、前記のとおり、ベータ線による外部被曝は皮下ほぼ二センチメートル以下の被曝でしかない上、仮に例外的に右ICRPの勧告が問題とされるとしても、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、右ICRP勧告は昭和三四年にされたものであること、動燃再処理施設の安全審査は昭和四四年に行われ、右ICRP勧告の知見に基づきクリプトン八五のベータ線の最大エネルギーが〇・六七五メガエレクトロン・ボルトであることから、これを全身被曝として評価したこと、ところが、昭和四五年になつて、米国のヘンドリクスンが、国際原子力機構及びAEC共催のシンポジウムにおいて、右のICRPの勧告のようにベータ線を全身被曝と評価すると、クリプトンについていえば約七〇倍もの過大評価となるとの指摘をしたこと、安全審査会は、このような新たな知見に基づいて、本件安全審査においては、クリプトン八五のベータ線を皮膚被曝として評価する旨決定したこと、ICRPも、昭和五三年に至つて、クリプトン八五のベータ線を全身被曝として評価する勧告を改め、これを皮膚被曝として評価するものとする新たな勧告を行つたこと、現在ではベータ線による外部被曝は一般に皮膚被曝と考えられていること、クリプトン八五はベータ線のほかにガンマ線も放出するが、その量は極めてわずかで、ベータ線がその放出エネルギーの大部分を占めることが認められ、これらの認定を覆すに足りる証拠はない。これらの事実によれば、本件安全審査において動燃再処理施設のクリプトン八五のベータ線による被曝を皮膚被曝として評価をしたことには、合理的根拠があり、この点に裁量権の逸脱等があるとは認められない。

また、原告らは、本件安全審査において実効エネルギーという物理学に基づかない便宜的パラメータを作り出したと主張する。しかしながら、<証拠>によれば、本件安全審査の後である昭和五一年九月二八日に原子炉安全技術専門部会の報告を受けて原子力委員会が定めた線量目標値評価指針においても被曝線量の評価に実効エネルギーを用いるべきことが定められていることが認められる。そして、これらの実効エネルギーを用いる評価方法が物理学に反するものと認めるに足りる証拠はない。よつて、原告らの前記主張は、失当というほかはない。

更に、原告らは、気体状(粒子状)及び液体状の放射性物質による被曝、外部被曝と内部被曝は、それぞれ合算されるべきである旨主張する。このうち、気体状放射性物質相互の重畳被曝については、既に判示したとおりである。液体状放射性物質相互の重畳被曝についても、既に認定したとおり、本件原子炉施設の放出する液体状放射性物質による被曝評価値は、前判示のような厳しい条件の下に計算しても年間約〇・〇五ミリレムと極めて小さいことなどから、あえて他の施設の放出するものとの重畳を定量的に評価するまでの必要がないものと判断されたものであつて、右の評価値及び条件に照らし(前記のとおり、右条件は本件原子炉施設の放出口に生息する海産生物のみを毎日摂取し続けるというものであるから、その上に更に他の施設の放出口に生息する海産生物をも摂取することは論理的にはありえない。)、右の判断には合理的根拠があるというべきである。そして、気体状放射性物質と液体状放射性物質の重畳被曝については、前記認定のとおり、動燃再処理施設の放出する液体状放射性物質による被曝評価値は、外部被曝と内部被曝を合計しても年間一二ミリレムであるから、これと前記認定の気体状放射性物質の重畳被曝評価値年間約一二ミリレム、本件原子炉施設の放出する液体状放射性物質の被曝評価値年間約〇・〇五ミリレムとを単純加算してもなお許容被曝線量年間〇・五レムの約二〇分の一と小さい上、本件原子炉施設を新たに設置することによる寄与分は極めてわずかである(<証拠>によれば、気体状放射性物質による重畳被曝の最大値である右の年間約一二ミリレムのうち、本件原子炉による寄与分は、年間約〇・四二ミリレムであることが認められる。なお、原告らは、被告の主張によつても合計年間四八ミリレムの重畳被曝となるというが、これはベータ線による皮膚被曝を含め単純加算したもので、以上の判断を覆すものではない。)。以上の諸点を考慮すれば、本件安全審査における被曝の重畳に関する判断には合理的根拠があるものというのが相当であり、この点に裁量権の逸脱等があるということはできない。もつとも、気体状放射性物質の重畳被曝評価値約一二ミリレム、動燃再処理施設の放出する液体状放射性物質による被曝評価値約一二ミリレム、これら全体の重畳被曝値は、いずれも成立に争いのない乙第三七号証の一によつて認められる線量目標値指針の定める年間五ミリレムという発電用軽水炉についての線量目標値を上回るものであるから、右指針の精神(ALAPの精神)からすれば、実際の運転管理に当たつては、更に右評価値よりも被曝線量が低くなるように努めるべきである。しかし、右の評価値が線量目標値を上回つているのは、ほとんど全部が本件原子炉施設以外の施設の放出する放射性物質によるものであり、本件原子炉施設の寄与分は右目標値をも十分に下回るものであるから、本件原子炉の設置が右の精神に反するものとは認め難い(仮に重畳被曝評価値がALAPの精神に照らし高すぎるというとしても、それは動燃再処理施設の放射性物質放出量が問題とされるべきである。なお、<証拠>によれば、右の線量目標値は、昭和五〇年五月以降に新設される発電用軽水炉にのみ適用されるものであるから、本件原子炉施設や動燃再処理施設について直接適用されるものではない上、安全審査におけるもののように保守的な計算方法による評価値ではなく、現実的と考えられる計算方法による評価値についてのものであり、かつ、努力目標値であつて、その達成を義務づけたものではないから、線量目標値指針違反の問題は生じない。)。

(12) 放射線の管理及び監視について

原告らは、本件原子炉施設における放射線の監視は、気体廃棄物については、希ガスのガンマ線のみを対象とする等、極めて不十分である旨主張する。

<証拠>によれば、本件原子炉施設における前判示の排気筒モニタ、モニタリングポスト等の測定設備においては、GM、電離箱又はシンチレーション測定器が用いられるものとされていることが認められる。これらの測定装置がガンマ線のみを測定するものであることを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、<証拠>によれば、これらは他の放射線の測定をすることもできる検出測定装置であると認められる。しかしながら、検証の結果によれば、本件原子炉施設のモニタリングポスト等において現実に測定されているのは、ガンマ線の空間線量率であると認められるので、本件安全審査においてもこれらがガンマ線のみを測定することを予定したものと解したものであるとしても、前判示のとおり、本件原子炉施設から放出される気体廃棄物による被曝については、希ガスのガンマ線のみを定量的に評価すれば、気体廃棄物による被曝についての安全性を判断することができるものであるから、気体廃棄物の測定についても、これに注目して行うことには、合理的根拠があるということができる。のみならず、<証拠>によれば、右のようにモニタリングポスト等において空間線量率を測定するほかに、井戸水、農作物等をサンプリングして、定期的に放射能を監視することになつていることが確認されていることが認められる。したがつて、この点に関する原告らの主張は失当である。

(二) ムラサキツユクサによる実験とその結果について

<証拠>によれば、市川定夫らが原告らの主張第六節第二款第二、二のとおりムラサキツユクサを用いて原子力発電所周辺において現場モニタリングを行つたこと、その結果原告らの主張するような事実が認められたと発表していることが認められる。原告らは、右の事実から、本件安全審査における被曝評価に誤りがある旨主張し、証人市川定夫の証言には、これに沿う部分がある。

しかしながら、<証拠>によれば、次の各事実が認められる。

(1) ムラサキツユクサの雄ずい毛は、放射線によるほか、気温、湿度、日照度、農薬等の化学物質等によつても突然変異を生じやすい性質を有する。

(2) したがつて、ムラサキツユクサの雄ずい毛を用いて人工放射線の量を調べるには、人工放射線以外の諸要因による影響を完全に排除することが最も望ましいが、野外調査ではこれが不可能なので、これらを極力排除するようにした上、調査結果の評価に当たつては、これらの諸要因による影響を十分に考慮に入れなければならない。

(3) 市川らが行つた現場モニタリングにおいては、事情が許す限り農薬の影響を少なくし、気温の変化、自動車等の排気ガス等の影響についても検討を加える等して、なお、人工放射線との間の有意な相関関係があると結論されたものである。

(4) しかし、市川らの実験結果については、他の諸要因による影響の排除という点で不十分であり、また、実験結果から推定されている被曝線量値が観測機器により実際に観測された放射線量に比べてあまりにも大きいこと(もつとも、この点は、市川によれば、観測機器によつて観測されているガンマ線の空間線量のほかに、ムラサキツユクサが体内に採り込んだ放射性物質による内部被曝線量があるためで、特に、よう素一三一は、植物組織内で一〇〇万ないし一〇〇〇万倍に濃縮されるから、これによる内部被曝が大きく寄与していると説明されている。)などから、人工放射線と突然変異との間に有意な相関関係があると結論することはできないとの指摘や右の相関関係を肯定するには更に研究、解明をしなければならないとの指摘が、他の学者らによりされている。

(5) 市川らが東海地区で行つたモニタリングは、特に、観察した雄ずい毛の数が、昭和五三年六月一二日から同年九月一七日までの約三か月間を集計しても、対象集団を含む一二地点の合計で二六万一六三一本、昭和五四年五月二三日から同年一〇月二〇日までの約五か月間の集計では、右一二地点の合計で四五万二七七六本と、比較的少なく(これに対し、米国ブルックヘブン国立研究所のスパローらが行つたムラサキツユクサの実験では、温度、湿度等の環境条件を一定に保つた特別の設備を用いた上、エックス線による最低線量二五〇ミリラドにおける突然変異を検出するため、エックス線を照射したムラサキツユクサの雄ずい毛を約一〇〇万本、自然突然変異率を観察する対照集団における雄ずい毛を九十数万本観察している。)、突然変異件数は、前者で二八六、後者で八二八でしかなかつたこと、前者の場合には、観察に用いた光源が最適のものではなかつたこと、最適の光源を用いた後者の場合には、突然変異頻度の有意な差異がさほど頻繁には検出されなかつた(市川の見解によればこれは、昭和五三年には動燃再処理工場が運転されていたが、昭和五四年にはこれが運転されていなかつたことに関係しているとされているが、もしそうだとすれば、少なくとも本件原子炉施設の運転とムラサキツユクサの突然変異との間には、あまり相関関係がないということになる。)こと、原子力関係以外の工場がいくつか存在することなどの問題点があり、本件原子炉施設から放出される放射性物質の量と観察結果とを直ちに結びつけて考えるには疑問の点も多い。

右認定の各事実によれば、前記市川らの現場モニタリングの結果をもつて、直ちに本件安全審査における被曝評価に誤りがあるものとは認め難い。

(三) 作業者被曝の危険性について

原告らが作業者被曝についての違法を本件訴訟において主張することができないことは、既に判示したとおりであり、作業者被曝の危険性に関する主張は、失当である。

2放射性廃棄物の危険性について(原告らの主張第六節第二款第三)

(一) 固体廃棄物の敷地内貯蔵の安全性について

原告らは、本件安全審査において敷地内貯蔵される固体廃棄物からの放射線放出の防止対策及びこれに関する事故解析がされるべきであるのに、これがされていないと主張する。

しかしながら、固体廃棄物貯蔵施設を含む本件原子炉施設について、その耐震性、海象等が審査され、安全性が確認されていることは、前記認定のとおりである。そして、<証拠>によれば、本件安全審査において、固体廃棄物がドラム缶詰めされた上貯蔵される固体廃棄物貯蔵設備は、鉄筋コンクリート造りであるから、少なくとも平常時には放射線を遮へいする効果を有することが認められ、また、<証拠>によれば、右のドラム缶、固体廃棄物貯蔵設備、また、貯蔵タンクは、詳細設計、製作、検査等を通じ信頼性の高いものが建設されることになつていることが確認されている(なお、規制法三五条三号、原子炉規則一四条四、五号)ことが認められる。したがつて、固体廃棄物の敷地内貯蔵施設について、事故解析をするまでもなくその基本設計において安全性が確保されるとした本件安全審査における判断には合理的根拠があるものと認められ、この点に裁量権の逸脱等があるものとはいえない。なお、このようにして敷地内で貯蔵するのは、前記認定のとおり、将来における最終的な処分までの一時的な措置とされているところ、これに相当程度期間を要することとなつた場合に、右ドラム缶、貯蔵タンクの保安上必要とされる措置は、運転開始後における保守、管理上の問題として考慮されるべきであると解される。よつて、原告らの前記主張は失当である。

(二) 敦賀発電所における事故について

原告らは、敦賀発電所において昭和五六年四月に顕在化した放射性廃液流出事故により、原子力発電所における放射性廃棄物の発生量の予測に誤りがあり、原子炉設置許可後に廃棄物処理施設の増設をすることが危険であることが明らかとなつたとし、設置許可の際に将来の増設を予定しない施設として安全審査が行われるべきであり、かつ、放射性廃棄物の長期保管ないし最終処分についてまで審査されるべきであると主張する。

しかしながら、放射性廃棄物の原子炉施設外における最終処分が本件安全審査の対象とならないことは、既に判示したとおりであつて、この点に関する原告らの主張は失当である。

ところで、右の敦賀発電所における事故の真相がどのようなものであつたかはともかくとして、廃棄物処理施設が、長期の見通しの上に立つて、将来の増設を予定しないものとして設計され、設置許可の際にもそのような施設として安全審査がされることが望ましいことは、原告らの主張するとおりであると考えられる。しかしながら、規制法は、原子炉設置許可後に内閣総理大臣の許可を受けて原子炉施設の位置、構造及び設備を変更することを認める趣旨の規定を設けており(二六条一項)、設置許可後に所定の許可を受けて施設を増設することは、当然許容されているものである。そして、右の増設の許可に際しては、当初の設置許可と同様の安全性の審査がされるものと規定されている(同条四項)から、増設により原子炉施設の基本設計において安全上の問題を生じないことが確認されなければ、右の増設が許可されることはない。それにもかかわらず、万一、増設を繰り返したことにより安全上の問題を生じ、かつ、それが基本設計に係るものであれば、それは変更許可処分上の瑕疵というべきものであつて、当初の設置許可処分の瑕疵ということはできない。

(三) 固体廃棄物の一時的貯蔵について

また、本件原子炉施設においては、固体廃棄物は、将来の最終的な処分までの一時的な措置として敷地内貯蔵がされるものとして、本件安全審査が行われたものであることは、前記認定のとおりであり、したがつて、右の貯蔵が半永久的に続く場合のことまで想定して安全審査が行われたものでないことが明らかである。ところが、<証拠>によれば、固体廃棄物の最終的な処分については、本件安全審査当時だけでなく現在に至るも、その具体的方法が確定しておらず、将来における実施についても、確実な見通しが立つていないものと認められる。そうすると、固体廃棄物の貯蔵施設については、長期の貯蔵を想定した設計とすることも十分検討に値するものと考えられる。しかしながら、<証拠>によれば、次の(1)ないし(6)の事実が認められる。

(1) 固体状の放射性廃棄物は、通常、放射能のレベルによつて、高レベル、中レベル、低レベルに区分される(最近では中レベルのものを含めて低レベルと呼ばれている。)。原子力発電所において発生するものは、大部分が低レベルのものであり、使用済イオン交換樹脂等中レベルのものもある。高レベルのものは、使用済燃料の再処理施設において発生するものである。

(2) 我国においては、固体廃棄物の処分について、法令上、原則としてドラム缶等の容器に封入して、廃棄施設に貯蔵し、例外として海洋投棄をするものとされている(原子炉規則一四条四、五号)。

(3) 外国においては、米国が昭和二一年以来、低レベル固体廃棄物を海洋投棄し(ただし、昭和四四年中止)、昭和三七年以降は、地中処分を実施した。また、ヨーロッパ各国も、経済協力開発機構原子力機関により、昭和四二年以降海洋投棄を実施し、ドイツでは同年以降岩塩層への廃棄を実施した。

(4) そこで、我国の原子力委員会は、昭和四七年六月一日、原子力開発利用長期計画を決定し、そこにおいて、低レベルの固体廃棄物については、今後の処理処分技術の研究開発、その他社会的及び国際的動向等を考慮して、陸地処分、海洋処分を組み合わせて実施する方針とすること、海洋処分については、海洋調査、試験的海洋処分を実施した後、昭和五〇年代初めころまでに、その見通しを得ることとすること、陸地処分についても、地質学的条件等の調査を実施した後、昭和五〇年代初めころまでに、その見通しを明確にするものとすること、中レベルの廃棄物については、技術開発の進展を考慮しつつ、昭和五〇年代半ばころまでに、その処分の方針を決定するものとし、それまでは施設内に保管するものとすること(なお、高レベルの廃棄物については、当面慎重な配慮の下に保管しておくものとすること)、必要な研究開発は、政府及び民間の関連機関が協力して、強力に進めるものとすること等を定めた。

(5) 右の長期計画に従つて、昭和四七年から昭和四九年まで海洋調査が実施されたほか、原研、動燃等において、調査、研究が行われた。また、原子力委員会は、昭和四七年七月に環境安全専門部会に放射性固体廃棄物分科会を、昭和五〇年七月には放射性廃棄物対策技術専門部会を、それぞれ設置して、研究開発計画等について審議を行つた上、昭和五一年一〇月に、放射性廃棄物対策に関する基本方針を決定した。右基本方針では、海洋処分は昭和五三年ころから試験的に着手し、その結果を踏まえ、本格的に実施すること、陸地処分については、昭和五〇年代中ごろから地中処分の実証試験を開始し、その成果を踏まえ、本格的処分に移行すること、これを進める体制は、財団法人原子力環境整備センターを中心に、官民協力していくこと等が定められている。更に、科学技術庁原子力安全局は、昭和五〇年に検討を開始した試験的海洋処分の環境安全評価に関する報告書を、昭和五一年九月に取りまとめた。それによれば、海洋投棄を本格的に長期間継続して実施した場合につき厳しい条件の下に安全性の評価をしたところ、自然放射線及び一般人に対する線量限度と比べ一万ないし一〇万分の一であるとされている。

(6) その後も我国における廃棄物処理に関する基本的政策に変わりはなく、低レベル廃棄物については海洋処分と陸地処分とを併せて行う方針の下で、前記財団法人、原研を中心にそのための研究が進められてきている。しかし、海洋処分については、昭和五五年、廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約(ロンドン条約)に我国も加盟し、昭和五八年二月、その締約国会議において、科学的研究グループによる検討の結論が出るまでは海洋処分の一時停止を呼びかけることを内容とする決議が採択されたため、我国もこれに協力することとなつた。また、昭和五七年以降、海洋処分、陸地処分のほかに、原子力発電所等の敷地外において長期的な管理が可能な施設に貯蔵することも検討されるようになつている。

以上の(1)ないし(6)の事実によれば、本件安全審査当時、我国は、低、中レベル固体廃棄物について近い将来最終的な処分を実施する政策の下に研究開発を進めていたものであり、原子炉設置者は、その予定された最終的な処分までの間、一時的に原子炉施設内で固体廃棄物を貯蔵する方途を講じれば足りたものであつて、その後、国際情勢の変化等もあつて、当時の目標より最終的な処分の方法の確立及び実施は遅れており、今後の計画もあくまで目標にすぎないものであるが、現在でも国の基本方針は変わつておらず、更に近い将来の実施を目標に研究開発が続けられているものということができる。したがつて、敷地内における一時的な貯蔵を前提とした本件申請を是認した本件安全審査における判断には、合理的根拠があるものと認めるのが相当である。

これに対し、原告らは、固体廃棄物の最終的な処分方法が確立していないうちに原子炉の設置を許可することは許されないし、近い将来の最終的な処分方法の確立も望みえないと主張し、<証拠>中には、これに沿う部分がある。確かに、近い将来における最終的な処分方法の確立は、前記認定のとおり目標とされてはいるが、本件安全審査当時はもとより、現在においても、これが確実に達成され、実施に移されるものと断言しうるに足りる証拠は見出し難いし、最終的な処分方法が確立されてから原子炉施設の設置を許可することとするほうが、安全性の観点からは、より望ましいことは疑問の余地がない。しかしながら、規制法は、昭和三二年に公布、施行された法律であつて、前記認定の事実によれば、もちろん当時は放射性廃棄物の最終的な処分方法が確立していたものではないが、それにもかかわらず、原子炉設置許可の手続を設けて、二四条一項各号の要件さえ認められれば原子炉の設置を許可することを肯認することとしたのであるから、廃棄物の最終的な処分方法の確立のないまま、その確立までの間の一時的な廃棄物の貯蔵が安全に行いうるものであれば足りるとの立場に立脚して立法されたものであることが明らかというべきである。そして、このような形で立法をすることは、安全の確保の観点のみからみれば、決して望ましいものではないが、廃棄物の最終的な処分方法の確立まで原子炉の設置を認めないこととするか、将来における廃棄物の最終的な処分方法の確立の見通し、現時点において原子炉の設置を認めることの必要性、当面の廃棄物の処理の安全性等を考慮した上、原子炉の設置を認めることに踏み切るかは、立法機関において決すべき立法政策に属する事項というべきである。したがつて、規制法二四条一項四号の解釈としても、一時的な廃棄物貯蔵施設を設けるとの設計で申請された場合には、そのような施設としての安全性が認められれば、設置を許可することができるものと解するのが相当である。よつて、原告らの前記主張は失当である。

のみならず、仮に将来、本件申請において想定されている以上に長期間にわたり放射性廃棄物を保管し続けなければならない事態が生じたとしても、本件申請においてそのような長期保管が本件原子炉施設内で行われるものとされているものではないから、長期保管に伴う安全性の問題は、本件原子炉施設の安全性とは別個で、次の段階に至つて検討されてもよい問題というべく、本件安全審査における検討は前記の程度をもつて足り、右問題を対象とする必要はないというべきである。

以上判示したところによれば、本件申請において固体廃棄物の貯蔵施設が最終的な処分までの一時的貯蔵を前提として設計されたことには違法な点はなく、これについて安全性が認められるとした本件安全審査における判断にも、裁量権の逸脱等はないものというべきである。

3使用済燃料の再処理について(原告らの主張第六節第二款第四)

使用済燃料の再処理の安全性が本件安全審査の対象となるものではなく、したがつて、本件訴訟において本件処分の違法事由として審査の対象となるものではないことは、既に判示したとおりであるから、原告らのこの点に関する主張はすべて失当である。

もつとも、使用済燃料の再処理についても、その技術が確立してから原子炉の設置を認めるべきであろうとする考え方も、ありうるところである。しかし、この点も、固体廃棄物の最終的な処分と同様、規制法は再処理技術の確立を条件とせず原子炉の設置を認める趣旨で立法されているものと解されるのであり、規制法二四条一項四号の解釈としては、原子炉施設内における使用済燃料の保管についての安全性が確認されれば十分であると解するのが相当である。したがつて、原告らの前記主張は失当である。

三結論

以上のとおり、本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策に関する原告らの主張はいずれも失当であつて、この点に関する本件安全審査の内容には合理的根拠があり、裁量権の逸脱等があるものとは認められない。

第五本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策

一本件安全審査における災害評価

前判示のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策として、重大事故及び仮想事故の発生を仮定しても公衆の安全が確保されるよう原子炉と公衆とが十分離れているかどうかについて検討したものであるところ、このような審査方針自体には裁量権の逸脱等がないことは、既に判示したとおりである。そして、<証拠>によれば、本件原子炉施設は、その基本設計において右の対策に係る安全性を確保しうるものと判断されたことが認められる。

その具体的審査内容についてみるに、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の1ないし5のとおりであつたと認められる。

1災害評価による離隔の審査

本件安全審査においては、本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策の審査は、立地審査指針に基づき、その定める重大事故及び仮想事故を想定して、同指針への適合性を審査する方法(これを「災害評価」という。)により行われた。

2災害評価方法の妥当性

本件災害評価においては、重大事故及び仮想事故について、格納容器内に放射性物質が放出される事故として前記事故解析において想定したのと同一のLOCAが、直接格納容器外に放射性物質が放出される事故として前記事故解析において想定したのと同一の主蒸気管破断事故が、それぞれ想定された。これらの事故は、右の各放出形態において、環境への放射性物質の放出がそれぞれ最大になるものであるから、右の想定は妥当であり、これらについて分析検討すれば、他の形態の事故を想定して災害評価をしないでも、原子炉と公衆との離隔が十分であるかどうかの判断をすることができるものとされた。また、これらの事故に基づく公衆の甲状腺被曝及び全身被曝に係る主要な被曝形態としては、放射性よう素を吸入することに起因する甲状腺の被曝及び放射性希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝があり、これらによる被曝評価を行えば、他の形態による被曝評価を行わないでも、災害評価としては十分であると判断された。

3災害評価条件設定の妥当性

重大事故、仮想事故として想定された各事故による災害評価に当たつては、次に掲げる条件その他の厳しい条件が設定されており、この評価条件の設定は妥当なものと判断された。

(一) 重大事故としてのLOCA

(1) LOCAが発生した場合、燃料棒数の約七パーセントの被覆管が損傷するが、全燃料棒の被覆管が損傷すると仮定して、炉心に蓄積されている核分裂生成物が格納容器内に放出される量を計算し、希ガスについてはその二パーセントが、よう素についてはその一パーセントが、それぞれ格納容器内に放出されるものと仮定した。

(2) 右の希ガスやよう素は格納容器から原子炉建屋内に漏洩するが、その漏洩率は、格納容器スプレイ冷却系設備の作動等により格納容器の圧力が事故後約三三日後には大気圧にまで低下するので、格納容器内の圧力に依存し漸減するにもかかわらず、この間格納容器の設計圧力における漏洩率である一日当たり〇・五パーセントのままであると仮定した。

(3) 原子炉建屋内に漏洩した右よう素を除去する非常用ガス処理系設備のフィルタによるよう素除去効率は、九七パーセント以上のものとなるように設計されているにもかかわらず、九〇パーセントと仮定した。

(4) 大気中に放出された希ガスやよう素の拡散、希釈については、その全量がわずか二四時間で放出されるものとするとともに、有効拡散風速を毎秒四・〇メートルと仮定した。

(二) 重大事故としての主蒸気管破断事故

(1) ピンホールのある燃料棒から冷却材中に放出される放射性物質の量は、最大二万キュリーと想定されるよう素一三一をその二倍の四万キュリーと多く見積り、それに対応して、その他のよう素、よう素以外のハロゲン、希ガスの燃料棒からの放出量も多く見積ることにより、よう素については約七万五〇〇〇キュリー、よう素以外のハロゲンについては約八万九〇〇キュリー、希ガスについては約九八万五〇〇〇キュリーが、圧力容器内の圧力の低下に伴つて冷却材中に徐々に追加放出されるものと仮定した。

(2) 事故時、破断箇所からの冷却材の流出を抑制するために、自動的に閉鎖する設計となつている八個の主蒸気隔離弁のうち一個は閉鎖しないと仮定した上、閉鎖した七個の右隔離弁全体からの漏洩率は、圧力容器内の蒸気相体積に対し一日当たり約三〇パーセント以下に制限することができる設計となつているにもかかわらず、四倍の余裕をとつて一日当たり一二〇パーセントと仮定し、その後は圧力容器内の圧力に依存すると仮定した。

(3) 大気中に放出された希ガス及びよう素の拡散、希釈の状況については、その全量がわずか一時間で放出されるものとするとともに、有効拡散風速を毎秒二・五メートルと仮定した。

(三) 仮想事故としてのLOCA

(1) 次の(2)、(3)のとおり前記重大事故としてのLOCAより更に厳しい条件を仮定したほか、右事故と同様の条件を仮定した。

(2) 炉心に蓄積されている核分裂生成物の格納容器内への放出量については、ECCSの効果を無視し炉心内の全燃料棒が溶融したと仮定した場合に放出される放射性物質の量に相当する量として、希ガスについてはその一〇〇パーセントが、よう素についてはその五〇パーセントが、それぞれ格納容器内に放出されるものと仮定した。

(3) 右の希ガス、よう素の原子炉建屋への漏洩は、前同様の一日当たり〇・五パーセントのままで無限時間継続するものと仮定した。

(四) 仮想事故としての主蒸気管破断事故

(1) 次の(2)、(3)のとおり前記重大事故としての主蒸気管破断事故より更に厳しい条件を仮定したほか、右事故と同様の条件を仮定した。ただし、有効拡散風速は毎秒四・〇メートルと仮定した。

(2) 燃料棒から冷却材中に追加放出される放射性希ガス及びよう素は、事故後の圧力容器内の圧力の低下に伴い徐々に放出されるものであるにもかかわらず、これを無視して、事故発生と同時に一度に全量が放出されると仮定した。

(3) 閉鎖した七個の隔離弁全体からの漏洩は、圧力容器内の圧力の低下に伴い漸減し、これが大気圧にまで低下する一日後には停止するにもかかわらず、これを無視して、前同様の一日当たり一二〇パーセントの一定の漏洩率で無限時間継続すると仮定した。

4評価結果

以上のような条件の下で重大事故及び仮想事故を想定した場合に大気中に放出される放射性物質の量及び本件周辺監視区域外における被曝線量の量大値は、次のとおりと計算された。

(一) 重大事故

(1) LOCA

大気中に放出される放射性物質は、よう素約五〇二キュリー、希ガス約一万三六〇〇キュリー、前記被曝線量の量大値は、甲状腺(小児)被曝が約四・一レム、全身被曝が約〇・〇一レムである。

(2) 主蒸気管破断事故

大気中に放出される放射性物質は、内部被曝に関するものとしてよう素約二三三キュリー、外部被曝に関するものとしてハロゲン約四〇〇〇キュリー、希ガス約三二〇〇キュリー、前記被曝線量の最大値は、甲状腺(小児)被曝が約五七レム、全身被曝が約〇・〇二四レムである。

(二) 仮想事故

(1) LOCA

大気中に放出される放射性物質は、よう素約二万六〇〇〇キュリー、希ガス約七〇万キュリー、前記被曝線量の最大値は、甲状腺(成人)被曝が約五四レム、全身被曝が約〇・五レムである。

(2) 主蒸気管破断事故

大気中に放出される放射性物質は、内部被曝に関するものとしてよう素約六六五キュリー、外部被曝に関するものとしてハロゲン約五四五〇キュリー、希ガス約一万一二〇〇キュリー、前記被曝線量の最大値は、甲状腺(成人)被曝については約三〇レム、全身被曝については約〇・〇四三レムである。

5立地審査指針適合性

右に述べた各評価結果から、前記重大事故のいずれの場合においても、本件周辺監視区域外における被曝線量の最大値は、立地審査指針がめやすとして掲げる甲状腺(小児)被曝一五〇レム及び全身被曝二五レムに比べてそれぞれ十分小さく、同指針が非居住区域であるべきと定める範囲は本件周辺監視区域内に含まれ、また、前記仮想事故のいずれの場合においても、本件周辺監視区域外における被曝線量の最大値は、同指針がめやすとして掲げる甲状腺(成人)被曝三〇〇レム及び全身被曝二五レムに比べてそれぞれ十分小さく、同指針が低人口地帯であるべきと定める範囲も本件周辺監視区域に含まれるものと判断された。

よつて、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る立地条件は、立地審査指針に適合するものと判断された(なお、以上のほか、仮想事故の場合の全身被曝線量の積算値についても、立地審査指針への適合性が検討されているが、この点は国民遺伝線量に係る要件であり、専ら公共の安全に関するものであつて、原告らの個人的利益に直接関係があるものとはいえないので、本件訴訟においては、前判示のとおり、審理の対象とはならない。)。

以上認定の1ないし5の具体的審査内容によれば、本件安全審査における本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全性の判断は、立地審査指針に準拠し、合理的根拠に基づいて行われたものであると、一応認めることができる。そこで、この点に関する原告らの主張について検討し、右判断に裁量権の逸脱等があつたかどうかを、次に判断することとするが、原告らは立地審査指針自体の内容が違法であると主張するので、まずこの点につき、次いでその他の原告らの主張につき判示する。

二立地審査指針の内容の合理性

1本件安全審査における災害評価については、前記認定のとおり、立地審査指針が審査基準として用いられ、これへの適合性があるとして、安全性が確保されていると判断されたものであるところ、原告らは、立地審査指針の内容が不当である旨主張し、証人市川定夫、同高木仁三郎の各証言中にはこれに沿う部分がある。そこで、立地審査指針の内容の合理性について検討することとするが、立地審査指針は、「原子炉立地審査指針」(以下、二項においては「指針」という。)と「原子炉立地審査指針を適用する際に必要な暫定的な判断のめやす」(以下「めやす」という。)とから成るものであるから、これらにつき順次判断する。

2まず、「指針」は、安全審査の際、万一の事故に関連して、原子炉の立地条件の適否を判断するためのものであるとした上で、基本的目標として、①敷地周辺の事象、原子炉の特性、安全防護施設等を考慮し、技術的見地からみて、最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる重大な事故(重大事故)の発生を仮定しても、周辺の公衆に放射線障害を与えないこと、②重大事故を超えるような技術的見地からは起こるとは考えられない事故(仮想事故)(例えば、重大事故を想定する際には効果を期待した安全防護施設のうちのいくつかが動作しないと仮想し、それに相当する放射性物質の放散を仮想するもの)の発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないこと、③仮想事故の場合には、国民遺伝線量に対する影響が十分に小さいこと、の三つを掲げている。これらのうち③は、前判示のとおり専ら公共の安全に関する事項というべきであるから、①及び②についてみるに、右の定義に従えば、重大事故及び仮想事故はいずれも、総ての安全防護施設の健全性が失われた事態を想定するものではなく、重大事故については一定の範囲で安全防護施設が動作して効果を生ずることが期待されているものであり、仮想事故についても重大事故で効果が期待された安全防護施設のうちのいくつかが動作しないと仮想はしても、その全部が動作しないことまでは仮想しないものであることが明らかである。

これに対し、原告らは、工学的安全施設に絶対的安全はなく、これらの健全性を前提とする災害評価をするだけでは足りず、これらの健全性が失われた最悪の事態が発生してもなお公衆に災害が及ばないよう、原子炉を人口密度の高い地域から十分に離隔しなければならないのに、立地審査指針は右の健全性を前提としており、その結果、離隔が軽視され、原子炉の都市接近を許容するものとなつている旨主張する。

しかしながら、原子炉施設と公衆との離隔に係る安全性は、事故防上対策及び平常運転時の被曝低減対策に係る安全性が確認された場合に、更に、念のため、万一の事故の発生を想定しても、公衆に災害が及ばないようにするために審査の対象とされるものと解されるから、災害評価の前提として、当該原子炉施設については、右の各対策が講じられていることを考慮することには、合理的な根拠があるものということができる。そうすると、当該原子炉施設については既に異常状態発生防止対策、異常状態拡大防止対策及び放射性物質異常放出防止対策がそれぞれ講じられており、現実に生じるおそれがある最悪の事故を想定した事故解析においても、放射性物質を環境に異常放出することがないものと判断されたものであることに鑑みれば、公衆と原子炉とが十分離隔されているかどうかを判断するための災害評価においても、右のように安全性の確認された事故防止対策が総て無効になるような事態を想定する必要がないものというべきである。

これに対し、右のような事故防止対策に鑑みれば実際に起こるとは考えられないが、独立の安全対策として、あらゆる工学的安全施設の健全性が失われた事態の発生をもあえて想定し、その場合においてもなお公衆の安全が保てる程度に離隔がされておれば、公衆の安全確保対策としては最も望ましいものということができる。特に、設置許可の段階において審査されるのは、原子炉施設の基本設計に係る安全性に限られることからするならば、詳細設計、工事、運転等に係る安全性は、それぞれその段階に応じた安全対策が講じられることによつて確保されることが予定されているとしても、詳細設計、運転等に予期せぬ重大な瑕疵があると、基本設計上は想定されていなかつた深刻な事故が発生する可能性が残されていることからすれば、原子炉施設の基本設計としても、右のような場合をも慮つて、基本設計上は予想しえないような深刻な事故が生じてもなお公衆の安全が保てる程度に万全の離隔をすることも、十分考慮に値するものということができる。

しかしながら、既に判示したとおり、規制法及び電気事業法は、原子炉施設の設置、運転に係る安全性の確保のため、まず、設置の許可を受けなければならないこととして、原子炉施設の基本設計に係る安全性を審査し(規制法二三条、二四条)、次いで(詳細設計及び)工事の方法について認可を受け(規制法二七条、七三条、電気事業法四一条)、運転開始前に、工事及び性能について使用前検査を受けるとともに(規制法二八条、七三条、電気事業法四三条ないし四六条)、運転員等に対する保安教育、運転、放射線測定器の管理、非常の場合に採るべき処置等について保安規定を定めた上で、その認可を受け(規制法三七条、原子炉規則一五条)、運転開始後は、毎年一回の定期検査を受け(規制法二九条、七三条、電気事業法四七条)、設置者において、主要施設についての毎日の巡視、一月又は一年ごとの定期自主検査、非常の場合に採るべき処置を定め、これを運転員に守らせること等の保安のために必要な措置を講じなければならない(規制法三五条、原子炉規則七条ないし一四条)ものとしている。このような規制法等の体系からするならば、詳細設計、工事又は運転上の瑕疵に基因する事故の発生はこれらの各段階に応じた規制を十分に行うことによつて防止することが予定されているものと解される。そうだとするならば、原子炉施設の基本設計が、詳細設計以降の各事項に係る安全性をこれらについての各規制を通じて確保されるものと予定したものであつても、原子炉施設の基本設計に係る安全性としては不十分なものとはいえないと解するのが相当である。したがつて、原子炉施設の基本設計における公衆との離隔に係る安全確保対策としては、可能な限り前記のような万全の離隔をするよう設計することがより望ましいとしても、当該原子炉施設の基本設計に係る事故防止対策の有効性を考慮した上で、技術的見地から最悪の場合には発生するかもしれないと考えられる事故を選定し、これを基に重大事故、仮想事故の発生を想定しても、なお公衆の安全が確保される程度に原子炉と公衆とが離隔されているならば、基本設計に係る安全性は確保されているとすることにも、十分な根拠があると解される。

右のとおりであるから、「指針」中の基本的目標として掲げられた重大事故及び仮想事故の定義それ自体は合理的なものというべきである。そして、これらの定義に鑑みれば、前記①及び②の基本的目標は、原子炉の立地条件の適否を判断するための指針として、規制法二四条一項四号の趣旨に適合するものと認むべきであり、少なくともこれを指針としたことに裁量権の逸脱等があるものとは認められない。

3次に、「指針」は、前記基本的目標を達成するため、少なくとも満たされなければならない条件として、①原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲(重大事故の場合、もし、その距離だけ離れた地点に人がい続けるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲)内は非居住区域であること、②原子炉からある距離の範囲(仮想事故の場合、何らの措置も講じなければ、その範囲内にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断される範囲)内であつて、非居住区域の外側の地帯は、低人口地帯(著しい放射線災害を与えないために、適切な措置を講じうる環境にある地帯)であること、③原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離(仮想事故の場合、全身被曝線量の積算値が、国民遺伝線量の見地から十分受け入れられる程度に小さい値になるような距離)だけ離れていること、の三つを掲げている。これらのうち③は、専ら公共の安全に関する事項というべきであるから①及び②についてみるに、これらは、要するに前記の基本的目標を更に具体化した内容であると認められる。したがつて、基本的目標と同様、規制法二四条一項四号の趣旨に適合する合理的なものと認むべきであり、少なくともこれを指針としたことに裁量権の逸脱等があるものとは認められない。

4そして、次に、「めやす」は、安全審査を行うに当たり、指針を適用する際に使用するためのものであるとした上で、①非居住区域であるべき範囲を判断するためのめやすとして、甲状腺(小児)に対して一五〇レム、全身に対して二五レムという線量を用いること、②低人口地帯であるべき範囲を判断するためのおよそのめやすとして、甲状腺(成人)に対して三〇〇レム、全身に対して二五レムという線量を用いること、③原子炉敷地が人口密集地帯からある距離だけ離れていることを判断するためのめやすとして、外国の例(例えば二〇〇万人レム)を参考とすること、の三つを掲げている。これらのうち③は、専ら公共の安全に関する事項というべきであるから、①及び②についてみるに、これらの値がめやすとして示されていることの趣旨は、「めやす」の記載上は必ずしも明瞭であるものとはいい難いが、文言上は少なくとも、①は、技術的見地からみた最悪の事故(重大事故)が発生した場合でも非居住区域外の人がこれ以上の線量の放射線を被曝することがあつてはならないという線量値を、②は、技術的見地からは起こりえない事故(仮想事故)が発生した場合でも低人口地帯外の人がこれ以上の線量の放射線を被曝することがあつてはならないというおよその線量値を、それぞれ示すものであると解することができる。

原告らは、右のめやす線量は、許容線量等を定める件二条に違反する過大なものであると主張する。確かに、右の線量は、全身被曝に限定してみても、許容被曝線量の年間値である〇・五レムの五〇倍という大きな数値である。したがつて、これらの数値がめやすとして用いられる趣旨如何によつては、立地審査指針は違法なものと認められる余地がある。

そこで案ずるに、めやす線量のうち、②の線量は、技術的見地からは起こりえない事故をあえて想定して、低人口地帯の範囲を定めるという、専ら離隔の程度を判断するための便宜的手法に係る観念的な数値であるから、実際に公衆が被曝するおそれがあるものとして定められているのではないことが明らかである。したがつて、②のめやす線量と許容被曝線量とを直接対比することは、何ら根拠がなく、許容被曝線量を上回つていることをもつて、右めやす線量が不当に高いものと断ずることはできない。

これに対して①のめやす線量は、起こる蓋然性は極めて小さいものの、技術的見地からみて最悪の場合には起こるかもしれない事故(重大事故)の場合についてのものとされているから、許容被曝線量との関係が一応問題となる。しかして、前掲乙第五九号証によれば、右の①のめやす線量値は、昭和三六年に、放射線審議会緊急被曝特別会が、「現在の医学的見地から人間に対する放射線障害を検知しえたと文献的に報告された最少の線量」として、最少限界線量と称して提示した値を採用したものであること、右の最少限界線量は、具体的な発ガン等の症例の中から放射線被曝によるものと判定された個々の事例中の最低線量を意味するものであり、被曝者集団中のガン等の発生率の疫学的調査研究から個人の発ガン等の危険性を求めたものとは全く異なるものであることが認められる。したがつて、後者の方法論により求められた線量―効果関係に基づき定められた許容被曝線量値とめやす線量とは、観点を異にする数値であると認められるが、なお、右の点を根拠として、これ以下の被曝にとどまるならば個人に関する限り事故による放射線被曝と障害発生との間の因果関係を肯定しえないということから、めやす線量を事故時の許容被曝線量の趣旨で適用しようというのであれば、しきい値のない直接的線量―効果関係を前提とする考え方とは相いれないものということになる。

しかしながら、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、本件安全審査当時の安全審査会による立地審査指針の解釈は、想定された最悪の事故について、更に非現実的な極めて厳しい評価条件(例えば、よう素除去フィルタの性能が実際には九七パーセント以上であるのに、九〇パーセントと仮定する。この仮定だけで、よう素の放出量は三倍以上厳しい値になる。)をいくつも仮定して解析評価し、その評価結果と対比して離隔が十分であるかどうかを判断するためのめやすとしてめやす線量を用いるというものであり、右の評価結果は、事故時に実際に公衆が受けるおそれのある被曝線量ではなく、これよりはるかに大きなものであるし、めやす線量は、実際に公衆が被曝することを許容する線量の限度を示したものではない、というものであつたことが認められる。また、前記認定のとおり、本件安全審査においても、右のように厳しい評価条件を仮定して災害評価が行われたものである。右のような解釈、運用の下においては、めやす線量値は、許容被曝線量値と全く性質の異なるものであつて、両者が抵触するかどうかという問題を生じるものではない。そして、右の解釈は、立地審査指針の内容に照らし、是認しうるものと解される。

右のような重大事故に係るめやすの線量値として最少限界線量値を用いることは、最少限界線量値の趣旨、災害評価における評価条件が極めて厳しいものであること、想定された事故の発生自体が現実にはほとんどないものと考えられること、事故発生時には、退避等の適宜の措置がとられると考えられる(立地審査指針自体も、これを想定している。)から、実際にはその地点に人がい続けるならば被曝するおそれのある線量より少ない被曝しか生じないものと予想されること等に鑑みれば、合理的根拠を有するものと認めるのが相当である。また、同様にして、重大事故よりも更に厳しい条件の下に災害評価が行われる仮想事故についての前記めやす線量値(このうち、全身被曝線量値は前記最少限界線量値を採用したものであり、弁論の全趣旨によれば、甲状腺被曝線量値は、最少限界線量値と同様の観点から、これ以下の線量では障害の発生することが少ないものと考えられる線量値として採用されたものであると認められる。)にも合理的根拠があるものというのが相当である。そして、これらのめやす線量が不当に大きいとする原告らの主張に沿う証拠は、めやす線量を実際に公衆が被曝するおそれのある線量と解することを前提とするものであるから、右の判断を覆すに足りるものではない。

5以上のとおり、立地審査指針の内容は合理的であつて、少なくとも、これを本件安全審査において本件原子炉と公衆との離隔に係る安全性の審査の指針としたことに、裁量権の逸脱等があるものということはできない。

三原告らの主張に対する判断(原告らの主張第六節第二款第九)

1重大事故及び仮想事故の選定の不当性について

本件安全審査においては、前記認定のとおり、立地審査指針に従つて重大事故及び仮想事故を想定して災害評価を行つたものであるところ、原告らは、右の想定は事故の規模及び種類を不当に限定しており、ATWSやECCSの不作動等の炉心溶融に発展する事故を想定しなければならない旨主張する。

しかし、立地審査指針に関して判示したとおり、災害評価においては、事故防止対策が総て無効になるような事態まで想定しなくても足りるものである。したがつて、前記認定のとおりその有効性が確認された事故防止対策を勘案の上、本件原子炉施設において技術的見地からみて最悪の場合には起こるかもしれないと考えられる事故として、どのようなものを想定すべきかという点が問題となるところ、事故解析における最悪の事故の想定に関して既に判示したとおり、本件原子炉施設においては、ATWS、全ECCSの不作動等の炉心溶融に発展する事故が現実に生じるおそれはないものとした本件安全審査における判断には、合理的根拠があり、その点に裁量権の逸脱等はない。したがつて、災害評価においてこれらを重大事故として想定しなかつたことも是認することができる。また、仮想事故も、立地審査指針においては、技術的見地から起こるとは考えられない事故とされているものの、やはり、事故防止対策の全部が無効となる事態まで想定するのではなくたとえば、重大事故を想定する際には効果を期待した安全防護施設のうちのいくつかが動作しないと仮想し、それに相当する放射性物質の放散を仮想するものであれば足りる。本件安全審査においては、重大事故として、格納容器内に放射性物質が放出される事故のうち最悪のものである冷却材再循環系配管のギロチン破断によるLOCAを、格納容器外に放射性物質が放出される事故のうち最悪のものである主蒸気管のギロチン破断事故を、それぞれ想定したもので、事故解析に関し既に判示したところに照らせば、右の想定は合理的根拠があるものということができる。また、本件安全審査においては、仮想事故として、右重大事故と同じ事故が発生したことを想定した上で、LOCAについては、重大事故においてその一部の作動を期待したECCSの効果を無視し、炉心内の全燃料棒が溶融したと仮定した場合に放出される放射性物質の量に相当する量の放射性物質の格納容器内への放出等を仮定し、また、主蒸気管破断事故については、隔離弁からの漏洩が圧力容器内圧力の低下に伴い漸減するという効果を無視し、一定の漏洩率で無限時間継続すること等を仮定したものである。右の仮想事故の想定にも、立地審査指針に照らし、合理的根拠があるものと認められる。

原告らは、仮想事故としてのLOCAについて、炉心内の全燃料棒の溶融を想定しながら、格納容器の健全性を予定しているのは矛盾すると主張するが、本件安全審査においては、全燃料棒の溶融自体を想定したものではなく、放出される放射性物質の量について、「全燃料棒が溶融した場合に放出される量」に相当する量の放出があることを仮想したにすぎないことが明らかであるから、右の主張は失当である。

2事故解析における不確実さについて

原告らは、本件安全審査における災害評価は、解析コードを使用して計算したものであり、実験的確証が得られていないから安全評価の根拠となりえないと主張する。

しかし、実際の原子炉を用いた実験を行わないで、解析コードを使用して事故解析をすることに、裁量権の逸脱等があるものと認められないことは、事故防止対策に関して既に判示したとおりであつて、このことは災害評価についても当てはまるから、原告らの右主張は失当である。そして、他に、右の評価に裁量権の逸脱等があるとする根拠はない。

3離隔概念の欠如について

原告らは、本件原子炉施設は、世界に例をみないほど都市に接近しており、離隔が十分にされているとはいえないと主張する。

しかしながら、原告らの右主張は、炉心溶融事故の発生を想定すべきことを前提としているものであるところ、本件原子炉施設についてこれを想定して離隔に関する審査をする必要のないことは、既に判示したとおりである。したがつて、原告らの右主張は、その前提を欠き、失当というほかはない。

4核種の不当な限定について

原告らは、災害評価において希ガスとよう素についてのみ被曝線量を評価し、プルトニウム、セシウム等その他の核種について被曝線量を評価しなかつたことが、違法であると主張する。

しかしながら、証人浜田達二の証言によれば、本件安全審査においては、重大事故及び仮想事故に際して環境に放出される核種及びその量について検討をした上で、希ガス及びよう素以外のものはその放出量が非常に少ないものと評価されたために、公衆の被曝線量の定量的評価は、希ガス及びよう素についてのみ行えば足りるものと判断されたものであることが認められ、右の判断には合理的根拠があるということができる。

5不当な気象条件の想定について

原告らは、事故時の気象条件について、風速を毎秒四メートルと想定したり、一・五メートルと想定したりする等、意図的な評価をした旨主張する。

確かに、前記認定のとおり、被曝線量の計算の条件として、有効拡散風速を、LOCAにおいては毎秒四・〇メートルと、主蒸気管破断事故においては、重大事故につき同二・五メートルと、仮想事故につき同四・〇メートルと、それぞれ仮定したものであり、<証拠>によれば、仮想事故としてのLOCAによる国民遺伝線量の計算の条件としては、風速を毎秒一・五メートルとしたことが認められる。しかし、<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、右の有効拡散風速は、放出量が同じであるなら、放出継続時間が長いほど、風向変動により放射性物質が分散され、着目する地点の積算濃度は低く評価されるべきことになることに鑑み、現地における一年間の気象観測データに基づいて、風向を考慮し、風速の逆数平均から求めた風速に関するパラメータの逆数をいうものであること、右の仮定は、事故の継続時間を考慮して、その累積出現頻度から、これより悪い条件はほとんど存在しないと思われる風速を想定したもので、毎秒四・〇メートルの有効拡散風速値は、二四時間を単位とした場合の方位別の累積出現頻度において、いずれの方位を想定しても、九七パーセント以上の頻度で出現するものとして求められたものであること、重大事故としての主蒸気管破断事故において毎秒二・五メートルとされたのは、放射性物質の大気中への放散が比較的短時間であることから、より厳しい条件(一時間を単位としたデータに相当)を採用したものであること、これに対し、国民遺伝線量の計算上は、風向を考慮に入れる余地はそれほどないので、前記気象観測データに基づいて風速の累積出現頻度を考慮して採用されたものであることが認められる。右の事実によれば、風速に関する気象条件の想定にはそれぞれ合理的根拠があり、意図的なものがあるということはできず、原告らの主張は失当である。なお、<証拠>によれば、昭和三〇年代に行われた日本原電東海発電所についての災害評価においては、風速を毎秒二・五メートルと、原研のJPDRについての災害評価においては同二・〇メートルと、それぞれ想定し、更に補足的にそれぞれ同〇・五メートルと想定した場合についても解析をしたことが認められるが、前記認定の事実に鑑みれば、右事実が直ちに本件原子炉施設についての風速に関する気象条件想定の合理性を失わせるものとは考え難い。

四結論

以上のとおり、本件原子炉施設と公衆との離隔に係る安全確保対策に関する原告らの主張はいずれも失当であつて、この点に関する本件安全審査の内容には合理的根拠があり、裁量権の逸脱等があるものとは認められない。

第六TMI事故について

一はじめに

TMI事故は、世界の原子炉において発生した最大の事故であつたことは、公知の事実であるところ、原告らは、TMI事故の発生によつて、原子力発電所の本質的危険性が明らかになり、本件安全審査で想定された重大事故、仮想事故を超える事故が現実に発生することが明らかになつた等と主張している。そこで、TMI事故が発生したことが本件安全審査の違法性を裏付ける根拠となりうるか否かについて、以下検討する。

二TMI事故の経過

1TMI事故の経過の骨子については当事者間に明らかに争いがなく、右の事実及び<証拠>により認められる事実は、次のとおりである。

(一) TMI二号炉は、B&W社設計の電気出力九五万九〇〇〇キロワットのPWRであり、その構造の概要は別紙第七図のとおりであつて、昭和五三年一二月、営業運転を開始し、昭和五四年三月二八日にTMI事故を起こした。

(二) TMI二号炉においては、TMI事故前から、次のような運転がされていた。

(1) 加圧器逃し弁又は安全弁から毎時約一・四立方メートルもの一次冷却水が漏洩し、そのため右各弁の出口配管温度が華氏約二〇〇度にまで上昇していたにもかかわらず、何らの措置も採られず、長期間運転が継続されていた(TMI二号炉の緊急手順書によれば、右温度が華氏一三〇度を超えた場合には、直ちに右弁の元弁を閉じることとされていた。)。

(2) 主給水喪失時に直ちに蒸気発生器に給水し一次系(一次冷却系)の除熱を確保するために設けられていた補助給水系の補助給水ポンプの出口側の弁二個が、いずれも閉じられたままの状態で運転されていた。このことは、中央制御室の制御盤に表示されていたが、運転員はこれに気付かずにいた(右弁を閉じたままで運転することは、TMI二号炉の技術仕様書で禁じられていた。)。

(3) ECCSの不必要な起動が事故前までに四回もあり、それによる様々なトラブルが生じていたこともあつて、運転員に対し、ECCSの起動信号が発信されたときは、状況の如何にかかわらず直ちにこの起動信号を切り、すぐ手動操作に移るようにとの指示が出されていた(右指示は、NRCの「事故発生後一〇分間は、運転員が手を出さなくても、プラントは事故を緩和するよう自動的に制御されるべきである。」との規制方針に従つていないものである。)。

(三) 事故の直前、原子炉は定格の約九七パーセントの出力で運転されていたところ、事故の約一一時間前から、二次系(二次冷却系)の脱塩塔からイオン交換樹脂を再生するための移送作業が行われていたが、この移送配管に樹脂がつまつたため、移送作業が難航していた。このような状況下で、昭和五四年三月二八日午前四時〇分三七秒、復水器を通過して水に戻つた二次冷却水を蒸気発生器へ給水するために二次系に設けられている主給水ポンプ二台が突然いずれも停止し、ほとんど同時にタービンが停止(トリップ)した。右の主給水ポンプの停止の原因は、脱塩塔出入口の弁が閉じたことにあり、右弁の閉止は、樹脂移送用の水が弁等を制御する計装用空気系に混入したことによるものと推定されている。

(四) 右のタービン・トリップの結果、一次系においては、温度、圧力が急速に上昇し、(主給水ポンプ停止後)三秒には、一次系の圧力の上昇を抑制することを目的として加圧器に設けられている加圧器逃し弁が設計どおり作動して開いたが、なお圧力が上昇し続けたため、八秒には、原子炉緊急停止装置が設計どおり作動して直ちに原子炉が自動的に緊急停止した。

(五) 右の加圧器逃し弁の開放及び原子炉の停止によつて、一次系の圧力は急速に低下し、一三秒には、加圧器逃し弁が閉止すべき圧力に達したが、右弁は、開放状態のまま固着して、閉止しなかつた。しかし、中央制御室における右弁の開閉表示は、右弁の開閉状態を直接検出してこれを表示する方式のものではなく、弁の開閉を指示する電気信号の状態を表示することにより弁の開閉状態を間接的に表示する方式のものであつたため、現実には弁が開放固着していたにもかかわらず、「閉」を表示した。運転員は、右の表示を見て、設計どおり右弁が閉止したものと判断した。

ところが、現実には加圧器逃し弁は閉止しなかつたため、一次冷却水が右弁から流出し、小破断LOCAの状態になつた。

(六) 一方、二次系では、前記主給水ポンプ停止により補助給水ポンプ三台が総て設計どおり自動起動したが、前記のとおり、本来開けられているべき補助給水ポンプの出口側の弁二個が閉じられていたので、蒸気発生器に二次冷却水を注入することができなかつた。このため、約二分には、蒸気発生器の二次側の水はほとんど蒸発してしまい、蒸気発生器による除熱能力は急速に低下した。しかし、八分に、運転員が右弁が閉じられていることに気付き、これを開いたため、蒸気発生器の除熱能力は回復した。

(七) その間、一次系においては、一次冷却水の流出が続いたため、圧力が低下し、二分二秒には、ECCSの一つである高圧注水系のポンプ二台が設計どおり自動起動し、原子炉内に毎分約一〇〇〇ガロンの水の注入を開始した。

ところが、前記のとおり、蒸気発生器の除熱能力が低下していたため、一次冷却水が局所的に沸騰し、発生した蒸気泡が冷却水を加圧器に押し上げて、加圧器の水位を上昇させた。そのため、加圧器水位計の表示上、一見一次冷却水の量が増加したかの如き現象を呈した。これを見た運転員は、一次冷却水の量が増加したものと判断し、常々加圧器を満水にして圧力制御不能になる状態を回避するよう教育されていたため、四分三〇秒に、高圧注水ポンプ一台を停止し、他の一台の流量をポンプ使用時の最低流量である毎分約一〇〇ガロンにまで絞り、引き続いて、加圧器水位の上昇を押さえるために、抽出量を最大量にまで増大させた。ところが、加圧器水位計は上昇を続け、五分五一秒には振り切れ、六分には加圧器が満水状態となつた。運転員によるこれらの措置により、LOCAが進行しているにもかかわらず、冷却水の補給をせず、逆にその減少を促進させることとなつた(これらの措置が採られずに、高圧注水系を作動させておけば、事故はこれ以上発展せず終息していた。)。その結果、一次冷却水が次第に失われていつた。

(八) 加圧器逃し弁から流出した一次冷却水は、一次冷却材ドレンタンクに流入したため同タンクの圧力が上昇を続け、一五分二七秒には、同タンクのラプチャーディスクが破壊され、一次冷却水は格納容器サンプへと流出した。ところが、格納容器の隔離がされなかつたため、この水は、更に、サンプポンプにより補助建屋の放射性廃棄物貯蔵タンクに移送された。運転員が三八分一〇秒にサンプポンプを停止するまでに補助建屋に移送された水は、約三一・四立方メートルに達した。(格納容器の隔離は、その後三時間五六分になつて、ようやく行われたが、その直後の四時間には、運転員がこれを手動で解除した。)

(九) 一次冷却水の喪失が更に進行した結果、その沸騰が起き、これにより一次冷却材ポンプに激しい振動を生じた。そこで、運転員は、右ポンプの破損を防止するため、やむをえず、四台の右ポンプを、一時間一三分から一時間四一分にかけて、順次停止させた。このため、冷却材の流れが止まり、これによる冷却機能が失われるとともに、水と蒸気が分離し、その直後から炉心が露出し始めた。

(一〇) 二時間二〇分になつて、運転員らは、初めて加圧器逃し弁の開放固着に気付き、同弁の元弁を閉じた。これにより一次冷却水の流出は止まつたが、このころには既に、炉心は上部約三分の二が露出したと推定され、燃料の温度が急上昇して、重大な損傷を生じ、大量の放射性物質が一次系内に放出された。また、燃料被覆管と蒸気が反応して、大量の水素が発生した。

(一一) 三時間二〇分になつて、高圧注水ポンプを手動で再起動することにより、ようやく炉心は再冠水した。これと同時に冷却材ポンプ一台を約一〇秒間動かしたところ、気泡が除去され、冷却材の自然循環が始まつた。しかし、右の注水による急冷のため、炉心のかなりの部分が崩壊した。(前掲甲第八二号証によれば、ケメニー報告書には、炉心の再冠水には六時間三〇分を要した旨の記載部分があることが認められるが、前掲乙第五六号証の一によれば、ケメニー報告書は、昭和五四年一〇月三〇日に提出されたものであり、その後、昭和五五年一月二四日提出されたロゴビン報告書においては、三時間二〇分の高圧注水ポンプの再起動による注水により炉心が再冠水したとされており、昭和五六年五月の我国の原子力安全委員会米国原子力発電所事故調査特別委員会による米国原子力発電所事故調査報告書(第三次)(以下「第三次報告書」という。)によつても、右ロゴビン報告書の調査結果が採用されていることが認められる。よつて、ロゴビン報告書の記載によることとする。)

(一二) この間、事故発生直後から警報が次々と出され、その数は、最初の数分で一〇〇を超えた。そのため、警報の内容を打ち出すアラームプリンタの速度が情報に追いつかず、遅れ出した。右の遅れは、次第に大きくなり、二時間三九分には約一時間半にも達したため、運転員は、一時間一三分以降の情報を捨て、二時間四七分からアラームプリンタの使用を再開した。しかし、その直後から再び遅れが生じ、五時間一七分には、再度約一時間半もの遅れに達した。

(一三) 炉心内で発生した水素は、運転員が七時間三〇分に減圧のため加圧器逃し弁の元弁を開いたため、格納容器内に漏洩した。そして、九時間五〇分、格納容器内で水素爆発(スパイク)が生じた。しかし、その発生圧力が格納容器の設計圧力の二分の一であつたため、格納容器の破壊は生じなかつた。

(一四) その後、一五時間五〇分に至つて、一次冷却材ポンプが再起動され、一次冷却水の強制的循環が再開されて、一次系の除熱が行われ、徐々に安定的な停止状態に移行した。一次系内に残つていた大量の水素ガスは、抽出水の脱気操作と加圧器逃し弁の元弁を操作することにより、四月二日までにほぼ完全に除去された(当初、右水素が圧力容器内で爆発する可能性も考えられたが、実際には、酸素の蓄積量が少ないため、その可能性はなかつた。)。四月一三日には、一次冷却材に溶解しているガス抜きを開始し、温度、圧力を下げ、同月二七日からは、一次冷却材ポンプを停止し、自然循環冷却による長期冷却に入つた。

(一五) 以上のような事故により生じた炉心の損傷等のため一次冷却水中に漏出した放射性物質の一部は、前記のとおり格納容器の隔離がほとんど行われなかつたため、原子炉建屋から補助建屋等にガスや水が移送されるに伴い、主として補助建屋から環境に放出された。右の環境への放出量等については、種々の推定が行われているが、そのうち、現在のところ最も確からしい推定は、ケメニー報告書、ロゴビン報告書、第三次報告書等の公的機関による調査報告書において行われているものである。その最新の推定によれば、以下のとおりである。

まず、気体状の放射性物質は、大気中に放出されたのは、主として放射性希ガス及びよう素であるところ、このうち放射性希ガス(大部分キセノン)については、事故後に排気筒モニタが振り切れてしまつたため、これを直接測定することができなかつた。そこで、当初は環境における熱螢光線量計の測定値と気象条件とから逆算して二四〇万ないし一三〇〇万キュリーと推定された。その後、排気ダクト付近のエリアモニタの指示値をもとに約二五〇万キュリー(ガンマ線実効エネルギー換算値約一八〇万キュリー)であつたと推定されるに至つた。次に、よう素については、排気筒モニタの活性炭カートリッジの測定結果から、多目にみて約一五キュリーと推定されている。この推定値は、排気フィルタ系の活性炭フィルタに捕集されたよう素の分析結果から推定された昭和五四年三月二八日から同年四月一二日までの放出量約二七キュリー並びに同月八日に補助建屋で採取された空気試料等に基づく推定放出量一〇ないし三二キュリーとほぼ一致するので、妥当な値であるとされている。

次に、液体状の放射性物質は、サスケハナ川へ放出された廃液の一部に含まれていたものであるところ、そのうちよう素が〇・二三キュリー、トリチウム以外の核種の合計が〇・二四キュリー、トリチウムが一二キュリーと推定されている。

これらによる公衆の個人の最大被曝線量は、〇・二マイルから一五マイルまでの間の二〇箇所に設置されていた熱螢光線量計の観測値に基づいて、全身被曝が約七〇ミリレム、牛乳等の環境試料に基づいて、甲状腺(幼児)六・五ないし六・九ミリレムと、それぞれ推定されている。なお、TMI発電所周辺公衆七六〇人について全身計測を行つたが、有意な体内汚染は検出されなかつた。

2以上の1の(一)ないし(一四)の事故経過につき、原告らは若干の点において異なる主張をしており、これに沿う証拠もあるが、右認定を覆すに足りるものではない。

また前記1の(一五)の事故により環境に放出された放射性物質の量及び公衆の被曝線量については、原告らは、いずれももつと大きな値であり、これによる公衆の生命、身体等への影響は深刻であつた可能性が大きい旨主張し、<証拠>には、右主張に沿う部分がある。そして、これらの証拠及び前記認定の放射性物質の量の推定の根拠とされたデータの不確実性等に鑑みれば、前記推定値には相当程度の誤差があり、今後TMI二号炉の炉心の調査等が進むことによつて、異なる推定がより正しいとされる可能性は否定しきれないものの、現在のところは、前判示のとおり、前記推定値が最も確からしいものと認めるほかはなく、右甲号各証はこれを覆すに足りるものとはいえない。<証拠>も、右認定を左右するに足りるものではない。

三TMI事故の原因

1TMI事故が最終的に炉心損傷にまで発展した経過は、前記認定のとおりであり、右経過によれば、主給水喪失が炉心損傷にまで拡大したことにつき、数多くの原因を挙げることが可能である。これらのうち、右の拡大に決定的に寄与したものとして、原告らは①加圧器逃し弁の開放固着、②これに運転員が気付かなかつたこと、③加圧器水位計の機能的欠陥、④これに気付かず運転員が高圧注水系を絞りすぎたこと及び⑤運転員が主冷却材ポンプを停止させたことの五つを挙げており、一方被告は右②及び④が決定的要因であると主張する。そこで、この点について検討するに、右①ないし⑤の要因のうち、⑤は、前記認定の事故の経過に照らせば、その時点までに既に進行していた一次冷却水の喪失の結果生じた一次冷却材ポンプの激しい振動による右ポンプの破損を防止するため採らざるをえなかつた措置であつたから、炉心露出の直近の原因であつたことは事実としても、それ以前の状況の必然的帰結というべきであり、TMI事故の決定的要因というのは適当でない。これに対し、前記認定の事故の経過によれば、主給水喪失及びタービン・トリップを炉心損傷にまで拡大させた原因は、第一に、加圧器逃し弁が約二時間二〇分にもわたり開放したままの状態に置かれていたこと、第二に、高圧注水ポンプの流量が約三時間一六分にもわたり最小限に絞られた状態に置かれたこと、の二つの点であることが明らかであり、これらの点が短時間で解決されておれば、炉心損傷にまで至らなかつたものということができる。これらの二つの状態が長時間継続したことには、人的、物的な諸要因があることもまた明らかであるが、原告らと被告の主張の相異点は、これらのうちいずれを重視するかにかかるものと解される。そこで、以下、この点につき各別に検討する。

2加圧器逃し弁開放固着状態の放置

(一) まず、前記第一の加圧器逃し弁開放固着状態の放置についてみると、右弁の開放固着という故障自体は、運転員がこれを直ちに発見していたならば元弁を閉じることにより極めて容易に冷却材喪失を防止することができたし、これを発見しえなかつたこと自体が異常であると考えられることからすれば、事故の決定的要因というのは適当でない。したがつて、右弁の開放固着を長時間にわたり運転員が発見しえなかつたことが、事故の決定的要因であるというべきである。

(二) しかしながら、前記認定のとおり、運転員が加圧器逃し弁の開放固着に気付かなかつたのは、中央制御室における右弁の開閉表示が「閉」となつていたため、これを信じたことによるところ、右表示装置がこのような誤表示をしたのは、右装置が弁の実際の開閉状態を直接検知して表示する方式ではなく、弁の開閉を指示する電気信号の状態を表示する方式のものであつたためである。そして、右表示装置には、電気信号が閉を指示しても弁が開状態にある場合には「開」表示をすべき機能を有することが当然求められるべきであるから、右装置には構造上の欠陥があるものと認められる。そうすると、右の構造上の欠陥が、加圧器逃し弁の開放状態の放置の一因となつたというべきである。

(三) 次に、右のような誤表示があつたにもかかわらず、その表示を信じて、運転員が弁の開放固着に気付かなかつたことが、運転員の過誤といいうるかどうかについて検討するに、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(1) 加圧器逃し弁が閉じていないことを検知することは、本来、出口配管の温度が高いことにより確実に行いうる。TMI二号炉の緊急手順書においても、配管の温度が華氏二〇〇度に達すると右弁の開放を示すものであるとされている。また、別の手順書では、前記のとおり配管の温度が華氏一三〇度に達した場合には、元弁を閉じ、かつ、温度計の指示値を連続記録しなければならないとされている。ところが、右弁の出口配管温度は、三〇秒には華氏二三九・二度であつたものが、二四分五八秒には華氏二八五・四度、一時間二〇分には華氏二八三度にも達しており、運転員はこれらの温度をわざわざ確認したのに、元弁は閉じられず、温度計の指示値を連続記録することもされておらず、かつ、右温度から右弁の開放固着に運転員の誰も思い到らなかつた。

(2) 運転員が加圧器逃し弁の出口配管温度が高いのを見ても異常を察知しなかつた原因の一つに、前記認定のとおり、事故前から右弁又は安全弁から一次冷却水の大量の漏洩があり、そのため右各弁の出口配管温度が華氏約二〇〇度にまで上昇していたのに、何らの措置も採られず、長期間運転が継続されていたという緊急手順書に明らかに反する平常時の運転管理上の過誤があつた。

(3) 加圧器逃し弁から漏洩した冷却水は一次冷却材ドレンタンクに流入する構造となつているため、右タンクの水位、温度、圧力の上昇があれば、右弁又は安全弁の開放を疑うことができる。TMI事故に際しては、一分四〇秒には、事故前華氏約七〇度であつた右タンクの温度が華氏八六度に達し、なお上昇中であり、三分二六秒には、更にこれが華氏一二七・二度に達して、温度高アラームが発せられた。また、右タンクの圧力は、六分には、急上昇し、一五分二七秒には、前記認定のとおり、高圧に耐え切れずラプチャーディスクが破壊されるに至つている。したがつて、これらの点からも、加圧器逃し弁の開放固着は発見しえたものと判断される。

(4) 一次冷却水が格納容器内に漏洩すると、格納容器サンプに溜まり、その水位が上昇する。したがつて、右サンプの水位の上昇があれば、水の漏洩があり、LOCAが進行していることを疑うことができる。TMI事故に際しては、右サンプの水位の上昇が生じて、一〇分四八秒には、水位高アラームが発せられているから、右事実からも、漏洩箇所は知りえないにしても、いずれにせよ一次冷却水が漏れ続けていることを知ることができたはずであつた。

以上の(1)ないし(4)の事実によれば、運転員が加圧器逃し弁の開放固着の直後しばらくの間右弁の開閉表示装置の誤表示により右弁が閉止したものと信じたことに過誤はなかつたとしても、それ以前の平常運転時において、右弁等からの漏洩につき適切な措置を講じておれば、また、事故発生後の状況を適確に判断すれば、右弁の開放固着によるLOCAの進行を早期に確知することが可能であつたものということができ、これをなしえなかつたことには、事故発生の前後にわたる過誤があつたものと認めるのが相当である。

原告らは、加圧器逃し弁の開放固着に運転員が長時間気付かなかつたことに過誤はない旨主張し、その理由として、運転員が加圧器が満水であると信じていたこと等を挙げている。しかし、右のように信じたこと自体、後に判示するとおり、運転員の過誤というべきである上、前記(三)の(1)ないし(4)の事実をも考慮すれば、加圧器逃し弁の開放固着を判断することができたものと認めるのが相当であり、その他、原告らの主張する理由をもつて、以上の認定を左右するには足りない。<証拠>中には、右の原告らの主張に沿う部分があるが、単に弁の表示が「閉」であつたことを根拠とするのみで、前記(三)の(1)ないし(4)の事実に具体的考慮を払つたものではないから、右の判断を左右するに足りない。

(四) しかしながら、運転員に右のような過誤に基づく誤判断があつたとしても、<証拠>によれば、第三次報告書等において、右誤判断を惹起した要因として、前記の表示装置の誤表示のほか、以下のようなものがあつたと指摘されていることが認められる。

(1) 設計上の不備(制御室の設計の不備)

TMI二号炉は、もともと他の原子力発電所用に設計されたものを、現場の運転員の経験、要望、運転体制等についての固有の事情をほとんど反映しないまま(たとえば、何名の運転員で運転することになつているかも知らずに設計された。)、必要最小限の設計変更のみを行つて流用したものであり、かつ、制御盤、計器、操作器などの大きさ、配置も適切とはいいがたく、また、事故発生後、最初の数分間に一〇〇を超える警報が出、アラームプリンタも大幅に遅れるなどして、運転員の判断を困難ならしめた。

(2) 運転管理の不備

イ 機器の保守、管理の不備

TMI二号炉では、多数の機器の故障や不具合が放置されたままになつており、このため、制御室内に点燈していた警報が、常時五二個を下回つたことがなかつた。

ロ 運転手順書等の不備

TMI二号炉には、他の原子炉と同様、NRCが認可した技術仕様書があり、これに基づいて運転手順書、緊急手順書、保守点検手順書等(運転規則等)が作成されていたが、これらの整備は十分でなく、かつ、定期的な見直しもされていなかつた。たとえば、「小破断LOCAの徴候」の項は、明らかに矛盾を含んでおり、運転員は、事故中、右項目を参照しなかつた。

(3) 運転経験の反映の不備

TMI事故が発生する以前に、これと類似の事象がいくつか発生しており、また、そのような事象が重大な結果になることを警告した書簡、報告等があつた。すなわち、①昭和四九年八月、スイスのベズナウ発電所において、タービン・トリップに続いて加圧器逃し弁が開放固着し、加圧器水位が上昇するという事象が生じたが、その二、三分後に運転員が弁の開放固着に気付いて、元弁を閉じ、右事象は収束された。②昭和五二年九月、TMI二号炉と同型式のデービス・ベッシー炉において、給水系の異常から加圧器逃し弁が開放固着し、ドレンタンクのラプチャーディスクが破れ、また、補助給水が不調であつたにもかかわらず、運転員が、加圧器水位の上昇を見て、自動起動した高圧注水ポンプを停止するという、TMI事故の初期と酷似した事象が発生した(ただし、原子炉出力が約九パーセントと極めて低かつた。)。このときは、約二二分後に運転員が右開放固着に気付いて、加圧器逃し弁の元弁を閉じて収束した。この事象に注目した技師マイケルソンは、B&W社の炉の小破断LOCAについて考察した報告書を作成し、その中で、加圧器逃し弁が開放状態となつた場合、水位の上昇によつて運転員が高圧注水ポンプを停止してしまう可能性があると警告した。③ラスムツセン報告は、給水喪失を含む過渡変化から加圧器逃し弁開放固着が、他の系統の動作状況によつては、重大な結果となりうることを予告していた。④TMI二号炉においても、昭和五三年三月、電源異常から加圧器逃し弁が開放固着するという事象を経験しており、その経験から右弁の開閉表示を制御室に設けたものである。ところが、前記認定のとおり、この表示装置は、肝腎の弁が故障したときには必ずしも弁の実際の状況を指示しなくなるという不完全なものであつた。これら①ないし④のほかにも、類似な事象や警告がいくつかなされていた。しかし、TMI二号炉においては、これらに対して適切な考慮が払われず、また、実際の運転にも反映されておらず、現場にまで伝えられていなかつた。これらのうちの重要ないくつかが現場に伝えられ、対策が考慮されていたならば、TMI事故は、その発端となつた事象を防止することはできなくても、大きな事故に発展することは防止しえた可能性が極めて高い。

(4) 運転員の教育訓練の不備

TMI二号炉の運転員に対しては、特に緊急時の訓練が十分でなく、運転員のチームを組んでの訓練もないなど、教育訓練の内容に問題があつた。

(五) 以上の事実によれば、加圧器逃し弁の開放固着がLOCAにまで発展したのは、運転員の過誤による誤判断のみならず、表示装置の構造上の欠陥を含む設計上の不備、設置者による機器の保守等を含む運転管理の不備、設置者による過去の運転経験を運転手順等に反映させなかつたこと、運転員に対する教育訓練の不備等が相まつて、右の誤判断の惹起を助長したことに原因があつたということができるので、運転員個人の過誤による誤判断のみにその主たる原因を求めるのは相当でない(これらのうち、特に、加圧器逃し弁等からの大量の一次冷却水の漏洩があり、その他中央制御室の警報表示が常時五二個を下らない状態でありながら、これを放置して、長期間運転を強行していたという保守、管理上の不備は、違法状態の認識、容認があつたという点において、見過ごすことのできない原因であつたというのが相当である。)。

3高圧注水ポンプの流量制限

(一) 前記のとおり、運転員が高圧注水ポンプを絞ること等により冷却材喪失を促進させてしまつたのは、加圧器水位計が一見一次冷却水の量が増えたかのように高い水位を表示したことにより、冷却材喪失はないものと判断したことに基因したものである。右の加圧器水位計の高い水位表示は、前記認定のとおり、一次冷却水の沸騰により発生した蒸気泡が冷却水を加圧器に押し上げたため、実際に加圧器の水位が上昇したものであつて、水位表示自体に誤りがあつたものとはいえない。しかしながら、本来、一時冷却水の量を検知するために設けられているはずの水位計が、場合によつては水量を正しく反映しないということが運転員の判断を誤らせる一因になつたといわなければならない。ただし、他に有効な水量測定方法があるとの証拠はないので、右の点が設計上の不備であると即断することはできない(むしろ、前記のマイケルソンの報告書等においてそのことが指摘されていたにもかかわらず、蒸気が発生した場合には高い水位が水量の多いことと同義であると断定しえないことを、運転員に認識させていなかつた点に問題があるというべきである。)。

(二) 次に、右のような水位表示があつたにもかかわらず、これを見て水量が十分確保されているとした運転員の判断に、過誤があつたということができるかどうかについて検討するに、<証拠>によれば、TMI二号炉の緊急手順書では、特に「注意」として、高圧注水系運転継続は、加圧器水位が維持されているだけでなく、圧力が安全系作動システム設定圧力以上に保たれているか否かによることが明記されていたこと、ところが、前記認定のとおり、運転員が自動起動した高圧注水ポンプ一台を停止し、他の一台を絞つた時点においては、右ポンプ起動前から低下を続けていた圧力がその後も更に右設定圧力以下にまで低下していたのであるから、右の措置は右緊急手順書に違反したものであつたことが認められる。これらの点に、前記2(二)の加圧器逃し弁の開放固着によるLOCAの進行についての各情報をも加味すれば、運転員が加圧器水位計の水位表示のみから一次冷却水の喪失はないものと判断し、高圧注水ポンプを停止し又は絞り、長時間にわたり実質的にその注水機能を失わせる等、冷却材の喪失を促進する操作をした点、更には、加圧器逃し弁の開放固着に気付いた後も一時間にもわたり右ポンプを再起動させなかつた点には、過誤があるものというのが相当である。

これに対し、原告らは、運転員が高圧注水ポンプを絞つたことに過誤はない旨主張し、<証拠>中にはこれに沿う部分があるが、その根拠とするところは、要するに加圧器水位計の表示から一次冷却水が満水状態にあると信じたのはやむをえないというものである。しかし、前判示の理由により、右表示のみから一次冷却水が満水状態にあると断定したことには過誤があつたものと認めるのが相当であつて、右各証拠も、前判示の理由につき具体的に論じたものではないから、右認定を覆すに足りない。

(三) しかしながら、右の誤判断を惹起した要因として、前記2(四)の(1)ないし(4)の事実のほか、<証拠>によれば、以下のような不適切な指示があつたと指摘されていることが認められる。すなわち、TMI二号炉の設計では、ECCSの起動信号が発信されている間は、高圧注水ポンプ等を停止したり、流量を絞つたりしようとしてもできないようになつていたにもかかわらず、前記認定のとおり、運転員に対し、右起動信号が発信されたときは、状況の如何にかかわらず直ちにこれを切り、すぐ手動操作に移るようにとの指示が出されていた。TMI事故に際しても、運転員が右指示に従つて、何度か発信された起動信号を切つて、手動操作をしていた。このような指示は、安全上の設計の考慮を無視し、これを無効にするもので、甚だ不適切なものであり、かつ、前記のとおり、NRCの規制方針にも反するものであつた。

(四) 以上の事実によれば、長時間にわたり高圧注水ポンプを停止し又は極限にまで絞つたことにより小破断LOCAを炉心損傷にまで至らしめたのは、運転員の過誤による誤判断、誤操作のみならず、設計上の不備、設置者による機器の保守等を含む運転管理の不備、設置者による過去の運転経験を運転手順等に反映させなかつたこと、運転員に対する教育訓練の不備等が相まつて右の誤判断等の惹起を助長したことに原因があつたということができるので、運転員個人の過誤のみにその主たる原因を求めるのは相当ではない。

4結論

以上のとおりであるから、TMI事故において、主給水喪失を炉心損傷にまで発展させた決定的要因は、運転員の誤判断、誤操作及びその惹起を助長した設計、運転管理、教育訓練等の不備の重畳であつたものというのが相当である。

四TMI事故の本件安全審査の適法性に及ぼす影響

1TMI事故の発生が本件安全審査と関係を有するとすれば、それは、まず第一に、TMI事故と同一視しうる事故が本件原子炉施設においても発生する可能性がある場合である。

しかしながら、前記認定のとおり、TMI二号炉はPWRであるのに対し、本件原子炉はBWRであつて、一次系、二次系の区別がなく、蒸気発生器や加圧器を有しない。したがつて、本件原子炉施設においては、TMI事故と全く同一の機杼による事故が生じることはありえないが、特に、加圧器がないことからすれば、加圧器水位計の表示に基づく誤判断は、本件原子炉施設においては起こりえない(PWRにおいては、一次冷却水が沸騰することが通常は起こりえないことであるため、これが起きたことによる異常事象が、加圧器水位計の表示の意味を誤つて判断する原因となつたが、BWRにおいては、一次冷却水が圧力容器内で沸騰しているから、右の異常事象も生じえない。なお、<証拠>によれば、BWRである本件原子炉においては、圧力容器の水位を直接検知することにより、一次冷却水の量を確実に判断することができることが認められる。)ものであるから、TMI事故と同一視しうる重大な事故が本件原子炉施設において発生する可能性はない。

2次に、TMI事故の発生により明らかとなつたTMI二号炉についての前記の不備その他の問題が、本件原子炉施設についても同様に問題となるものであれば、それが安全審査において検討されるべき基本設計に係る事項である限り、本件安全審査と関係を有するということができる。そこで、以下、原告らの主張に沿つて検討する。

(一) 炉心損傷が発生したこと

前記認定のとおり、TMI事故においては、重大な炉心損傷が生じ、約二五〇万キュリー(推定値)にも及ぶ放射性希ガスが環境に放出されるという事態が、現実に発生した。ところが、本件安全審査においては、技術的見地からみて発生するとは考えられない仮想事故に際しても、重大な炉心の損傷自体は想定されておらず、環境に放出される放射性希ガスの評価値は、厳しい条件を仮定しても、約七〇万キュリーにとどまるとされたことも、前判示のとおりである。そして、TMI二号炉と本件原子炉とは、型こそ違うものの、電気出力においてはほぼ同規模のものであることからすれば、TMI事故の発生によつて、本件原子炉施設の災害評価において想定された仮想事故をも上回る大事故が、少なくともTMI二号炉と同型のPWRにおいては、種々の要因が重畳することにより起こりうることが明らかになつたものというのが相当である。しかも、<証拠>によれば、TMI事故において、たとえば運転員が加圧器逃し弁の開放固着に気付くのが更に遅れた場合(このことは、前記認定のTMI事故の経過からして、全くありえない仮定ではないと思われる。)には、一時間以内で、炉心溶融事故にまで進展したと考えられていることが認められる。したがつて、少なくともTMI二号炉については、炉心溶融事故すら、発生するとは考えられない事故ではなかつたというべきである。

原告らは、TMI事故が本件安全審査において想定された仮想事故をも上回る事故であつたことから、立地審査指針の定める「重大事故」及び「仮想事故」は、現実に起こりうる最悪の事故ではなく、右指針の不合理性が明らかになつたとし、右指針に基づいて真の最悪の事故を想定せずに安全性の判断をした本件安全審査は、この内容に違法がある旨主張し、証人小野周、同水戸巌、同高木仁三郎の各証言中には、これに沿う部分がある。

しかるところ、TMI事故を単なる主給水喪失あるいは小破断LOCAから重大な炉心損傷にまで発展させた決定的要因は、前判示のとおり、その大部分が、運転員の過誤、機器の保守、運転員に対する教育訓練、緊急時の手順書の内容の不備等、実際の運転に際しての不備にあり、かつ、設計上の問題というべき加圧器逃し弁の開閉表示装置の検知方式、中央制御室の制御盤の具体的配列等は、いずれも詳細設計に属する事項と認めるのが相当である。したがつて、この点においても、TMI事故は、原子炉施設の基本設計に係る安全性を対象とすべき本件安全審査と直接の関係を有するものということはできない。

もつとも、本件原子炉施設においても、少なくとも抽象的には、TMI二号炉におけるものと同程度の運転等に係る過誤、不備等が重畳すれば(たとえば、そのようなことが実際に起こりうるかどうかは別として、本件安全審査において想定されたような大破断LOCAの発生した際に、運転員が何らかの理由で作動したECCSを手動操作により停止させてしまうようなことがあれば)、TMI事故と同程度の事故が発生する可能性があるということができる(具体的にそのおそれがあることを認めるに足りる証拠はないが、本件安全審査当時は、それは将来の問題であつて、本件原子炉施設においてはどのような運転管理が行われても絶対に起こりえないことであると断言することはできない。)。しかしながら、これらは、原子炉の設置許可後の詳細設計以降の段階において、安全上の対策が講じられるべき事項である。すなわち、規制法及び電気事業法は、原子炉の設置の許可、(詳細設計及び)工事の方法の認可、使用前検査、定期検査等、原子炉の設置、運転に係る各段階に応じた規制をしており、そのうち設置の許可に際しては、原子炉施設の基本設計に係る安全性の審査をするものとしていると解すべきことは、既に判示したとおりである。規制法等は、これらの一連の規制を通じての総合的な対策により原子炉施設の設置、運転等に係る安全性を確保しようとしているものであると解されるのであつて、設置許可時に審査する基本設計上の安全対策によつて、その後の段階における瑕疵に基因する総ての事故の発生を防止しようとしているものではないというべきである。したがつて、設置の許可に際して基本設計に係る安全性が確保されるものと判断された原子炉施設であつても、その後の段階である詳細設計、工事、運転等において重大な瑕疵があれば、基本設計上は予想されていなかつた重大な事故が発生する可能性が生じることは避けられないものというほかはない(TMI事故は、まさしくそのような事故であつたものということができる。)。このように、設置者の実際の運転管理如何によつて重大な事故の発生する可能性が生じうるにもかかわらず、基本設計に係る安全性の審査をするだけで原子炉の設置を許可することが、法制度として妥当なものであるか否かは、TMI事故の発生に照らし、更には潜在的には発生の可能性のある炉心溶融事故の結果の重大性に鑑み(このような事故は、それが運転管理上の瑕疵に基づくものであろうと、絶対に現実に起きるようなことがあつてはならないものである。)、議論の余地があるものと思われる。そして、TMI事故の教訓に学び、今後の原子炉設置許可処分の運用上は、原子炉施設の基本設計における安全対策においてより厳しいものを求めることとすることは、十分考慮に値するものということができる。しかしながら、以上判示した規制法等の解釈による限りは、本件安全審査における前判示の安全性の判断に、規制法二四条一項四号に違背する点があつたものということはできない。

(二) 機器の故障が重畳したこと

(1) 原告らは、TMI事故においては故障が重畳し、又は故障が連鎖的に拡大して、大事故に至つたから、本件安全審査の基準とされた単一故障指針が誤りであることが明らかになつた旨主張する。

ところで、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、右の単一故障指針とは、安全保護設備、安全防護設備等、その機能喪失が原子炉の安全に重大な影響を及ぼすおそれのある系統を構成する機器等のうち、原子炉施設の安全上最もその解析評価結果が厳しくなるようなものの一つが単一の事象に起因して故障し(ただし、単一の事象に起因して必然的に起こる多重故障を含む。)、その機器等の有する安全上の機能が発揮されない事態を仮定しても、その系統の安全確保機能が損なわれないように設計しなければならないとするものであることが認められる。したがつて、単一故障指針は、その前提として、安全保護設備、安全防護設備等が作動しなければならないような異常状態の発生を想定しているもので、右の異常状態が機器の故障により生じた場合には、全体としての事象中においては、当然二つ以上の機器の故障を想定していることになる。そうすると、TMI事故の発生を根拠に単一故障指針が誤りであるというためには、TMI事故において生じた複数の機器の故障が、いずれも安全保護設備、安全防護設備等に属するものである必要がある。

そこで、この点についてみるに、<証拠>によれば、TMI事故に際し、事故の発生ないし拡大に重要な影響を与えたものではないものの、前記認定のもののほかに、いくつかの機器の故障、不作動等があつた(たとえば、高圧注水ポンプが何度かトリップしたり、アラームプリンタが一時作動しなかつた。)ことが認められる。

しかしながら、前記認定のとおり、TMI事故において生じた機器の故障等としては、事故の発端となつた脱塩塔出入口の弁の閉止及びこれに続く加圧器逃し弁の開放固着及び右弁開閉表示装置の誤表示(これは、故障ではなく、詳細設計上の不備である。)が主たるものであつて、事故の発生、拡大に実質的に寄与した他の機器の故障等はなく、人為的要因が主として事故の拡大に寄与したものである(たとえば、補助給水ポンプの不作動は、弁の開け忘れであり、ECCSが実質的に機能しなかつたのは、運転員の手動操作によるものである。なお、前記認定の高圧注水ポンプの一時的トリップが事故の拡大に寄与したことを認めるに足りる証拠はない。)。そして、右の故障等のうち、脱塩塔入口の弁の閉止は、主給水喪失の発生原因たる故障にすぎない。加圧器逃し弁の開放固着は、主給水喪失との関係においては、本来安全保護設備というべき機器の故障ではあるが、主給水喪失の事態に対しては設計どおり右弁が開いて減圧に効果を発揮したものであり、その後閉止しなかつたことによりLOCAの発生原因たる故障になつたということができる。これらからするならば、TMI事故の発生によつて単一故障指針の誤りが明らかになつたとする原告らの主張は、直ちに首肯することができない。

(2) 次に、TMI事故においては、機器の故障に人為的要因が重畳することによつて、安全審査において想定されていた最大の事故を上回つてしまつたことは、事実であるから、単一故障指針は人為的要因の考慮において十分であるということができるかどうかが問題である。

しかし、既に判示したとおり、規制法等の解釈上は、原子炉施設の基本設計は、必ずしも運転管理等に係る総ての人為的瑕疵を想定してしなければならないものではなく、一定水準以上の運転管理等が行われることを予定しているものであつても足りるというべきである。このことは、原子炉施設のみならず、工学的施設、機器の設計上、一般に妥当することということができる。たとえば、航空機が、機器としては完璧に近い程安全に設計されているとしても(そうでなければ、使用が許されることはありえない。)、その安全性は、機器の保守及び運行が適切に行われるという前提の下におけるものであつて、これらが守られなければ墜落等の大惨事を招くおそれがあることは、経験則上明らかというべきである。このような場合でも、絶対に事故を招かないような設計とすることを求めることは、理想的ではあつても、実際上は、ほとんど不可能に近いといわなければならない。TMI事故においては、これを重大な炉心損傷事故に至らしめた決定的要因には多くの要素があつたことは、既に判示したとおりであるが、これらのうち、たとえば、保守、管理の長期にわたる著しい懈怠(五二個以上もの警報表示が常時点燈していたまま、これを放置して運転が続けられていたとの事実は、TMI二号炉においていかに杜撰極まりない保守、管理が行われていたかを如実に示すものである。保守が十分に行われていない施設においては、機器の故障、弁の開け忘れ等もまた発生しやすいであろうことは、容易に推認しうる。)は、基本設計において予想しなければならなかつたものとは認め難い。また、設計どおり自動起動したECCSが手動操作により起動後わずか約二分二〇秒で設計注水量の一〇分の一以下に絞られてしまつたことも、基本設計上は予想しえない(むしろ、設計思想を人為操作により覆してしまつた。)ものと認めるのが相当である。もちろん、現実に右のような事態が起きたことは鑑みれば、今後、運転管理等における安全対策を重視し(<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、工学的安全施設がある以上、重大な事故は起きるはずがないとの安易な考え方が、規制当局、設置者、運転員等にあつたものと認められる。)、これを充実、強化する必要があるばかりでなく、基本設計においても、一層の安全対策を講じるべく、運用上の努力をすることは、望ましいというべきであるが、そのことから直ちに、従来の単一故障指針ないしこれを用いた本件安全審査が誤つたものであると速断することはできない。

TMI事故の教訓を、基本設計を含む原子炉施設の安全対策にどのように採り入れるべきかの点については、<証拠>によれば、様々な意見が表明されていることが認められる。しかしながら、この点に関し、<証拠>によれば、第三次報告書において、次のような報告がされていることが認められる。

「この事故を現象論的に見ると、折角起動したHPI(注、高圧注入系)を停止ないし流量を極度に絞つたことが、情況を悪化させる決定的要因となつたのであるが、運転員がこのような行動を取つた理由、背景等を見ると、事故の本質を、単に誤操作とか、教育訓練の欠陥等に単純化することはできず、この事故から最大限に教訓を引き出すためには、運転管理面のみならず、プラントの設計面、さらには安全確保の基本的な考え方にまで考察の範囲を広げ、より高い視点からの工学的評価を行つた上での対策を検討することが極めて重要である。このような評価の必要性は、国内外に広く認識されているところである。当特別委員会も、この事故の総合的評価と、これに基づく教訓の摘出に努力してきた。第二次報告書に含まれているいわゆる五二項目は、同報告書が作成された時点までの総合的評価の一つの結果である。米国においても、もちろんこの努力が続けられている。事故直後のNRCの指示、命令等には、一部に総合的見地を欠いたやや短絡的なものも散見されるが、その後発表されたケメニー報告書、ロゴビン報告書、NUREG―〇五八五、などでは工学的総合的評価とこれに基づく勧告が、最も重要な部分となつている。さらに、これら勧告に基づく具体的な行動計画が、NUREG―〇六六〇にまとめられている。このような評価の努力は、現在もまだ続けられている。いくつかの重要な点について、ほぼ見解が定着し始めているとはいえ、さらに議論を重ねるべきものも、未だいくつか残されている。さらに、これらの評価の結論をどのように具体的な対策に反映していくかについては、多くの技術的問題が残されている。以下に述べるものは、現時点におけるTMI事故の評価と、これに対する当特別委員会の見解を取りまとめたものであるが、今後の議論の進展によつて、より広く、かつ高い視点からの評価によつて置きかえられることも十分あり得よう。当特別委員会は以下に紹介する内容が議論の終結点としてよりはむしろ出発点としてとらえられ、原子炉のより一層の安全確保のための活発な議論が展開されることを期待するものである。」

右の報告において指摘されているような議論が尽くされて、専門家の間に一致した見解が形成されるに至つたことを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば、TMI事故において機器の故障と人為的諸要因とが重畳することによつて重大な炉心損傷という結果が生じた事実から、単一故障指針、ひいては本件安全審査に誤りがあつたものと断ずることはできないものである。

(3) ところで、<証拠>によれば、第三次報告書において、単一故障指針について、次のように指摘されていることが認められる。

すなわち、「単一故障指針は、①良好な品質保証と運転管理により、故障の発生確率が十分に低いこと、②適切な設計ともあいまつて、故障の発生がランダムであり、かつ、相互に独立であること、という二つの条件が満たされる場合には、有効な指針であると考えられる。特に、共通要因故障の確率が十分低く抑えられていることが必要である。ところが、TMI事故は、右の考え方と具体的適用について問題を提起した。第一に、事故中に、異なる系統に多数の故障が発生し、あるいは、顕在化した。このことは、一つの系統に二つ以上の故障が発生したということでは必ずしもないが、故障数が多いということは、単一故障指針が有効であるための第一の条件が満たされていなかつたことを意味する。すなわち、設計や評価における前提条件が、運転管理の面で実現されていなかつたことになる。第二に、個々の系統については、単一故障指針が有効でなくなるような狭義の故障は発生していないのであるが、人的因子が加わることにより、補助給水系や高圧注水系の機能が損われることとなつた。人的因子、特に要員の判断の誤りは、広義の共通要因故障の原因となりうるものと考えられる。このような誤判断を防止する対策は今後とも重視していくべきことは当然であるが、同時に、単一故障指針の役割とその効果についても、検討する必要があろう。第三には、事故のいわば主役となつた給水系、加圧器逃し弁などは、従来安全上重要な系統とみなされておらず、単一故障指針が適用されていなかつた。このことは、プラント全体として信頼度を高い水準に維持する見地から、重要度分類と単一故障指針の適用範囲とについて検討の余地があることを示していると考えられよう。このような問題を踏まえて、当特別委員会は、重要度分類と単一故障指針についても検討の必要性を指摘したところであり、現在(昭和五六年五月現在)原子炉安全基準専門部会において、慎重な検討が行われている。」

右認定の第三次報告書の指摘によれば、TMI事故を契機に、単一故障指針は見直されるに至つているということができる。しかしながら、右の指摘は、単一故障指針の誤りを指摘したものではなく、再検討の必要性があるとするにとどまるものであるから、このことから、右指針が誤りであると即断することはできない。そして、右の見直し作業の結果が出て単一故障指針が改められたとの証拠はない。そうすると、既に判示したところからして、現在のところ単一故障指針に有効性があるとする判断を変更すべき理由はないものというのが相当である。

(三) 技術的能力の欠如

原告らは、TMI事故が運転管理上の問題に基因するものであるとするならば、規制法二四条一項三号に規定されている技術的能力が問題とされなければならないと主張する。

確かに、前記認定のとおり、TMI二号炉においては、設置者の作成した緊急手順書等の記載には矛盾した部分があると指摘されている等、TMI事故に有効に対処しうべき内容のものが整備されていなかつたこと、運転員の知識、判断能力、その教育訓練等に種々の問題があつたこと等、設置者の技術的能力が原子炉の運転を適確に遂行するに足りるものであつたかどうかについては、疑問があるといわざるをえない。しかしながら、TMI二号炉の設置者の技術的能力に疑問があつたとしても、そのことから、直ちに本件原子炉の設置者である日本原電の技術的能力に疑問があるとはいえない。そして、本件安全審査においては、設置者に技術的能力があるものと適法に判断されたことは、前判示のとおりである。もつとも、<証拠>によれば、本件原子炉の設置許可段階における技術的能力の審査は、原告らの指摘するとおり、はなはだ概括的なものであり、TMI二号炉において顕在化したような運転管理上の諸問題を逐一検討したものではないから、右のような審査のみでは運転管理上の技術的能力に係る総ての問題を解決することは期待しえないことが明らかというべきである。そして、このような概括的審査で足りるとすることについては、TMI事故の発生に鑑みて、議論の余地があるものと思われる。しかしながら、少なくとも現行の規制法二四条一項三号の解釈としては、詳細設計も未だ行われていない原子炉設置許可の段階においては、本件安全審査において確認された程度の内容の技術的能力に係る事項が確認されれば十分であるというのが相当である。実際に設置された原子炉施設についての適正な平常時ないし緊急時の手順書の作成、保安教育等に関しては、保安規定を定めて認可を受けなければならないものとされており(規制法三七条、原子炉規則一五条一項)、そこにおいて災害の防止上十分かどうかが審査されることにより別途規制されることになつている(もつとも、右の審査は、安全審査会によるものではなく、規制当局によるものである。)。したがつて、TMI事故の発生は、本件安全審査における技術的能力に係る判断についての前記認定を左右するものではない。

3結論

以上のとおり、TMI事故により本件安全審査の実体的違法が裏付けられたとする原告らの主張は失当であつて、TMI事故の発生したという事実は、本件安全審査が適法であるとの前記各判断を左右するものではない。

第七章  結  論

以上のとおり、本件処分は、安全性の審査を含めて、法定の手続にのつとり行われたものであり、これを取り消すに足りる手続的違法はない。また、日本原電には本件原子炉を設置するために必要な経理的基礎があり、かつ、本件安全審査において、日本原電に本件原子炉を設置するため等に必要な技術的能力があるとした判断、並びに本件原子炉施設は、事故防止対策、平常運転時における被曝低減対策及び公衆との離隔のいずれについても安全性を確保することができるから、この基本設計において災害の防止上支障がないものであるとした判断には、いずれも合理的根拠があるから、規制法二四条一項三、四号の要件に適合するとしてなされた本件処分は、実体的にも適法である。

よつて、本件処分の取消しを求める原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条、九三条一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(龍前三郎 大橋寛明 大澤 廣)

別表1 マンクーゾらによる倍加線量(ラド)

倍加線量

最小値※

最大値※

骨髄腫、白血病

肺ガン

すい臓ガン、胃ガン、大腸ガン

総てのガン

3.6

13.7

15.6

33.7

1.7

7.3

7.3

15.3

10.3

28.7

55.0

79.7

男性に対するもの、※信頼度95パーセントのレベル

別表2 ロートブラツトのリスク係数

(レム当たり10

-6

(A)原爆被曝者

(B)他の集団

B/A

甲状腺ガン

(発生)

19

107

5.6

乳ガン

10

47

4.7

肺ガン

18

110

6.1

白血病

30

160※

5.3

※ ロートブラットの解釈を含む値

別表3 東海再処理工場廃液による

内部被曝線量の推定

推定値 (ミリレム/年)

決定臓器

胃腸管

全身

247

24

12

0.7

779

26

6.4

A 原子力安全協会(昭和47年)

B 動燃(昭和52年)

C 原子力資料情報室(昭和52年)

別表4 東海再処理工場廃液による

外部被曝の推定被曝線量(ミリレム/年)

全身(ガンマ線)

手(ベータ線)

被曝様式

船上(海面と船体)

水泳

海浜

漁網(大体積状)

0.6

0.02

0.1

400

0.05

0.0002

0.2

40

0.01

1

800

10

0.0002

0.6

85

A:海放特第2次試算(海浜以外は放出口周囲における作業を仮定)昭和47年

B:動燃昭和52年3月

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
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